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妖怪屋敷のご令嬢が…

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そうして私は改めて二人を見た。ま、結果は火を見るよりも明らかだが。フィフスドルは初めから協力的だし、ヒドゥンはこの期に及んでも口を噤み続けるだろう。

 そう思いこんでいたのでヒドゥンが、

「俺も構わない」

 と返事をしたのには、私だけでなく全員が驚いた。

 そうして半数が私の側についたことでまずウェンズデイが折れた。元々私には好意的な印象を持ってくれていたのだから、やはり献身的な協力というものに抵抗があったようだ。

 トゥザンドナイルも主張が強いタイプではない。数が私に傾いたことで絵に描いたように意見を翻して軽々しい返事をしてきた。

「っち。わかったよ」

 揉めるだけ損だと判断したのか、案外すんなりとイガルームは折れた。私は少しだけ彼の事を見直した、と言うよりも自分の予想が外れたことに動揺したのかも知れない。イガルームだけは絶対に私の提案には乗ってこないと思っていたのだ。

 ともかく全員の了承が得られたことには変わりない。そうこうしている間にも私達が揉めるかトラブっていると勘違いして勢いをつけた寮生たちが突っ込んできているのだから。私は指を指すのと同時に指示を出した。

「まずはこっちから!」

 私は宣言通り土を操ってバリケードを作ることにした。

『汝の業に染まりし地において、全てその地を償うことを赦すべし』

 詠唱を終えるとサークルの外側の土が城壁のように盛り上がった。これはさっきの名前も知らない男子生徒が身を隠すのに使ったのと同じ魔法。尤も威力はまるで比較にならないけど。

 意図的に一カ所だけを開けてそこから狙い撃つ作戦だったが、副次的に接近していた敵を囲う壁にもなってしまう。急な地形の変化に動揺した寮生たちは何よりも先に防御を優先した行動を見せる。やはり身を隠されると攻撃魔法でそれを打破したい…しかし怪我を負わせたら失格になるというジレンマが鬱陶しい。

「俺がやる」

 イガルームは短くそういうと、私の肩に手を置いて場所を譲らせた。すると次の瞬間に、彼の顔が狼のそれに変貌する。

 こいつ人狼だったのか。

 とは言え、正体を知った上でイガルームの粗暴さや野蛮なところを思い返すとそれも納得だ。ま、オブラートに包んで野性味が溢れるとでも表現しておいてやろう。

 イガルームは狼の顔に相応しいようなけたたましい雄叫びを前へと飛ばす。衝撃波のように広がるイガルームの咆哮は恐怖心を煽り、まともに受けた寮生たちはすくみ上って魔法がまともに使用できなくなっている。その様子を見て、私はいつかウェンズデイが言っていたことを思い出した。イガルームの生まれたスソムルガ家は暴力的な支配を悪魔の美徳と考える家だと言っていた。今の咆哮による魔法は彼の実力の一端ではあろうが、その性質は色濃く反映されているように思える。

 ウェンズデイは時代遅れと揶揄していたが、原始的な恐怖の扱いに長けたコイツは案外利用価値が高いのではないかと思えてしまう。

 ともかくイガルームの咆哮にビビって大抵の奴が魔法を剥がされている。距離も最早精密射撃と呼ばれるような距離じゃないし、何よりもほとんどが腰を抜かしてまともに歩くことすらできない様子だ。インクをつけるのは難しいことではなかった。

 インクが付き肉体の自由が奪われたことを確認すると、私は叫ぶように言いながら魔法を展開、土壁を転回させた。

「時計回りに門を作るから、手当たり次第に仕留めて」

 言うが早いか地面に流していた魔力を操り直す。すると土壁は自分が土であることを忘れたかのような流動的な動きを見せ、瞬く間に形を変えながら宣言通り右回りに攻撃用の砲口が移動し始めた。

「すごい…こんなに素早く魔法式を計算できるなんて」

 私はまたオラツォリスが賛辞をしてくれたのかと思った。だが実際は他ならぬフィフスドルの言葉で、それがたまらなく嬉しかった。

けど、それもイガムールの粗野な暴言にかき消されてしまったのだが。

「おい、門の移動が速すぎるぞ。まともに狙えねえだろ」
「それはあなたが不器用だからでなくて?」
「んだと!?」

 珍しくウェンズデイが喧嘩腰にそう言う。だがイガルームには取り合わず、私に向かって続けた。

「アヤコ。そのままの速さでよろしくてよ」

 そう言った次の瞬間。ウェンズデイのスカートの中から何かが飛び出してきた。関節などはまるでなく、生きた鞭か太い蛇のように動くそれは正しく烏賊の脚だった。

 烏賊の悪魔だったんだ、ウェンズデイって。

 スカートから飛び出した六本の脚を使い、彼女は連続でインクを飛ばし始めた。手数もとい脚数が尋常ではなく土壁に阻まれて私達の様子が見えづらいことと相まってかなり奇襲の成功率が上がっている。しかし文字通り手当たり次第の攻撃のせいで命中率はそれほどでもない。数の暴力で押し通しているに過ぎなかった。

