上 下
27 / 111
学園サバイバル編

幕間④ある兵士の後悔(モブside)

しおりを挟む
 俺はとある罪人に自白させるための拷問を命じられていた。王族やそれに連なる身分の者への傷害は重罪で、大抵は処刑となるのだが、未遂……しかも容疑者の段階では自白した時点である程度の減刑も考慮される。例えば裏に黒幕がいる場合だ。

 そして今回、異世界からの客人の殺害未遂容疑で拘束されたのは、テセウス王太子殿下の婚約者エリザベス=デミコ ロナル公爵令嬢だった。殿下は彼女の凶行は公爵に命じられた可能性があると見て、俺に拷問を命じた。こんな美しい令嬢を打つのは気が引けたが、私情を挟むべきではないと、せめて音が大きい割に威力を弱めて鞭を振るう。

 エリザベス嬢は最初は小さく呻いていたものの、途中から歯を食い縛り、上手く痛みを逃しながら耐えていた。

(これは……叩かれ慣れている?)

 不審なのはその事だけじゃない。何度か耳元で「早く認めた方がいい、殿下は減刑するとおっしゃっている」と自白を促したのだが、彼女は頑として認めず「全ては殿下の御心のままに」と返すだけだった。
 公爵の命令ではなく、単独犯だった……いや、そもそも本当にエリザベス嬢が犯人なのだろうか? こんなにも殿下に従順な彼女が、嫉妬程度で殿下のご友人を害するだろうか?


 そしてある日、ついに殿下は、彼女の持つ薔薇のような痣を焼き印で潰せと命じた。これは、ただの拷問ではない。エリザベス嬢は神託が告げた、未来の王太子妃の証である薔薇型の痣持ちなのだ。もしもこの件が冤罪であっても、焼き潰されてしまえば二度と神託の妃とは認められないだろう。いや、それどころか一生汚名を着せられたまま……

 やり切れない思いでわざとゆっくりこてを熱している間、殿下はエリザベス嬢に何やら話しかけていた。罪を認めさせるための説得だろうか? きっとそんなものじゃない。俺は、薄々分かってきた。そのご友人とやらはエリザベス嬢と同じく、薔薇型の痣持ちなのだ。

(殿下は邪魔になった婚約者を排除するために、人殺しの罪を着せたんだ)

 二人のやり取りから、俺はそう察した。そうだとしても、俺に冤罪を晴らしてやる事などできない。殿下の命令に粛々と従うだけ――

(頼む、認めてくれ……!)

 焼き印を入れるため、胸元を大きく開かせると、彼女は恐怖と羞恥で唇を震わせた。顔も肌も紙のように白かったが、その中で鮮やかに咲き誇る薔薇の痣はあまりにも眩しく目に焼き付いた。

(殿下! 殿下はどうして、こんなにも美しい婚約者を……)

「……っ!!」
「やれ」
「あ″あ″あああぁぁぁッッ!!」

 ジュッと肉の焦げる臭いと共に絶叫したのは、彼女だったのか――

 翌日、俺は仕事を辞めた。もう二度と殿下のもとで働く事などできない。いや、あんな奴が王となる事を許すこんな国にもいられない。気を抜けばあの時の光景と臭いを思い出し、腹が空っぽになるまで吐いてしまう。殿下の言うがままに彼女を害した俺はきっと、地獄に落ちるだろう。

「いいえ、あなたにはまだやれる事があります」

 そう言って俺を匿ったのは、王妃様だった。あのまま逃げ出さなければ、殿下に口封じされていたらしい。話によると、エリザベス嬢は執行猶予中のため、学園が身柄を預かる事になったのだそうだ。

「あの子が生徒会長だから、生徒を使って迫害してくるでしょうが、それでも王家の権力は及ばなくなるわ。エリザベスが恙なく学園生活を送れるよう、何をすればいいのか、分かるわね?」


 それから俺は、警備員として学園に雇われ潜り込んだ。エリザベス嬢は新入生リジー=ボーデンとして学園に入学し直し、『エリザベス』との二重生活を送っている。
 俺は彼女が入れ替わる際に、さりげなくトイレの近くに立って見張りをしたり、クラス委員に居場所を聞かれた時に見当違いの方向を教えたりしている。

 今もたまに食事が喉を通らず、カウンセリングにかかっているのだが、本当に心のケアが必要なのは彼女の方だろう。あの時は鉄仮面を被っていたので顔は知られていないが、もしも自分を拷問した相手だとバレたらと思うと、声をかける事もできない。

