上 下
33 / 52
妖怪屋敷のご令嬢が…

6-1

しおりを挟む

『揃いましたね?』

 演習場に不思議な声がこだました。どうやら声を魔法で拡散しているらしい。その声の主はもしかしなくても演習場の真ん中にいる先生のものだろう。箒を擬人化したような、なんとも線の細い人で、またしても見たことのない先生だ。まあここにきて一週間も経っていないのだから当然と言えば当然だ。

「新入生の皆さん、ご苦労様でした。少し事情が変わり、本年度の『新入生の祭り』は開催場所とルールを変更することが決まりました。おっと、その前に自己紹介しておきますと、僕はトルグイーと言いまして飛行術の教員をしております。授業が始まったらよろしくお願いしますね」

 何とも気の抜ける挨拶だった。せっかく整えたやる気や緊張が微妙に解かれてしまいむずむずする。さっさと始まってほしいのに…。

 …ん?

 今、開催場所とルールを変更すると言わなかったか? 

「では早速ですが、『七つの大罪』に該当する生徒はここに集まってください」

 待て待て待て。

 Steal the Baconをするんじゃなかったのか。何のために半日かけて作戦を練ったと思ってるんだ。

 そうはいっても駄々をこねるわけにも、ボイコットするわけにもいかない。私は心配そうに見つめるリリィに見送られながら、言われた通りトルグイー先生の傍に歩いていった。抜け抜けと「こちらに並んでください」というクソ野郎に向かって、私は殺気を込めた視線を送ってやる。短く「ひぃっ」と悲鳴を上げたが、知ったこっちゃない。

「で、では急遽変更した『新入生の祭り』のルールを発表しますが…要するにPaint warをしてもらいます。なので説明は不要かと思いますが…」

 などと馬鹿な事言うトルグイー先生に向かって、私はさっきよりも殺気を込めた声を飛ばした。

「先生」
「ひゃい」
「申し訳ありませんが、私を含めアメリカ国外からの入学者も少数ながらおりますので、説明は念入りにお願いします。念入りに」
「そ、そうですね。失礼しました」

 私の圧に気圧されたトルグイー先生は改めて競技の内容を事細かく説明しだした。

 Paint War とやらのルールは極めて単純だ。赤と青の二チームに分かれて、魔法のインクを飛ばし合うというモノ。相手チームのインクが身体や衣服のいずれかに付着した時点で失格となり、最終的に残っていた人数の多いチームの勝利となる。

「と、ここまでは一般的なPaint Warのルールですが、ここから特別な変更点をお伝えします」

 そう言って続けた追加のルールとはこうだった。

・七つの大罪は赤チーム、それ以外の生徒が青となり数は平等ではなくなる。
・更に七つの大罪は行動エリアを設置し、移動制限を課す。
 ・殺傷の禁止。命を奪うのはもとより、傷つけることも失格事由となる。
・時間制限を設けるので、七つの大罪はそれまで生存できれば自動的に勝利。
・大罪の従者に属している生徒は、この時点で参加資格を失い別場所に待機。

 ルール説明が終わる頃には、私達七人も含めて全員にざわめきが起こっていた。いくらなんでも高校生が、それも魔法を学ぶつもりで入学した悪魔や魔術師志望の人間がやるには平和的すぎる気がする。

「何だか拍子抜けするルールですね。本当にお遊び…」

 私はつい本音を包み隠さずに漏らしていた。誰に向かって言ったわけではないが、すぐにウェンズデイが返事をしてくれたおかげで、各々の感想が連鎖的につながっていく。

「体育館で何かあったんでしょうね。まあ、確かに本当に余興というか……まさか高校生にもなってペイントで遊ぶとは思いもしませんでしたわ」
「そ、それにここでもSteal the Baconはできるのでは?」
「手っ取り早く『七つの大罪』の実力を知らしめるにはもってこいじゃん。あのレースじゃほとんど分からなかったし」
「テメエは繰り上げじゃねえか」

 そんな愚痴に似たような会話が続いていく。すると急に私達の立っている場所が窪みだし、最終的には大きなすり鉢状になってしまった。次いで私達の周りに教室一つ分くらいの広さのあるサークルが現れた。これがルールにあった私達の行動範囲という事だろう。

 思ったよりも狭い…見知った間柄ならいざ知らず、昨日今日あった様な七人で連携は難しい。むしろそれさえもハンデとしてカウントされているのかも知れない。

 トルグイー先生は箒で飛びながら寮生たちに分散するように指示を出している。多勢に無勢の上、全方位からの攻撃、高所を取られる不利などなどこれでもかと寮生たちに下駄を履かせているのが分かる。

 その事実に私は内心ほくそ笑んでいた。不利になればなるほど、それを覆した時の評価が跳ね上がるというものだ。

 私は少しでも顔触れと微妙な地形の起伏などを覚えようとすり鉢の底からキョロキョロと視線を泳がせた。するとリリィたち従者の面々がトルグイー先生に導かれて石段の上に集められているのが目に入った。そこにはしれっとした面持ちで波路がいるのがムカついたが、この場合あのアホがゲームに参加しないことを喜ぶべきか。

 それよりも波路の後ろに腰巾着のようにぴったりとついて歩いている女子の方が気になった。

 あれが件の女子生徒だろうか。私ほどじゃないが結構可愛らしい顔をしている。だが波路の態度を見る限り、あの子に執心している訳じゃなさそうだけど…。

 ま、今は考えなくてもいいか。今はゲームに、私の沽券を復活させることに集中しよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...