 けれども、私が移動させている門から見える寮生のほとんどがインクを付けられ、拘束されていく。ウェンズデイがインクを浴びせ損ねた寮生達を悉くヒドゥンが制圧しているからだ。

 土壁を移動する最中、横目で彼の術を見た。二丁の拳銃を器用に使い、銃弾の代わりに魔法を発射している…いやフィフスドルによればヒドゥンの使う術は魔に属さないものだったか。まあ、それは今はどうでもいい。特筆するべきはヒドゥンの射撃の腕前だ。的確にウェンズデイが撃ち漏らした寮生だけをターゲットにしている。私も流石にあそこまで精密にインクを飛ばすことはできない…かも知れない。

 どちらにせよ、圧倒できているのは間違いないのだから問題なしだ。

「皆さん! 上からっ」

 不意にオラツォリスの情けなく不安に駆られたような声が響いた。彼の声に全員が目線を上へとやった。見れば箒に跨ったり、翼をはためかせたりと寮生たちが空を飛んで私達の頭上から攻撃を仕掛けようとしていた。

 それを見た瞬間、私は「しまった」と心から思った。

 土壁で四方の逃げ道を塞いでしまっては、後は上から攻めると思うのは至極当然の事。というか、そもそも私達七人は最初からフィールドを縦横無尽に動き回ることができないのだ。上からインクを飛ばされたら対抗手段は限られてしまう。

 案の定、飛行している十数人が上からインクを降らしてくる。でたらめに撃ったところで、雨のように降り注ぐのだから攻撃の効率は高いものになる。防ごうにも地上にだってまだ敵は多い、土壁の障壁をどかす訳にもいかない。

「フィフスドルっ! トゥザンドナイルっ!」

 私は二人の名前を呼ぶだけで、それを命令とした。

「大丈夫です」
「まっかしといてぇ」

 凛々しい声と鬱陶しい声で返事が返ってきた。

 フィフスドルとトゥザンドナイルの二人は自分の牙を使って素早く指の噛み切ると、その手を勢いよく振るった。滴る血は空へと投げ出されると同時に無数の真っ赤な蝙蝠へと成り代わり上空へと羽ばたいていく。

 蝙蝠たちは降り注ぐインクを体に受けると、それを体内に取り込んでは分裂して数を増やしていった。私達に向かって降ってきたインクは全てが蝙蝠によって防がれて、倍々に増えた蝙蝠たちは空を飛んでいる寮生たちに襲い掛かると、赤いインクと化して次々に敵を落としていったのだ。

 けど、アレはアレはまずいよね?

 落下の勢いで怪我ででもされたら二人が失格になってしまうかも知れない。

 不本意だが助けてやらないと。

『甚だしく強き西風を、悉く追い立てる東風を、交じり荒ぶ彼の地に寄こせ』

 そう呪文を唱えると私は右手で箒を掃った。土壁にぶち当たった風は上昇気流となり、フィフスドル達に絡めとられた寮生たちを包み込み、落下スピードを落とす。

「た、対属魔法を一度に!?」

 イガムールの唖然とした声が聞こえた。そう言えば西洋の悪魔や魔法使いは『火水風土』の四大元素を主軸にして魔法を使うとコルドロン先生が言っていた。四大元素理論においては、土の魔法と風の魔法は対立関係にある属性なので同時に使用するのはかなりの熟練度が求められる。

 けれど日本生まれかつ、妖怪の血を引いている私は西洋の魔法構成論に加えて妖力と母親から受け継いだ東洋式の術構成論も組み込んでいる。風と土を同時操るのは大した労力じゃないのだよ。

 とうとう憎まれ口を並べるイガルームを感嘆させられたこともそうだが、なによりも七つの大罪の面々を私が指揮しているという事実に底知れぬ多幸感と達成感を覚えていた。

 この学年の代表はやっぱり私だ。そう全員に見せつけて、全員の記憶に刻み込んでやる。

 ―――そう思った矢先の事だった。
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