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第三章 港町の新米作家編

経緯⑧

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「こんにちは、ルーシーおばあさん」
「おや、ホイール先生じゃないか」

 路地裏の狭いスペースを利用した占い小屋に顔を覗かせると、水晶玉が載った小さな台を前にして座っている一人の老婆がいた。彼女は私と同じアパートの住人……とは本人の弁で、ここでしか見かけないのだけれど、よそからやってきた占い師なのだと言う。
 噴水のある公園でテッドを連れて散歩していた時、幼い子たちがちょっかいを出してきたので、怖がらせて追い払うためにした魔女リリータの真似が面白かったと言っていた。周りに大人はいないと思ってたけど、いつから見られていたんだろう……

「演技が随分堂に入っていたみたいだからね。本人に見せたいくらいだよ」
「ご冗談を……聖誕祭で毎年演じていた程度ですよ」

 軽口を言いながら、叔父様に頼まれていたホイールケーキを差し入れする。ルーシーさんはこれがお気に入りみたいで、何故か私が店に来るタイミングでいつも予約が入り、こうして訪れると簡単な占いをしてくれるようになった。

「それじゃ、今回も視てみようかね。どれどれ……ほほう?」

 水晶玉を覗き込みながら目をショボショボさせるルーシーさんだが、私からは何も見えない。テッドを連れてきた時には、この子は本来繋がるはずのない縁を結びつける力があると言われ、ドキッとさせられたものだ。

「あんたは縁というものに失望感を抱いているようだね」
「は……はあ」
「だがね、一見ゴミ同然だとしても使い方次第さ。特に人ってもんは、今見えている面が全てじゃない。出会いを大事にしなされ。望む望まないにかかわらず、それがあんたの財産になる」

 う……ん、分かったような、よく分からないような。確かに私は今まで、良縁には恵まれて来なかった。諦めている限り、苦難は突破できないというのも、以前ルーシーさんに言われた事だ。
 出会いを大事にして受け入れる、とは諦めるのとは違うのかしら? 考え込む私にそれ以上何か言う事もなく、彼女は包みからホイールケーキを取り出しモグモグ頬張り始めた。私たち若者の口には合わない『アンコ』も、年寄りにはちょうどいいと好んで食べている。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

「お待たせしました」
「ばあさん、元気だったか?」

 占い小屋から出ると、すぐそばでガッツ先輩が待っていてくれた。ここの占いは地味に評判で、相手の事はぴたりと当てる反面、助言が曖昧なせいで起こってから思い至るらしく、高い的中率の割にインチキだと言う人もいた。

「先輩も占ってもらった事はあったんですか?」
「ああ……まあ、こんなのは懐に余裕がある時にやる娯楽だよ。追いつめられてて、何かに縋ってでも背中を押してもらいたい時とかな」
「そうですね。前向きな言葉を貰えると、少し安心できます」

 話しながら私たちは通りを抜け、漁港に出ていた。潮の香りに気分が落ち着くようになったのも、この町に慣れてきた証拠だろうか。

「さあ、それじゃ今日は経済についての講釈にしようか。メモの用意!」
「あ、はいっ!」

 ガッツ先輩の合図に、私は慌てて鞄を探ってメモ帳を取り出す。ガッツ先輩は時折こうして私に記事の書き方を教えてくれる……と言うよりも、世の中の見方と言った方がいいかもしれない。私を本当の新聞記者に育て上げるつもりなのかしら?

「あそこの小島まで行くのに今のところ小舟が使われているが、渡し賃がいる。領主としてここでの雇用をもっと増やすには、どうすればいい?」
「え? それは……橋を造ればいいじゃないですか。作業員は地元の人から募って……」
「そうだな。だが、元々いた船頭は仕事を奪われるよな」
「あっ! じゃ、じゃあ舟を公共のものにすれば」
「税金でか? だったら領民としては、橋に使ってくれた方が便利だな。今のとこ小島に行く奴が少ないのは、不便だからってのもある」

 この問いに絶対の正解はないんだそうだ。どこに視点を置くかで何が正しいのかは変わるのだと。ふむふむ、と私はメモ帳にペンで書き付ける。ちなみにこのペン、出産と就職祝いにと叔父様からプレゼントされた。執筆時にも重宝している、なかなか使い心地がいい一品である。

「ってな風に、税金を使うにもどこかにしがらみが生まれるもんなんだよ。ゴチャゴチャ言われず手っ取り早く雇用を増やすには、軍事関連が一番だな」
「確かに防衛は大事ですけど……穏やかではないですね」

