75 / 111
異世界人編
別の修羅場
しおりを挟む
「エリザベスは、邪魔な、乙女を、殺そうと、斧で、襲いかかりました。けれども、そこへ、間一髪で、王子様が、現れ、乙女を、助け出します。
王子様は、乙女を、抱きしめ、エリザベスに、こう、言い放ちました。
『世界一、美しい、姿を、しているが、その心は、世界一、醜いのだな。そんな、お前を、私の、妃にする、事は、できない。お前に、ふさわしい、夫は、私が、決めてやろう』」
ドワーフの曜日、社会見学で訪れた孤児院で、集まった子供たちに読み聞かせる声が響く。たどたどしく途切れさせながらの話し方は、鳴れていないのか緊張のせいか……無邪気で遠慮のない視線に、絵本を広げて椅子に座った状態のラク様の顔色は、真っ白だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何故こんな事になっているのかと言えば、前日に遡る。
ラク様から打ち解けた事を聞き付けた殿下から、社会学習にも同行させてやって欲しいと言い付けられたのだ。
「失礼ながら、今まではどうされたのですか」
「まだ慣れていないのもあって、この国の言語学習を優先させていた」
テセウス殿下はラク様を王子妃候補にとお考えのようだけど、そんなペースで大丈夫なのかしら……もう一年よ。実際、机上よりも他者との交流の方が上達するのは分かっていたようで、そのための同性の友人探しでもあったのだ。
「……では、孤児院で絵本の読み聞かせを致しますので、ラク様にご同席を」
「そうだな。同行者にはドロンを付けよう」
えっ、ドロン様!?
思ってもみなかった人選に驚いていると、殿下が文句でもあるのかという目で見てきたので、慌てて首を振る。
「そう意外でもあるまい。リンクス侯爵令嬢も行くのだろう? 奴は彼女の婚約者だ」
「ああ、はい……」
地獄絵図になる事が予想される面子に胃が痛くなってきた……
当日、予想通り孤児院に向かう途中、約三名がピリピリしていた。
「なんでお前も同行するんだ。俺は殿下のご命令で来ている。さっさと帰れ!」
「俺は最初から彼女たちのメンバーだよ。それに、殿下は俺については何もおっしゃっていない」
「……(怒)」
男二人の剣幕よりも、無言のリューネが怖い。あたしは後ろを振り返りながら手を合わせて謝るポーズを取ると、疲れたように首を振られた。
そうして迎えてくれた子供たちに、新たに加わった二人を紹介したのだが、仕事の振り分けでまた揉めた。
「俺はラク様の護衛で来ているからな。お前は洗濯でもやってろ」
「じゃあ、私が手伝うわ。行こう、ロラン」
「って、待て! 婚約者を差し置いて二人っきりになるつもりか!」
「どこもここも二人っきりになりようがないだろ……職員さんも一緒だよ」
怒鳴り合いに発展する三人におろおろする大人たちをよそに、子供たちは興味津々だ。
「おれ知ってる、シュラバってやつだよな」
「リューネお姉ちゃんはロランお兄ちゃんとドロンさま、どっちを選ぶのかしら?」
ああもう、教育に悪い!
