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第三章 港町の新米作家編
経緯④
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それからしばらく私たちは、叔父様の城に滞在させてもらっていた。子供の頃に何度か来た事はあるのだけど、泊まり込むのは初めてだ。クリスに案内してもらいながら、クララは城内をキョロキョロ眺め回して興奮していた。
「私、長らく色んな境遇の人たちの話を聞いてきましたが、これだけ不思議な体験は初めてですよ。お嬢様はすごい御方を親戚にお持ちなのですね」
「親戚がすごいというだけで、私自身がそうではないのだけどね」
離れた場所でもお喋りができる機械も二人で試してみたけど、こんなのが向こうでも流行れば本当に便利だ。が、どういう仕組みになっているのかを聞けば、
「中には『エコー』という、人の声を真似る妖精が入っています。彼らは種族全体が一つの意識を共有していますので、番号とメッセージを伝える事でどれだけ離れていても相手に届けられるんです」
――との事だったので、魔法の概念が広まっていないスティリアム王国での普及は無理そうだった。子供部屋には取り付けてもらいたいけど。
城の構造は、大まかには私の知るものとほとんど同じではあるが、中には馴染みのないデザインも一部見られた。全体が木造で、扉が紙、カーペットが編んだ草でできている部屋もある。叔父様曰く、東方の国によく見られる文化なのだそうで、時々この部屋にサッと片付けられる布団を敷いて寝る時もあるんだとか。さらにはそこから下りられる庭を掘って造られた池をお風呂に使っていると聞かされた時も度肝を抜かれた。
「ここにある発明の数々は、叔父様が前世で異世界の人間だった頃の記憶を参考にしているんですって。お母様や私の力になってくれたのも、元はお祖母様と同じ世界の出身だからなんでしょうね」
「私も世界を救った英雄の伝説は、ふわっとした認識しかありませんでしたが、この城を見ただけでも、異世界の文化レベルがどれだけ高いか窺い知れますよ」
その当人は今どうしているかと言えば、地上でキャンピング馬車を移動させている。国外に逃げる事はできなくとも、国内であれば移動する事は可能だ。不気味な見た目の馬が引いている、二階建ての巨大な馬車だと言うのに、道行く人は誰も目に留めない。
(とても便利だけど、そのまま誰にも気付かれず国の外まで……とまでは行かないのよね。魔法と言えど、万能ではないという事か)
何せ、敵は叔父様の母親にあたる人。魔法の知識も国内の影響力も王家に匹敵する。彼女の目を掻い潜って平穏無事に生きる事の難しさは、お母様が示している。加えて私の子はチャールズ様の血を引いているのだ。
(問題は山積みだけど……どれだけ手強くったって負けない。叔父様は今日帰ってきたら、私が向こうで生きるための力を身に付けさせるって言ってたわ。魔法や協力者ももちろんだけど、私自身が強くなる必要があるから)
神様……きっとこの試練に耐えてみせます。
場所的に魔界で祈るのはおかしいのかもしれないけど、その辺はスティリアム王国人の習性だ。私の様子を見たクララもそれに倣い、抱きかかえられた息子はキョトンとしていた。
やがて城に戻ってきた叔父様は、入り口を指し示した。
「アイシャ、馬車を降りろ。お前の当面の家と働き口を用意したぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
魔界の城と繋がっている、馬車の二階にあるドアから出れば、ガラッと空気が変わるのを感じる。私と息子を抱っこしたクララが、叔父様に続いて外に出ると、そこは真っ青に晴れ渡る空と、カモメの声……それにほんのり潮の香りがした。
「港町……?」
「おう、貿易港じゃなく漁船ぐらいしか寄港しない小ささだがな。ポーチェ男爵領にあるキトピロという町だ」
ポーチェ男爵家――サラの母親で、ゾーン伯爵家の後妻アンヌ様の実家だ。ついでに隣町は、リリオルザ嬢の御出身ヴァリーだったりする。めんどくさい方向で因縁のある土地だ。
