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堕ちた魔法拳闘士
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音無しのミリー。
八英女の一人にして、勇者スコアと同じくクラッシコ王国出身の魔法拳闘士だ。略称で魔闘士とも呼ばれる。
魔闘士は属性付与を施した拳や蹴りを駆使したり、簡易な回復魔法を使ったりできるので攻防の両面から重宝される存在だ。その上、ミリーは猫の半獣人であり、猫としての五感や身体能力を遺憾なく発揮して八面六臂の活躍をした聞いている。
反面、魔闘士は拳法家として肉体を鍛えつつ、更に魔術の勉強も必要になるので成り手はかなり少ない。
ところで父の話によるとミリーが活躍したのは戦闘に限ったことではないという。彼女は二つの要素で非戦闘中もその存在を際立たせたという。
一つはパーティのムードメーカー。元来、竹を割ったような性格だったそうで誰とでも打ち解ける才能を持っていたらしい。ほとんどが初対面の勇者パーティの橋渡し役をうまくこなしていたと聞く。特に父とは幼馴染みの関係だったそうで、父が聖剣に選ばれ旅に出ることが決まった時も真っ先にミリーに同行を頼んだというのは有名な話だ。
そしてもう一つ。それは料理の腕前だ。
どうしても野営が多くなる旅の間、ミリーはどんなに劣悪な環境でも美味しい料理を作ってパーティの英気を養っていたそうだ。父も「あいつがいなかったら、とっくにパーティが瓦解してた」とよく言っていた。
いざ戦闘となれば魔闘士として中衛を務めて攻防のかすがいとなり、それが終われば料理で疲れを癒してくれる。
曰く、表舞台に出てくる縁の下の力持ちのような奴、だと。
そして父はミリーの話が出る度に茶虎猫のような髪の毛と、エメラルド色に光る両目が好きだったと聞かせてくれた。
…では、改めて目の前にいる彼女を見てみよう。
茶虎猫のように縞模様の入った髪の毛。
エメラルド色の瞳。
手には拳法家が使うような手甲。
今披露してくれた料理の技。
…。
あれ? この人ミリーじゃね?
◇
メロディアがそんなことを考えていると、ミリーとおぼしき彼女が質問をしてきた。
「ところで、お前はクラッシコ王国の子か?」
「はい。そうです」
その言葉に嘘はない。戸籍の上ではメロディアはクラッシコ王国の出身だ。だが勇者スコアの息子ということを打ち明けるべきか迷っていた。もしも自分の予想通り八英女のミリーだとしたら、自分や家族、知人達に危害を加える恐れがあるからだ。
「あーしは、その…勇者に用があって来たんだけど、この有り様だろ? 何か知らないか?」
「ああ、二日前に壊されたんですよ。よく魔獣とか腕試しの冒険者とかにやられるんで、勇者の家の崩壊はある種の名物ですね」
「…やな名物だな」
二人は苦笑いで笑い合う。すると彼女は別の質問をしてくる。
「なら勇者は城下町に?」
「いえ、旅に出てますよ。奥さんと一緒に」
メロディアがそう言ったとき、ほんの一瞬空気が固まった。より具体的に言えば刹那ほどの短い間ではあるが、尋常でないほどの殺気がミリーから発せられた…ような気がしたのだ。
だが本当にそれがミリーの殺気だったのか確証は持てない。それほど一瞬の出来事だった。
「…結婚したってのは本当だったんだな」
「ええ。子供もいますし」
「そっか。そっちも本当か」
彼女は目に見えて消沈した。そしてため息を吐いて空っぽにした胃の中にガツガツと鍋の残りと鶏の乞食焼きを入れて平らげてしまう。
少々、粗野な印象は受けるものの本質的に悪人とは思えない。メロディアの個人的な哲学から言っても他人に無償で料理を振る舞うことのできる人物は信用に値する。それに考えれば考えるほど、音無しのミリーその人に思えてならない。状況証拠が揃いすぎている。
しかし仮に本人だった場合、一つ不可解な点がある。
