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第三章 港町の新米作家編

経緯⑨

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「ちわーっ、ミカワ屋ですー」

 部屋で黙々と小説を書いていると、裏口からサブちゃんの呼ぶ声がした。おかしいわね、何も頼んでないはずだけど。首を捻りながらもドアを開ける。

「どうしたの、新商品のサンプルでもあるのかしら?」

 たまに注文した商品以外にもおまけをくれる事があるのだけど、どうやら違ったらしい。

「実は奥さんと坊ちゃんを連れてこいとの社長命令でして」
「え……テッドも? それに、魔界経由で??」

 叔父様とは表のホイールケーキの屋台でたまに会っているのに、よっぽど緊急の用事なのかしら。しかもテッドまで連れて行かなきゃならないなんて、只事じゃないわね。

 クララはちょうど、弟たち宛ての手紙を出しに行って留守だ。私が開けなきゃこの部屋に入る事もできないから待たせてしまう事になる。
 急いでメモ用紙に伝言を残し、ドアの外に貼り付ける。時間を潰してもらって、遅くまで戻らなかったら職場の方で待っててもらおう。

 さっと準備を済ませると、私はテッドと共にサブちゃんの荷馬車で叔父様の城に向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

「テッド君って、本当可愛いわねぇ。顔立ち自体は父親そっくりなのに。やっぱり貴女が産んだ子だからかしら、アイシャ?」

 叔父様の庭園に造られた人工池……じゃなかった、露天風呂にゆったりと浸かる私たち。城に着いた私を出迎えてくれたのは、なんとベアトリス様だった。一応、彼女にだけは叔父様を通して生存報告はしている。それでも安全が確保されるまではと、直接会うのを控えていたのだ。
 で、現在どういう訳か一緒に入浴中なのである。

「腹を割って話すには、裸の付き合いが一番だって叔父様も言ってたわ」

 ベアトリス様は従姉なので、当然ガラン叔父様から見れば姪にあたる。出版社で言っていた姪とは、彼女の事だったようだ。
 それにしても、久しぶりにお会いしたベアトリス様は相変わらず美しくはあるものの……随分と砕けている。本人の言う通り、服と一緒にしがらみを脱ぎ捨て裸で接しているためか、私の事も「アイシャ」と呼び捨てだ。気負わないのでその方が楽ではあるんだけど。

「叔父様とは度々お会いしていたのですか?」
「あの人は自由人だから、頻繁とはいかないけれどね。ええ、幼い頃でしたが王妃教育で息の詰まりそうなわたくしを、ここに招待してくださったの。あの頃の私は傲慢で物知らずで……カーク殿下に軽蔑されても仕方のない娘だったわ。叔父様の見せてくれた世界のおかげで、視野が広がったと言えるでしょう」

 ベアトリス様ほどのお人がここまで自虐的な物言いをする事に驚く。一連の婚約破棄未遂は単にカーク殿下の我儘にしか思えないが、何やら私の知らない事情がありそうだ。

「そ、そう言えば、お渡ししたものは気に入っていただけました?」
「そうね。なかなか面白く読めたし、いい息抜きになったわ。……でも少し照れるわね、ああいうのは」

 私の生存報告は、来月発売される処女作の見本と共にベアトリス様に伝えられた。物語の主役であり、劇中で悪役令嬢と言われていた少女は、ベアトリス様がモデルだ。もっとも、完全にそのものという訳ではないけれど……

「それにしても、刊行までのペースが随分早いじゃない? 貴女が失踪してまだ一年も経っていないのよ」
「最初は週一だったのですが、載った時の売り上げが段違いだからって毎回での連載に変わったんです。休日はまるまる一面分貰ってしまいましたし……」

 娯楽色の強い新聞ではあるものの、少女向けの小説なんて受けるかしらと心配だったけど……平民が王子と結ばれるパターンが巷に溢れ過ぎて、悪役令嬢に焦点を当てた切り口が新鮮だと好評だった。そろそろ王道ものが飽きられてきているのか、それともモデルがいる事がバレていて、野次馬根性からなのか……何にせよ、若い女性読者が増えたと編集長もご満悦である。

「……ねぇ。アイシャはこのまま、作家として生きていくの?」
「えっ?」
「公爵家にはもう、戻らないつもりかしら」

 テッドを抱き上げながら、じっとこちらを見つめるベアトリス様。赤い空をバックに、まるで一枚の絵画のようだ。私は上を向き、ギャアギャアと奇声を上げる鳥が飛んで行くのを視線で追う。

(この話、ベアトリス様にした方がいいかしら)

 もう一人の従姉リバージュ様が、エルシィの正体に気付けず危険に晒してしまった事を気に病んでいたと聞き、これ以上心配はかけたくないと迷っていたが。
 意を決して、私を攫った時にエルシィが口走っていた内容を打ち明ける。真正鷹騎士団なる組織は、チャールズ様が裏で糸を引いている……らしいと。

「あり得ないわ!」

 ベアトリス様はとても驚いていたが、その方向は私の予想とは違っていた。

「アイシャ、貴女も知っているでしょう? 双鷹そうようの誓いを立てた以上、チャールズ様が殿下を裏切るような事があれば……」
「もちろん分かっております。だから……これは馬鹿げた邪推なのでお気を悪くされないで欲しいのですが」
「カーク殿下までが推進していると? 国家転覆を目論む組織を?
……あのね、アイシャ。確かにわたくしも一度は、殿下が王位継承権を放棄するために画策していると疑いました。今もその可能性は高いです。
だけど、カーク殿下が兄君のキリング殿下の御命を狙う事だけは、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない」

 婚約者であるベアトリス様に否定されてしまっては、カーク殿下への疑惑は解かざるを得ない。雲の上の人たち――キリング第一王子の事も私はよく知らないし。

「それじゃ、エルシィが言っていた『チャールズ様がお喜びになる』って……」
「さあ……過激派の賊の言う事だから、どこまで信じていいのやら。とりあえず、何も分からない内は憶測だけで突っ走るものじゃないわ」

 ベアトリス様に釘を刺され、混乱していた頭が少し冷えた。そうだ、チャールズ様とカーク殿下が反逆を企んでいたなんて、彼女の言う通り憶測に過ぎないのだ。気になるのであれば、本人からちゃんと聞くべきだ。

(だけど……会うのが怖い)

 本当にチャールズ様が、真正鷹騎士団の旗頭かもしれない事……ではなく。生まれてくる子を守るという約束を破ったチャールズ様を許せるのか、自分が分からない。何か事情があるにせよ、それを聞いた時に私はチャールズ様を信じてあげられるのか。

「まあ、あんな鳩公の話はこれぐらいにしましょ。でもアイシャ、後書きを読んだ限りではマミーには生きている事、教えるつもりなのよね?」
「はい、公爵家では一番お世話になりましたので」

 カーク殿下の乳母だったマミーの事は、当然ベアトリス様も知っている。首を傾げていると、腕の中のテッドを渡しながら悪戯を思い付いた子供のような顔で微笑む。

「もし、あの小説が彼女の耳にまで届くほどの人気になったら。わたくしからお祝いのプレゼントを贈るわ」

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