(まあ、アンヌ様もリリオルザ様もそうそう実家帰りなんてされないだろうけど)
そんな事を考えながら叔父様に連れて来られたのは、【ガラン堂新聞社】と書かれた看板が取り付けられた、飾り気のない建物だった。
「新聞社……?」
「これも俺が社長やってる内の一つで……まあ、地方のちっこい新聞社だよ」
「叔父様、魔界も含めて年中世界を飛び回っていて、よくそんな事する時間がありますね」
「ないな。だから代理人を立ててる」
そう言って階段で最上階まで上がり、粗末なドアを叩くと、女の人が返事をしたので、体を滑り込ませるようにして中に入る。
「よおマリフィー、久しぶりだな。景気はどうだ?」
「もう少し視察に来られる頻度を上げていただけると助かるのですが」
「そう言うな、こっちも色々あったんだよ」
部屋の中は、事務所と応接室が一緒になっている。叔父様に答えているのは、眼鏡をかけた少しきつめの女性。年頃は叔父様と同世代のようで、結構美人だ。
「まあいいや。紹介するよ、俺の姪っ子だ」
「あら、この間のお嬢さんと違うじゃないですか……まさかまた訳ありですか?」
「おう、今度はあん時の比じゃねえからな。まあ単刀直入に言えば……匿ってやって欲しいんだ」
叔父様たちのやり取りを聞いて、どうやら私はこの新聞社に就職するらしい事が分かった。マリフィ―さんが心底めんどくさそうな顔をしているのが気になるけど、社長が身内をコネで捩じ込もうとしているのだから当然だろう。
心苦しくなり、思わず私は前に進み出て頭を下げた。
「この度は、誠に勝手なお願いをしてしまい、申し訳ありません。わたくし、ガラン=ドゥ=ルージュの姪で、アイシャ=ゾーンと申します」
「ああ、いいのいいの」
私が自己紹介をすると、マリフィーさんはずれかけた眼鏡を直し、気にするなとばかりに手を振ってみせる。
「ここにはそこの幽霊社長が拾い集めてきた訳あり連中が揃ってるから、また一人増えたところでどうって事ないのよ。そいつが大人しくこの椅子に座っといてくれないのが問題なんだから」
「はあ……」
「申し遅れたけど、私は社長代理を務めている『シードラゴン』よ。表では社長代理と呼んでちょうだい」
そう言って笑うマリフィーさんは、一見きつそうでも気さくな人だったみたい。
「私、長らく色んな境遇の人たちの話を聞いてきましたが、これだけ不思議な体験は初めてですよ。お嬢様はすごい御方を親戚にお持ちなのですね」
「親戚がすごいというだけで、私自身がそうではないのだけどね」
離れた場所でもお喋りができる機械も二人で試してみたけど、こんなのが向こうでも流行れば本当に便利だ。が、どういう仕組みになっているのかを聞けば、
「中には『エコー』という、人の声を真似る妖精が入っています。彼らは種族全体が一つの意識を共有していますので、番号とメッセージを伝える事でどれだけ離れていても相手に届けられるんです」
――との事だったので、魔法の概念が広まっていないスティリアム王国での普及は無理そうだった。子供部屋には取り付けてもらいたいけど。
城の構造は、大まかには私の知るものとほとんど同じではあるが、中には馴染みのないデザインも一部見られた。全体が木造で、扉が紙、カーペットが編んだ草でできている部屋もある。叔父様曰く、東方の国によく見られる文化なのだそうで、時々この部屋にサッと片付けられる布団を敷いて寝る時もあるんだとか。さらにはそこから下りられる庭を掘って造られた池をお風呂に使っていると聞かされた時も度肝を抜かれた。
「ここにある発明の数々は、叔父様が前世で異世界の人間だった頃の記憶を参考にしているんですって。お母様や私の力になってくれたのも、元はお祖母様と同じ世界の出身だからなんでしょうね」
「私も世界を救った英雄の伝説は、ふわっとした認識しかありませんでしたが、この城を見ただけでも、異世界の文化レベルがどれだけ高いか窺い知れますよ」
その当人は今どうしているかと言えば、地上でキャンピング馬車を移動させている。国外に逃げる事はできなくとも、国内であれば移動する事は可能だ。不気味な見た目の馬が引いている、二階建ての巨大な馬車だと言うのに、道行く人は誰も目に留めない。