竜騎士ドロマーの話によると、守護天使レイディアントを除いた八英女の全員が母である魔王の策略によって魔道に堕とされているはず。ま、結果としてレイディアントも堕ちていたのだが。
ともあれミリーも堕落しているのは確定事項だ。けれど目の前の彼女はとても魔の眷属とは思えない。そうなるといよいよ本人に尋ねるくらいしか確かめる術がない。仮に暴れられたとして街中や家では被害が大きい。
となると、やはりこの場で確かめるのが一番だった。
メロディアは覚悟を決めた。
「もしかしてですけど…」
「ん?」
「あなたは八英女のミリーさんではないですか?」
「…」
沈黙。否定しないということは肯定だった。ミリーもミリーで何かに感づいたのか、それとも白を切り通す事は無理だと思ったのか、あっさりと白状した。
「なんで分かったんだ?」
「父から聞いていた音無のミリーの話と被る点が多かったので」
「父って…まさかとは思うけど」
「勇者スコアの息子でメロディアと言います。言いそびれてしまってすみません」
「…マジかよ」
「一応、証拠として」
メロディアはそういって収納空間から聖剣バトンを取り出した。ドロマーの時もそうだが、勇者スコアをよく知る者にとってこれは相当な身分証明になる。案の定、ミリーも目を丸くして驚き、同時に納得した顔つきになった。
そこでメロディアは質問を仕返した。
「反対に尋ねますけど、あなたは本当にミリーさんなんですか?」
「…」
返事はない。ずっと俯いてしまって動かない。
「先日、ドロマーさんとお会いしました。その時にあなたも魔王の手によって堕落させられたと聞いています。けど一向に魔族の気配が、」
「メロディアって言ったな」
その時、メロディアの言葉が乱暴に遮られた。見ればミリーが脂汗を書き、苦悶の表情を浮かべていた。まるで激痛か何かを必死に堪えているかのようだった。そして乞うように言った。
「逃げろ。なるべく、遠くに」
「何を、」
言っているんですか?
と聞く事ができなかった。
八英女の一人にして、勇者スコアと同じくクラッシコ王国出身の魔法拳闘士だ。略称で魔闘士とも呼ばれる。
魔闘士は属性付与を施した拳や蹴りを駆使したり、簡易な回復魔法を使ったりできるので攻防の両面から重宝される存在だ。その上、ミリーは猫の半獣人であり、猫としての五感や身体能力を遺憾なく発揮して八面六臂の活躍をした聞いている。
反面、魔闘士は拳法家として肉体を鍛えつつ、更に魔術の勉強も必要になるので成り手はかなり少ない。
ところで父の話によるとミリーが活躍したのは戦闘に限ったことではないという。彼女は二つの要素で非戦闘中もその存在を際立たせたという。
一つはパーティのムードメーカー。元来、竹を割ったような性格だったそうで誰とでも打ち解ける才能を持っていたらしい。ほとんどが初対面の勇者パーティの橋渡し役をうまくこなしていたと聞く。特に父とは幼馴染みの関係だったそうで、父が聖剣に選ばれ旅に出ることが決まった時も真っ先にミリーに同行を頼んだというのは有名な話だ。
そしてもう一つ。それは料理の腕前だ。
どうしても野営が多くなる旅の間、ミリーはどんなに劣悪な環境でも美味しい料理を作ってパーティの英気を養っていたそうだ。父も「あいつがいなかったら、とっくにパーティが瓦解してた」とよく言っていた。
いざ戦闘となれば魔闘士として中衛を務めて攻防のかすがいとなり、それが終われば料理で疲れを癒してくれる。
曰く、表舞台に出てくる縁の下の力持ちのような奴、だと。
そして父はミリーの話が出る度に茶虎猫のような髪の毛と、エメラルド色に光る両目が好きだったと聞かせてくれた。
…では、改めて目の前にいる彼女を見てみよう。
茶虎猫のように縞模様の入った髪の毛。
エメラルド色の瞳。
手には拳法家が使うような手甲。
今披露してくれた料理の技。
…。
あれ? この人ミリーじゃね?