 スティリアム王家は元々隣国の貴族が独立したものだ。そこに至るまで多くの血が流れた歴史があるので、軍事の拡大は戦争の前触れじゃないかと不安になる。もちろん丸腰は論外だが、平和な時期にまでお金のためとは言え、ガツガツ増強していいものだろうか……

「平和、ねえ……それじゃ、この写真見てくれるか?」

 そう言ってガッツ先輩が取り出したのは、真っ直ぐに舗装された道の写真だった。背景から、どこかの田舎のようだけど、道の均一なまでの美しさに反して、どこか歪にも見える。

「なんて言うか……異常ですよね。普通山道に作るのなら、それに合わせて多少は坂になるはずです。だけどこれは道を作るために山を削り……いえ、抉ってまで真っ直ぐにしているのが」
「ああ、これは海の向こうの『センタフレア帝国』が支援している発展途上国の写真だよ。この道のインフラもそうさ。帝都まで繋がっている、真っ直ぐのな。そしてこの道幅は」
「ちょうど『戦車』がギリギリ通れますね」

 唐突に背後から声をかけられて、思わず「わあっ!?」と飛び退く。桟橋近くで話していたため、勢いで危うく海に落ちかけるが、先輩に引っ張り上げられて何とか踏み止まる。びっくりした……

 振り向くと、そこには変わった格好の男性が立っていた。バスローブのような服に、頭のてっぺんで纏めた髪を布で巻いてある。顔の造形はあっさりしていると言うか、親近感を覚える感じで、髪の色はテッドと同じぐらい真っ黒だった。
 いきなり覗き込まれて何事かと警戒していると、彼は珍妙ながらも丁寧な礼を取った。

「驚かせて申し訳ない。私は王立学園に通う留学生でね。祖国の名が聞こえたものだから、つい」
「あんた、センタフレア出身なのか。『戦車』も見た事あるんだな」
「あのー……『戦車』って何ですか?」

 我が国では兵士たちの乗り物は『いくさ馬車』で、人が大勢乗れる荷馬車という感じなのだけれど、『戦車』は荷台が鉄製で、さらには魔獣に引かせるのだと説明される。魔獣……魔界に生息する生き物だけど、地上にもいるのね。私がここで見た事ある魔獣は不気味な馬ナイトメアぐらいだけど、要するに叔父様のキャンピング馬車みたいなもの?

「いや、あそこまででかくねえよ。この道を通れるギリギリの幅だって言ったろ」
「ええっ!? それって軍隊が国境を越えて真っ直ぐ進める道を、帝国は支援と称して他国で造ってるって事ですか!?」

 ガッツ先輩の見立てでは、どうやらそうらしい。発展途上国への資金援助と言えば聞こえはいいけれど、平和どころか侵略への第一歩じゃないか。先輩が確認するようにセンタフレア人を見遣ると、彼は愛想笑いしながら頭を掻く。

「参りましたね。私はそういう政治面とは別の目的でここに来ているので何とも……まあ、命じている人間は同じなんですが」
「……その目的とやらを、俺たちに話してもいいのか? 新聞記者だぞ」
「少なくとも、私個人は探し物をしているだけなので。不ろ……万病に効く薬なのですが、何かご存じですかね?」

 万病に効く……魔法薬ポーション
 即座にリリオルザ嬢の顔が思い浮かぶが、ブルブルと首を振って否定する。あれからどの程度開発が進んだのかは知らないけど、これ以上関わりたくはない。彼らもそうだけど、他国の侵略を企む大国はもっと危険だ。

「そうですか……この国は魔法使いが興したと聞きましたので、何か手掛かりがと思ったのですが、今はむしろ後進国のようですね。そう簡単には見つかりませんか」
「その、貴方に薬の捜索を命じた方は、どこか体が悪いのですか?」
「周辺国家も手中に収めようって奴の考える事なんて、みんな一緒だろ」

 ふと湧いた疑問に答えたのは、ガッツ先輩だった。みんな一緒と言われても……兵士が遠征先で奇病にかかった時のために、とか? 首を捻る私に苦笑すると、センタフレア人は頭を下げて立ち去ってしまった。本当に世間話程度で話しかけてきたらしい。
 その背中を見送りながら、先輩は大きく溜息を吐く。

「まあ、この国はまだ平和だよ。

 それは、軍事拡大を穏やかじゃないと言った私への揶揄なのか。先輩は海の向こうへ取材に行って、平和ではない国の現状を直接見ているのだ。この国さえ飛び出せば自由だ安全だなど言っている内は、私の考えはまだ甘いのかもしれなかった。

(だけど、それを知れただけでも一歩前進だわ。情報は危険から身を護るための盾なのだから)

 私は先ほどのやり取りをメモする。これも小説のネタにできないかな、なんて頭の中で練りながら。

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