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第三章 港町の新米作家編

経緯⑤

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 マリフィーさんに促され、社長室から一階分下りると、その部屋は書類が大量に積み上がった机が並べられている。
 その内の一つの席にいた男の人が、私たちの入室に気付いて立ち上がった。髪も肌も黒い、南方の国出身だと一目で分かる。

「これは、社長。お久しぶりです」
「忙しいみたいだな。みんな出払ってるのか?」
「あたしはいますよ!」

 キンキン声と共に、書類の間からニュッと顔を覗かせたのは、彼と同じく南方人の女性。私と目が合うと、叔父様やマリフィーさんが何か言う前に、

「お客様ですか! お茶を淹れますね!」

と言って物凄いスピードで給湯室へ飛んで行ってしまった。呆気に取られていると、すかさず「お客様、赤ちゃんのミルクはどうしますか?」と叫ばれたので、慌てて必要ない事を告げる。哺乳瓶やおしゃぶりなどの育児グッヅはひととおり持ち歩いている。
 彼女の声にびっくりしたのか、息子が目を覚ますなり泣き出してしまったので、あやすのに手間取るなどの一幕はありつつも、私たちは用意された椅子に座った。

 そして南方人男性は編集長のマデラ=ジョーンズさん、女性の方は秘書のチイ=オクトピアさんだと紹介される。

「お名前、なんて言うの?」

 お茶を出してくれたチイさんが、泣き止んでうとうとしている息子の頬をつつきながら訊ねてくる。

「テッドです」
「ふーん……可愛いわねぇ、今まで色んな人種を見てきたけれど、金色の瞳なんて珍しいんじゃない?」
「それなんですが、社長。貴方の姪御さんと、その御子息……一見しただけで、どれだけ厄介な件なのか想像つきましたよ」

 編集長の指摘にドキッとする。やっぱりこんな小さな港町でも、黄金眼球が王家の証である事は常識のようだ。しかも息子はチャールズ様と瓜二つ……私たちを狙っている勢力からすれば、これだけ分かりやすい目印もない。
 だけど焦る私とは裏腹に、叔父様は落ち着いた様子で足を組む。

「なら話は早い。こいつには、ここで記事を書かせてやってくれないか」
「はっ!?」

 お茶を飲もうとして、突拍子もない提案に思わず立ち上がる。いきなり記者になれとか……てっきり雑用だと思っていたのに。

「身を隠さなければいけないのに、目立つ事をしてどうするんですか!?」
「もちろん、偽名を使う。だがな、知名度ってのはある意味力だと思うぜ。情報を扱う職業だから、正体を暴こうと嗅ぎ回る連中がいても、動きも察知しやすいしな」

 叔父様が職場として新聞社を選んだのも、考えがあっての事だった。有名 (ただし偽名で)なら却ってバレにくい……発想の転換で思い出すのは、『台風の目』と言われたチャールズ様との婚約。あれは、各勢力が牽制し合う事で身を守れていたと聞いたけど。

(言った本人とチャールズ様に疑惑ができた今、あれもどこまで真実だったのか……。とりあえず今は、ここでの生活を第一に考えなきゃね)

「でも……いきなり雇えなんて言われても、私ができる事なんてあるんですか? いくら身を隠すためとは言え、他の人の仕事を奪うわけには……」

 いきなりやれと言われても、新聞の原稿なんて書いた事もないのに。やっぱり雑用をしながらひっそりと生きていくべきじゃないのか、と尻込みしてしまうのは、妹に日記帳を回し読みされた事へのトラウマかもしれない。

「新聞ってのは、何もニュース記事だけじゃない。ここいらの店の宣伝や人生相談、それに四コマ漫画なんかもあった方が面白いかもな」
「……マンガ??」

 聞き覚えのあるワードに、つい反応する。その言葉を知ったのも、随分遠い日のように感じるけれど。マンガというのはもしかして、リリオルザ嬢に押し付けられた、あの奇妙な絵物語の事だろうか?

「私、絵なんて描けませんよ」
「おっ、漫画の事、教えたっけか? なに、お前に見せた令嬢がいる? へえ~……
まあそれはともかく、漫画じゃなくても小説とか、毎回読むのが楽しみなコンテンツを作っておくんだよ」

 小説。
 それなら、私も大好きだ。ロマンチックな恋愛小説はサラに取られてしまうから、図書館で借りなきゃ読めなかったけど、自分で書いてみたい気持ちはある。
 現実は恵まれないからこそ、空想の世界ぐらいでは幸せを描きたい。

「本当に、の目を誤魔化せるんでしょうか? 身をもって知りましたが、あの御方の執念は凄まじいですよ。正直言うと、どこに隠れていても見つけ出されそうで」
「どこにいても見つけ出されるんだったら、いっそ隠れずに堂々としておけ。
……まあ、自分を棚に上げて言うがな。俺もいい加減、実の母親に怯えてコソコソ逃げ回るのに嫌気が差していたところだ。あの女は誰もが自分を恐れて隠し事をしていると知っている……いや、と確信している。特にお前は、他の勢力からも狙われているから……尚更、下手に目立つ事はせず辺鄙な地に隠れ住むなんて予想の範疇だろうよ」

 私の考えは叔父様に……さらにはネメシス様にはお見通しだと告げられた。確かに……私の性格であれば、なるべく人とも接触しない場所で息を潜めていただろう。

 私だからこそ、思い至らない。そしてある意味、天職かもしれない。

 今とは違う、別人になりたい――それは幼い頃からの悲願であったのだから。

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