◇
メロディアがそんなことを考えていると、ミリーとおぼしき彼女が質問をしてきた。
「ところで、お前はクラッシコ王国の子か?」
「はい。そうです」
その言葉に嘘はない。戸籍の上ではメロディアはクラッシコ王国の出身だ。だが勇者スコアの息子ということを打ち明けるべきか迷っていた。もしも自分の予想通り八英女のミリーだとしたら、自分や家族、知人達に危害を加える恐れがあるからだ。
「あーしは、その…勇者に用があって来たんだけど、この有り様だろ? 何か知らないか?」
「ああ、二日前に壊されたんですよ。よく魔獣とか腕試しの冒険者とかにやられるんで、勇者の家の崩壊はある種の名物ですね」
「…やな名物だな」
二人は苦笑いで笑い合う。すると彼女は別の質問をしてくる。
「なら勇者は城下町に?」
「いえ、旅に出てますよ。奥さんと一緒に」
メロディアがそう言ったとき、ほんの一瞬空気が固まった。より具体的に言えば刹那ほどの短い間ではあるが、尋常でないほどの殺気がミリーから発せられた…ような気がしたのだ。
だが本当にそれがミリーの殺気だったのか確証は持てない。それほど一瞬の出来事だった。
「…結婚したってのは本当だったんだな」
「ええ。子供もいますし」
「そっか。そっちも本当か」
彼女は目に見えて消沈した。そしてため息を吐いて空っぽにした胃の中にガツガツと鍋の残りと鶏の乞食焼きを入れて平らげてしまう。
少々、粗野な印象は受けるものの本質的に悪人とは思えない。メロディアの個人的な哲学から言っても他人に無償で料理を振る舞うことのできる人物は信用に値する。それに考えれば考えるほど、音無しのミリーその人に思えてならない。状況証拠が揃いすぎている。
しかし仮に本人だった場合、一つ不可解な点がある。
竜騎士ドロマーの話によると、守護天使レイディアントを除いた八英女の全員が母である魔王の策略によって魔道に堕とされているはず。ま、結果としてレイディアントも堕ちていたのだが。
ともあれミリーも堕落しているのは確定事項だ。けれど目の前の彼女はとても魔の眷属とは思えない。そうなるといよいよ本人に尋ねるくらいしか確かめる術がない。仮に暴れられたとして街中や家では被害が大きい。
となると、やはりこの場で確かめるのが一番だった。
メロディアは覚悟を決めた。
「もしかしてですけど…」
「ん?」
「あなたは八英女のミリーさんではないですか?」
「…」
沈黙。否定しないということは肯定だった。ミリーもミリーで何かに感づいたのか、それとも白を切り通す事は無理だと思ったのか、あっさりと白状した。
「なんで分かったんだ?」
「父から聞いていた音無のミリーの話と被る点が多かったので」
「父って…まさかとは思うけど」
「勇者スコアの息子でメロディアと言います。言いそびれてしまってすみません」
「…マジかよ」
「一応、証拠として」
メロディアはそういって収納空間から聖剣バトンを取り出した。ドロマーの時もそうだが、勇者スコアをよく知る者にとってこれは相当な身分証明になる。案の定、ミリーも目を丸くして驚き、同時に納得した顔つきになった。
そこでメロディアは質問を仕返した。
「反対に尋ねますけど、あなたは本当にミリーさんなんですか?」
「…」
返事はない。ずっと俯いてしまって動かない。
「先日、ドロマーさんとお会いしました。その時にあなたも魔王の手によって堕落させられたと聞いています。けど一向に魔族の気配が、」
「メロディアって言ったな」
その時、メロディアの言葉が乱暴に遮られた。見ればミリーが脂汗を書き、苦悶の表情を浮かべていた。まるで激痛か何かを必死に堪えているかのようだった。そして乞うように言った。
「逃げろ。なるべく、遠くに」
「何を、」
言っているんですか?
と聞く事ができなかった。
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