 浅ましい事に、自分は彼女に救われたいのだ。謝り、償って許してもらい……味方だと、分かって欲しい。

 だが何より願うべきは、彼女の平穏。たとえ地獄に落ちても、あの王子からは今度こそ守り切らなくては。
 同級生の貴族令嬢と楽しそうに言葉を交わす、『リジー』様と目が合った。俺はただ口元に笑みを浮かべ、敬礼した。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生発明家は異世界で魔道具師となり自由気ままに暮らす~異世界生活改革浪漫譚~

夜夢
ファンタジー
 数々の発明品を世に生み出し、現代日本で大往生を迎えた主人公は神の計らいで地球とは違う異世界での第二の人生を送る事になった。  しかし、その世界は現代日本では有り得ない位文明が発達しておらず、また凶悪な魔物や犯罪者が蔓延る危険な世界であった。  そんな場所に転生した主人公はあまりの不便さに嘆き悲しみ、自らの蓄えてきた知識をどうにかこの世界でも生かせないかと孤軍奮闘する。  これは現代日本から転生した発明家の異世界改革物語である。

年増公爵令嬢は、皇太子に早く婚約破棄されたい

富士とまと
恋愛
公爵令嬢15歳。皇太子10歳。 どう考えても、釣り合いが取れません。ダンスを踊っても、姉と弟にしか見えない。皇太子が成人するころには、私はとっくに適齢期を過ぎたただの年増になってます。そんなころに婚約破棄されるくらいなら、今すぐに婚約破棄してっ! *短篇10本ノック3本目です*

副会長様は平凡を望む

BL
全ての元凶は毬藻頭の彼の転入でした。 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー 『生徒会長を以前の姿に更生させてほしい』 …は? 「え、無理です」 丁重にお断りしたところ、理事長に泣きつかれました。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

ボクっ娘剣士と奴隷少女の異世界甘々百合生活

沢鴨ゆうま
ファンタジー
 剣士の町、レアルプドルフ。国に所属か独立のどちらかを選ぶことができる世界だが、隣接国から所属するよう強引に攻め込まれたことをきっかけに独立を選んだ。そこに住む剣聖の娘エールタインは、町の英雄である父のような剣士になることを決意する。十五歳になった見習い剣士エールタインは、デュオで活動するために奴隷を従者として付けるという剣士の伝統に従い、奴隷地区出身で従者となるための修練を完了した十二歳の少女ティベルダを招き入れる。優しいエールタインに心を奪われたティベルダは、主人に対する思いを日増しに大きくして愛を拗らせてゆく。主人への溢れる愛情が元々秘められていたティベルダの能力を引き出し、少女剣士の従者として大いに活躍する。エールタインもティベルダからの愛を受け止め心を通わせてゆく中、エールタインを慕う見習いの少女剣士がティベルダとの間に割って入ろうと英雄の娘に近づく。町の平穏と愛する者たちを守るために戦うボクっ娘剣士エールタイン。主人を愛して止まない奴隷ティベルダ。能力によって仲間となった可愛い魔獣を従えて、町を守るために戦う少女剣士たちの和み系百合異世界物語!       ※この物語は完全フィクションであるため、それを念頭にお読みくださいませ。 ・HJ小説大賞2020後期一次通過 ・HJ小説大賞2021後期一次通過 © 2020 沢鴨ゆうま All Rights Reserved.  転載、複製、自作発言、webへのアップロードを一切禁止します   (カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうへも投稿しております) タグ: メンヘラ 嫉妬 ジェラシー 従者 能力 ヒール 特殊 甘々 糖分 戦闘 剣士 剣聖     英雄 昇格 戦記 ラブコメ 百合

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

ヤンキー・モンキー・ベイビー!

卯月うさぎ
ファンタジー
突如鉄の馬に乗って異世界へ──────。訳も分からず立ち尽くす視線の先は、中世ぽい人間同士が争っていた。「我が名はターベル国第一騎士団隊長ベルナール。貴殿は何処の者か!」自分の前に勇ましく名乗りを上げる騎士様に『I can not speak English!』と答えたヤンキー女子。上は45歳の筋骨隆々の戦場の魔獣と呼ばれた将軍から、下は12歳の少年という逆ハーコメディ。7人の男に番認定され、それぞれから暴走的求愛を受ける。ヤンキー娘が最後に誰とR18になるのか・・。命も狙われるも"喧嘩上等!"を口上に、前に付き進むとことんゴーイングマイウェイな主人公、紅蓮総長神崎桃花17才。そんな無自覚女子に巻き込まれた個性豊かな番たちの物語。ただし、決しておバカな女子ではないのでそこんとこ"夜露死苦!" 作者より一言。。。長編になってしまったが、テンポよくサクッと読める内容なので「長編は・・・」という人も気軽に読めるかと。だから、最初だけ読んでどうするか決めてください★

処理中です...