(とても便利だけど、そのまま誰にも気付かれず国の外まで……とまでは行かないのよね。魔法と言えど、万能ではないという事か)
何せ、敵は叔父様の母親にあたる人。魔法の知識も国内の影響力も王家に匹敵する。彼女の目を掻い潜って平穏無事に生きる事の難しさは、お母様が示している。加えて私の子はチャールズ様の血を引いているのだ。
(問題は山積みだけど……どれだけ手強くったって負けない。叔父様は今日帰ってきたら、私が向こうで生きるための力を身に付けさせるって言ってたわ。魔法や協力者ももちろんだけど、私自身が強くなる必要があるから)
神様……きっとこの試練に耐えてみせます。
場所的に魔界で祈るのはおかしいのかもしれないけど、その辺はスティリアム王国人の習性だ。私の様子を見たクララもそれに倣い、抱きかかえられた息子はキョトンとしていた。
やがて城に戻ってきた叔父様は、入り口を指し示した。
「アイシャ、馬車を降りろ。お前の当面の家と働き口を用意したぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
魔界の城と繋がっている、馬車の二階にあるドアから出れば、ガラッと空気が変わるのを感じる。私と息子を抱っこしたクララが、叔父様に続いて外に出ると、そこは真っ青に晴れ渡る空と、カモメの声……それにほんのり潮の香りがした。
「港町……?」
「おう、貿易港じゃなく漁船ぐらいしか寄港しない小ささだがな。ポーチェ男爵領にあるキトピロという町だ」
ポーチェ男爵家――サラの母親で、ゾーン伯爵家の後妻アンヌ様の実家だ。ついでに隣町は、リリオルザ嬢の御出身ヴァリーだったりする。めんどくさい方向で因縁のある土地だ。
(まあ、アンヌ様もリリオルザ様もそうそう実家帰りなんてされないだろうけど)
そんな事を考えながら叔父様に連れて来られたのは、【ガラン堂新聞社】と書かれた看板が取り付けられた、飾り気のない建物だった。
「新聞社……?」
「これも俺が社長やってる内の一つで……まあ、地方のちっこい新聞社だよ」
「叔父様、魔界も含めて年中世界を飛び回っていて、よくそんな事する時間がありますね」
「ないな。だから代理人を立ててる」
そう言って階段で最上階まで上がり、粗末なドアを叩くと、女の人が返事をしたので、体を滑り込ませるようにして中に入る。
「よおマリフィー、久しぶりだな。景気はどうだ?」
「もう少し視察に来られる頻度を上げていただけると助かるのですが」
「そう言うな、こっちも色々あったんだよ」
部屋の中は、事務所と応接室が一緒になっている。叔父様に答えているのは、眼鏡をかけた少しきつめの女性。年頃は叔父様と同世代のようで、結構美人だ。
「まあいいや。紹介するよ、俺の姪っ子だ」
「あら、この間のお嬢さんと違うじゃないですか……まさかまた訳ありですか?」
「おう、今度はあん時の比じゃねえからな。まあ単刀直入に言えば……匿ってやって欲しいんだ」
叔父様たちのやり取りを聞いて、どうやら私はこの新聞社に就職するらしい事が分かった。マリフィ―さんが心底めんどくさそうな顔をしているのが気になるけど、社長が身内をコネで捩じ込もうとしているのだから当然だろう。
心苦しくなり、思わず私は前に進み出て頭を下げた。
「この度は、誠に勝手なお願いをしてしまい、申し訳ありません。わたくし、ガラン=ドゥ=ルージュの姪で、アイシャ=ゾーンと申します」
「ああ、いいのいいの」
私が自己紹介をすると、マリフィーさんはずれかけた眼鏡を直し、気にするなとばかりに手を振ってみせる。
「ここにはそこの幽霊社長が拾い集めてきた訳あり連中が揃ってるから、また一人増えたところでどうって事ないのよ。そいつが大人しくこの椅子に座っといてくれないのが問題なんだから」
「はあ……」
「申し遅れたけど、私は社長代理を務めている『シードラゴン』よ。表では社長代理と呼んでちょうだい」
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