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異世界人編
やきもち
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ようやく息を大きく吐き出し、仕切り直したアステル様が真面目な声を出す。
「ごめん、君を不安にさせた。今日は彼女から聞いた事も含めて、君にきちんと伝えようと思っていたんだけど……その前に」
何を言われるんだろう、と身構えるあたしに、アステル様はもう一度深呼吸をし、次の瞬間。
(えっ!?)
あたしは、彼の腕の中にいた。
抱きしめられている……どうして? こうするに至った彼の心情は分からない、けど。固くて大きな胸板にぎゅっと押し付けられ、息ができない。すごくドキドキして苦しいけど、分かる。この熱と離れてしまったら、きっと寂しいだろうなって。
「あ、あああああのっ??」
「ごめん、許しもなくこんな事して……でも、嬉しいんだ。僕もやきもちをやいてもらえるんだって事が」
「え、やきもち……」
言われて、初めてこの感情の正体に気付く。あたし、ラク様にやきもちをやいていたのね。
「テセウスはバカだよ。婚約者がこんなにも可愛いのに、ろくに見ようともしないで傷付けるなんて」
ひえっ! いくら王族でも、殿下を呼び捨ては……誰も入って来れないとは言え、ぎょっとしてしまう。だけどそれ以上に、可愛いと言われた事への驚きと嬉しさが勝った。こんなにも醜い感情を、あたしを可愛いと言ってくれるアステル様こそ、テセウス殿下よりもずっとずっとずっと――
「好き」
「!? え、今なんて……」
「ふふ……絵本では嫉妬に狂った事になっていましたけれど、本当は殿下があたしを蔑ろにしてラク様を選んだところで、何とも思わなかったのですよ。むしろ息が詰まりそうな生活から解放されて、ラク様には感謝したいくらい。
だからアステル様、あたしの初めてのやきもちは、あなたのものですよ」
この言い回しは少しおかしかったかなと思ったが、アステル様にはしっかり伝わったようで、さっきよりも抱きしめる力が強くなった。擦り付けられた頬は真っ赤で、互いの体温や鼓動の音まで感じ取ってしまう。
(あたし、この人が好き。この人もあたしが好き……この幸せは手放したくない、ずっと)
惜しみつつも体を離すと、アステル様の目は思いつめたように揺れていた。何か言いたい事があると察して、見つめ合ったまま待っていると、やがて低い声が漏れる。
「リジー、こんな時に何だけど……君にキスしていいだろうか」
「はい。……ぇえっ!?」
「ごめん! いきなりこれはなかったな。まだ婚約中だし……」
普通に返事をした直後に、思い至ってつい大きな声を上げたら、速攻で撤回された。背けられた顔は熟れたリンゴみたいで、口にした罪悪感に苛まれているようだったので慌てて否定する。
「違います、嫌とかじゃなくて……婚約中でも、どう接するかは人によりますし。それよりも、キスと言われて一瞬できるのかしら、なんて考えてしまって」
だってアステル様の顔はどうあっても牛なので、口も普通の構造とは違う。果たして恋人らしくキスができるのだろうかと、恥ずかしさよりも純粋に疑問が浮かんでしまった。
「ごめん、君を不安にさせた。今日は彼女から聞いた事も含めて、君にきちんと伝えようと思っていたんだけど……その前に」
何を言われるんだろう、と身構えるあたしに、アステル様はもう一度深呼吸をし、次の瞬間。
(えっ!?)
あたしは、彼の腕の中にいた。
抱きしめられている……どうして? こうするに至った彼の心情は分からない、けど。固くて大きな胸板にぎゅっと押し付けられ、息ができない。すごくドキドキして苦しいけど、分かる。この熱と離れてしまったら、きっと寂しいだろうなって。
「あ、あああああのっ??」
「ごめん、許しもなくこんな事して……でも、嬉しいんだ。僕もやきもちをやいてもらえるんだって事が」
「え、やきもち……」
言われて、初めてこの感情の正体に気付く。あたし、ラク様にやきもちをやいていたのね。
「テセウスはバカだよ。婚約者がこんなにも可愛いのに、ろくに見ようともしないで傷付けるなんて」
ひえっ! いくら王族でも、殿下を呼び捨ては……誰も入って来れないとは言え、ぎょっとしてしまう。だけどそれ以上に、可愛いと言われた事への驚きと嬉しさが勝った。こんなにも醜い感情を、あたしを可愛いと言ってくれるアステル様こそ、テセウス殿下よりもずっとずっとずっと――
「好き」
「!? え、今なんて……」
「ふふ……絵本では嫉妬に狂った事になっていましたけれど、本当は殿下があたしを蔑ろにしてラク様を選んだところで、何とも思わなかったのですよ。むしろ息が詰まりそうな生活から解放されて、ラク様には感謝したいくらい。
だからアステル様、あたしの初めてのやきもちは、あなたのものですよ」
この言い回しは少しおかしかったかなと思ったが、アステル様にはしっかり伝わったようで、さっきよりも抱きしめる力が強くなった。擦り付けられた頬は真っ赤で、互いの体温や鼓動の音まで感じ取ってしまう。
(あたし、この人が好き。この人もあたしが好き……この幸せは手放したくない、ずっと)
惜しみつつも体を離すと、アステル様の目は思いつめたように揺れていた。何か言いたい事があると察して、見つめ合ったまま待っていると、やがて低い声が漏れる。
「リジー、こんな時に何だけど……君にキスしていいだろうか」
「はい。……ぇえっ!?」
「ごめん! いきなりこれはなかったな。まだ婚約中だし……」
普通に返事をした直後に、思い至ってつい大きな声を上げたら、速攻で撤回された。背けられた顔は熟れたリンゴみたいで、口にした罪悪感に苛まれているようだったので慌てて否定する。
「違います、嫌とかじゃなくて……婚約中でも、どう接するかは人によりますし。それよりも、キスと言われて一瞬できるのかしら、なんて考えてしまって」
だってアステル様の顔はどうあっても牛なので、口も普通の構造とは違う。果たして恋人らしくキスができるのだろうかと、恥ずかしさよりも純粋に疑問が浮かんでしまった。
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