あたしは固唾を飲んで成り行きを見守っているラク様を指差す。
「みんな、今日はこのラクお姉ちゃんがご本を読んでくれますよ!」
「えっ」
「ラク様は字を読むのがあまり得意ではないの。だからゆっくりでも急かさないで聞いてあげてね」
「はーい!」
「お姉ちゃん、がんばれー」
「えー……」
殿下によれば、もう読み書きと聞き取りは問題ないそうなのだが、肝心なのは会話だ。こればっかりは場数を踏んで慣れてもらうしかない。
勝手に仕切った事でドロン様にはムッとして詰め寄られる。
「貴様、男爵家の分際でラク様をこき使う気か?」
「何もさせないのでしたら、ここに来られた意味がありません。ダメなら洗濯係に回ってもらいますが、ライラプス伯爵子息はどうなさいますか?」
「私はどっちでもいいけどー、早く決めてよね」
リューネにせっつかれ、ドロン様は「くそっ!」と悪態を吐くと、その場で胡坐をかいた。ラク様は助けを求めるように見てきたけれど、簡単だからと言って絵本を差し出せば、諦めたように子供たちの真ん中に置いてある椅子に腰かけたのだった。
王子様は、乙女を、抱きしめ、エリザベスに、こう、言い放ちました。
『世界一、美しい、姿を、しているが、その心は、世界一、醜いのだな。そんな、お前を、私の、妃にする、事は、できない。お前に、ふさわしい、夫は、私が、決めてやろう』」
ドワーフの曜日、社会見学で訪れた孤児院で、集まった子供たちに読み聞かせる声が響く。たどたどしく途切れさせながらの話し方は、鳴れていないのか緊張のせいか……無邪気で遠慮のない視線に、絵本を広げて椅子に座った状態のラク様の顔色は、真っ白だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何故こんな事になっているのかと言えば、前日に遡る。
ラク様から打ち解けた事を聞き付けた殿下から、社会学習にも同行させてやって欲しいと言い付けられたのだ。
「失礼ながら、今まではどうされたのですか」
「まだ慣れていないのもあって、この国の言語学習を優先させていた」
テセウス殿下はラク様を王子妃候補にとお考えのようだけど、そんなペースで大丈夫なのかしら……もう一年よ。実際、机上よりも他者との交流の方が上達するのは分かっていたようで、そのための同性の友人探しでもあったのだ。
「……では、孤児院で絵本の読み聞かせを致しますので、ラク様にご同席を」
「そうだな。同行者にはドロンを付けよう」
えっ、ドロン様!?
思ってもみなかった人選に驚いていると、殿下が文句でもあるのかという目で見てきたので、慌てて首を振る。
「そう意外でもあるまい。リンクス侯爵令嬢も行くのだろう? 奴は彼女の婚約者だ」
「ああ、はい……」
地獄絵図になる事が予想される面子に胃が痛くなってきた……
当日、予想通り孤児院に向かう途中、約三名がピリピリしていた。
「なんでお前も同行するんだ。俺は殿下のご命令で来ている。さっさと帰れ!」
「俺は最初から彼女たちのメンバーだよ。それに、殿下は俺については何もおっしゃっていない」
「……(怒)」
男二人の剣幕よりも、無言のリューネが怖い。あたしは後ろを振り返りながら手を合わせて謝るポーズを取ると、疲れたように首を振られた。
そうして迎えてくれた子供たちに、新たに加わった二人を紹介したのだが、仕事の振り分けでまた揉めた。
「俺はラク様の護衛で来ているからな。お前は洗濯でもやってろ」
「じゃあ、私が手伝うわ。行こう、ロラン」
「って、待て! 婚約者を差し置いて二人っきりになるつもりか!」
「どこもここも二人っきりになりようがないだろ……職員さんも一緒だよ」
怒鳴り合いに発展する三人におろおろする大人たちをよそに、子供たちは興味津々だ。
「おれ知ってる、シュラバってやつだよな」
「リューネお姉ちゃんはロランお兄ちゃんとドロンさま、どっちを選ぶのかしら?」
ああもう、教育に悪い!
あたしは固唾を飲んで成り行きを見守っているラク様を指差す。
「みんな、今日はこのラクお姉ちゃんがご本を読んでくれますよ!」
「えっ」
「ラク様は字を読むのがあまり得意ではないの。だからゆっくりでも急かさないで聞いてあげてね」
「はーい!」
「お姉ちゃん、がんばれー」
「えー……」
殿下によれば、もう読み書きと聞き取りは問題ないそうなのだが、肝心なのは会話だ。こればっかりは場数を踏んで慣れてもらうしかない。
勝手に仕切った事でドロン様にはムッとして詰め寄られる。
「貴様、男爵家の分際でラク様をこき使う気か?」
「何もさせないのでしたら、ここに来られた意味がありません。ダメなら洗濯係に回ってもらいますが、ライラプス伯爵子息はどうなさいますか?」
「私はどっちでもいいけどー、早く決めてよね」
リューネにせっつかれ、ドロン様は「くそっ!」と悪態を吐くと、その場で胡坐をかいた。ラク様は助けを求めるように見てきたけれど、簡単だからと言って絵本を差し出せば、諦めたように子供たちの真ん中に置いてある椅子に腰かけたのだった。
0
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる