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第三章 港町の新米作家編
朝市にて①
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まだ日の昇らない内に、私は留守をクララに任せてシャロットと朝市に繰り出した。客層は国外からの来訪者もちらほら見られ、昼時に比べて行き交う人も疎らだ。屋台では新鮮な魚介類が並び、潮の香りが辺りに漂っていた。
「まずは腹ごしらえにしましょうか。何か食べたいものはある?」
「そうですね……あ、ファンシアバイソンの肉が売っていますよ」
ゾーン伯爵領の風物詩、大陸を横断する野牛の群れだ。今は季節から外れているが、仕留めた獲物を干し肉にして流通させているあたり、商魂たくましい。通りがかった屋台では串焼きとスープ、それに牛脂石鹸が売られていた。
「御主人様はこれがお好きとうかがいましたが」
「うん、それが体質変わっちゃったみたいで、妊娠してから肉のスープの匂い嗅いだら危うく吐いちゃうところだったのよね」
思えばあれが、身籠っていると知ったきっかけだった。その後はバタバタして伯爵領には戻っておらず、好物だったスープも飲まなくなっていたけれど。
「今も不快なら、やめておきますか?」
「いいえ、もう産んだ後だから平気よ。匂いも嫌な感じじゃないし……と言うか、あれから好き嫌いはほぼなくなったのよ。
おじさーん、串焼きとスープを二人前お願い!」
妊娠したら食べ物の好みが変わると聞いていたけれど、悪阻の時期を過ぎれば何でもおいしく食べられるようになった。今はテッドが偏食にならないためにも、私自身が好き嫌いなんて言ってられないのもある。
久しぶりに口にしたスープは、やっぱり少し癖はあったものの懐かしい味がした。シャロットの口にも合ったようで、ホッとしながら他の店も見て回る。
朝市でしか手に入らないお魚や、テッドも口にできる豆乳、それに隣国産の果物……と屋台巡りをして、気付けばシャロットに持たせた荷物は彼女の顔が見えないくらい積み上がってしまっていた。
「ご、ごめん……さすがに重過ぎるわよね」
「いえ、まだ平気です」
いやいや、完全に視界が塞がってるから! 朝市では荷物をまとめて送り届けてくれる宅配所が設置されているので、一旦そこに買ったものを持っていく事にする。
(……それにしても)
道行く人たちは、シャロットの事を気にも留めない。こんなにも人目を惹きそうな美人なのに……格好はサングラスにメイド服、護身用の布を巻いた長物を腰に差し、おまけに女性の腕力では辛そうなほどの大荷物。思いっきり目立つ見た目にも関わらず、シャロットの存在は私の影か何かであるように周囲に溶け込んでいた。
(この違和感……叔父様のキャンピング馬車を思い出すわ。思えばそれを使って通っているって話だったし、彼女にも同じような対処がされているんでしょうね)
そこまでして何故? という疑問が起きる。シャロットがただの平民ではない事は薄々分かってきたけれど、ベアトリス様がわざわざ私のメイドに推薦するのには理由があるのだろう。私の事をよく知っているみたいだし。
「すみません、クララ=コルザ宛てまでお願いします」
「あいよ。荷物は以上かい? 今日はラオ公国の民芸品が入荷したって聞いたよ」
「そうなの? じゃあもう少しだけ見て回ろうかな」
朝市で買えるものの中には、海の向こうからの渡来品もあるので、外国の珍しい文化を知るのにはいい機会だったりする。特に私にとっては『外』というのは興味をかき立てる世界でもあった。
「御主人様は、ラオ公国に何か思い入れでもあるのですか?」
「ええ、今書いてる小説の舞台のモデルにしているの」
新聞で連載していた小説【妖精王子と悪役姫】が好評だったため、現在は続編として【鏡の国の妖精王子】が始まっている。ヒロインは変わっても王子様がカランコエなのは同じだけど……浮気じゃないわよ。女の子のピンチを助けてくれる救世主は概念なんだから。
ラオ公国産の伝統工芸である織物は、この国では見られない美しい模様が多く、想像力を刺激されるものだった。無駄遣いはできないけど、しっかり覚えて後でメモに残しておこうと、衣類を手に取りじっくりと眺める。……冷やかしなのも迷惑な客だから、一つくらい買っておこうかしら?
「これらの服が、ラオ公国の民族衣装ですか」
「ううん、違うわね。ラオ公国民の技術は製織だけで、仕立てているのはセンタフレア帝国から入ってきた職人だって聞いたわ」
服に付けられた値札を確認すると、随分と安く感じる。織物の見事さに反した価値だとは思うけれど、よく見れば刺繍の甘さが目立つので妥当だと分かる。
「伝統技術が安く買い叩かれているから、ブランドが育たないのよ」
「センタフレア帝国は、ラオ公国を支援していると聞きました。何故そんな事を……」
「そりゃあ、ずっと貧乏でいてくれた方が都合がいいから?」
衣食住を最低限保証する金銭は与える。だけど知恵も知識も身に付けさせない。何故なら、それこそが反抗する力となるからだ。自分たちに頼らないと生きていけない状態にする事を、ガッツ先輩は「支援漬け」と呼んでいたっけ。
「朝っぱらから、不穏な会話ですね」
「!」
横から聞き覚えのある声をかけられ、ビクッとして振り向けば、いつぞやのセンタフレア人がニコニコしながら立っていた。
「まずは腹ごしらえにしましょうか。何か食べたいものはある?」
「そうですね……あ、ファンシアバイソンの肉が売っていますよ」
ゾーン伯爵領の風物詩、大陸を横断する野牛の群れだ。今は季節から外れているが、仕留めた獲物を干し肉にして流通させているあたり、商魂たくましい。通りがかった屋台では串焼きとスープ、それに牛脂石鹸が売られていた。
「御主人様はこれがお好きとうかがいましたが」
「うん、それが体質変わっちゃったみたいで、妊娠してから肉のスープの匂い嗅いだら危うく吐いちゃうところだったのよね」
思えばあれが、身籠っていると知ったきっかけだった。その後はバタバタして伯爵領には戻っておらず、好物だったスープも飲まなくなっていたけれど。
「今も不快なら、やめておきますか?」
「いいえ、もう産んだ後だから平気よ。匂いも嫌な感じじゃないし……と言うか、あれから好き嫌いはほぼなくなったのよ。
おじさーん、串焼きとスープを二人前お願い!」
妊娠したら食べ物の好みが変わると聞いていたけれど、悪阻の時期を過ぎれば何でもおいしく食べられるようになった。今はテッドが偏食にならないためにも、私自身が好き嫌いなんて言ってられないのもある。
久しぶりに口にしたスープは、やっぱり少し癖はあったものの懐かしい味がした。シャロットの口にも合ったようで、ホッとしながら他の店も見て回る。
朝市でしか手に入らないお魚や、テッドも口にできる豆乳、それに隣国産の果物……と屋台巡りをして、気付けばシャロットに持たせた荷物は彼女の顔が見えないくらい積み上がってしまっていた。
「ご、ごめん……さすがに重過ぎるわよね」
「いえ、まだ平気です」
いやいや、完全に視界が塞がってるから! 朝市では荷物をまとめて送り届けてくれる宅配所が設置されているので、一旦そこに買ったものを持っていく事にする。
(……それにしても)
道行く人たちは、シャロットの事を気にも留めない。こんなにも人目を惹きそうな美人なのに……格好はサングラスにメイド服、護身用の布を巻いた長物を腰に差し、おまけに女性の腕力では辛そうなほどの大荷物。思いっきり目立つ見た目にも関わらず、シャロットの存在は私の影か何かであるように周囲に溶け込んでいた。
(この違和感……叔父様のキャンピング馬車を思い出すわ。思えばそれを使って通っているって話だったし、彼女にも同じような対処がされているんでしょうね)
そこまでして何故? という疑問が起きる。シャロットがただの平民ではない事は薄々分かってきたけれど、ベアトリス様がわざわざ私のメイドに推薦するのには理由があるのだろう。私の事をよく知っているみたいだし。
「すみません、クララ=コルザ宛てまでお願いします」
「あいよ。荷物は以上かい? 今日はラオ公国の民芸品が入荷したって聞いたよ」
「そうなの? じゃあもう少しだけ見て回ろうかな」
朝市で買えるものの中には、海の向こうからの渡来品もあるので、外国の珍しい文化を知るのにはいい機会だったりする。特に私にとっては『外』というのは興味をかき立てる世界でもあった。
「御主人様は、ラオ公国に何か思い入れでもあるのですか?」
「ええ、今書いてる小説の舞台のモデルにしているの」
新聞で連載していた小説【妖精王子と悪役姫】が好評だったため、現在は続編として【鏡の国の妖精王子】が始まっている。ヒロインは変わっても王子様がカランコエなのは同じだけど……浮気じゃないわよ。女の子のピンチを助けてくれる救世主は概念なんだから。
ラオ公国産の伝統工芸である織物は、この国では見られない美しい模様が多く、想像力を刺激されるものだった。無駄遣いはできないけど、しっかり覚えて後でメモに残しておこうと、衣類を手に取りじっくりと眺める。……冷やかしなのも迷惑な客だから、一つくらい買っておこうかしら?
「これらの服が、ラオ公国の民族衣装ですか」
「ううん、違うわね。ラオ公国民の技術は製織だけで、仕立てているのはセンタフレア帝国から入ってきた職人だって聞いたわ」
服に付けられた値札を確認すると、随分と安く感じる。織物の見事さに反した価値だとは思うけれど、よく見れば刺繍の甘さが目立つので妥当だと分かる。
「伝統技術が安く買い叩かれているから、ブランドが育たないのよ」
「センタフレア帝国は、ラオ公国を支援していると聞きました。何故そんな事を……」
「そりゃあ、ずっと貧乏でいてくれた方が都合がいいから?」
衣食住を最低限保証する金銭は与える。だけど知恵も知識も身に付けさせない。何故なら、それこそが反抗する力となるからだ。自分たちに頼らないと生きていけない状態にする事を、ガッツ先輩は「支援漬け」と呼んでいたっけ。
「朝っぱらから、不穏な会話ですね」
「!」
横から聞き覚えのある声をかけられ、ビクッとして振り向けば、いつぞやのセンタフレア人がニコニコしながら立っていた。
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