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第二章 針の筵の婚約者編

アイシャの日記

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【私の可愛いアイシャへ。

これは貴女に遺せる私からの贈り物の一つ、『魔法の日記帳』です。何が魔法なのかは、書き続けていく内に分かってくると思うわ。その日に起こった楽しい事、悲しい事……何でもここに書いてちょうだいね。もう貴女から直接聞いてあげる事はできないけれど、貴女が書いたその日の出来事を読みながら、いつでも見守っているから。

貴女のこれからの日々が、幸福でありますように】

【■月〇日ドラゴンの曜日

お父様が新しい奥さんという人を連れてきた。お母様が生きていた頃に教えてくれた、使用人だったアンヌ様だ。屋敷で働いていた頃は私もうんと小さかったから覚えていなかったけれど……
お父様は、アンヌ様をお母様と呼べと言う。私のお母様はお母様だけなのに。
それに、アンヌ様のスカートにしがみついてこっちをうかがってたあの子。サラと言って私の妹らしいけど、すごく怖い目でこっちを見ていた。お父様もみんなも、サラばかり可愛がる。私の事など、透明人間になったみたいに。

お母様、あんな妹なんて欲しくなかった。私の妹はミルキーだけ】

【〇月×日エルフの曜日

サラに大事な大事なミルキーを殺された。お母様にもらった大切な、お友達だったのに。
どうしても欲しい、大切にするって言うから、お父様にも譲ってやれって言われて仕方なく渡したのに。
髪も服も切り刻まれて、手足をバラバラにされた、かわいそうなミルキー。
私にとっての妹は、サラなんかじゃなくあなただったのに。

ミルキーのために小さなお墓を作ってあげた。
お父様にぶたれた頬よりも、彼女を亡くした心の方がずっとずっと痛い。お母様もミルキーもいなくなって、私は一人ぼっち。泣いていたら、いつの間にか部屋の中は真っ暗だった。

窓を閉め忘れていたせいか、部屋に入り込んだ風でカーテンが頬を撫でた。何気なくそちらを向いて、とても驚いた。だって部屋の中にはもう一人、蹲っている子がいたんだもの。
だけどそれは、鏡に映った私だった。
お母様から聞いた事がある……鏡に映った自分の姿は、半分は妖精なんだって。だから左右が逆なのよ。
私は恐る恐る、『こんにちは』と話しかけてみた。そしたら鏡の向こうでも、全く同じように返ってきた。泣き顔だったので顔を拭い、無理矢理笑ってみると、向こうも笑顔になる。
こうして私たちは、友達になった】

   ・
   ・
   ・

【十一歳になったのね、可愛いアイシャ。貴方がたくさんの愛に囲まれ、幸せでいる事を願っています】

【〇月△日ドワーフの曜日

サラにお願いされて彼女の部屋で本を読んであげていた。彼女が眠ったので戻ろうとして窓を見た時、そこに映った自分と目があった。『わたし』の姿が映るのは、鏡だけじゃないんだ。
私は『わたし』との秘密の時間を持った。誰も見ていない時、『わたし』は現れて私とお喋りをするのだ】

【☆月×日エルフの曜日

従兄のルーカスとの婚約が決まった。お母様とティアラ伯母様がずっと前に決めていたらしい。
ルーカスはちっちゃい頃からよく一緒に遊んでくれた、お兄様みたいな人だ。
婚約者としても、仲良くしてくれたら嬉しい。
だけど、ルーカスがもし家に遊びに来た時に、サラに会って……お父様やみんなのように、私よりも好きになってしまったら(※ぐしゃぐしゃに塗り潰されていて読めない)】

【◎月□日悪魔の曜日

サラがいつものように、私のものが欲しいと駄々を捏ねた。今回は、劇で演じるお姫様の役だ。ドレスも私のために仕立てられたのをそのまま着ると言って聞かない。絶対サイズが合わないのに……
セリフも二日じゃ覚えられる訳ないので、カンニングペーパーを用意する。台詞も全部覚えててフォローできるのは私だけという事で、今度は王子役にさせられた。サラの勝手でみんなが迷惑してるのに、本人はちっとも悪いと思ってない。

それはともかく、王子の服は私のサイズと同じでよかった。短髪のカツラを被り、姿見の前でポーズを取ってみると、びっくりするくらい男の子みたいだった。いつもはさえないとか言われてる私でも、こうすればかっこいいかも?
そうだ、『わたし』の見た目もこういう王子様がいいな。いつも私を慰めてくれる、優しくてかっこいい王子様。一人称も『ボク』の方がいいよね】

【◎月☆日天使の曜日

劇の帰り道、お母様の弟だというガラン叔父様と出会った。二頭の不気味な馬ナイトメアに引かせた二階建て馬車に乗った、不思議な冒険者。
私は叔父様のお城に招かれ、そこで『魔法』を知った。本当に、夢のように幸せな体験だった。

帰り際に、叔父様は私に鉢植えの花をくれた。
『カランコエ』という名前らしい。

決めた、私の王子様の名前は『カランコエ』。ガラン叔父様と妖精女王の隠し子で、夜な夜な私の部屋にやってきて、秘密のお喋りをするのよ。世界中の人が私を悪者にしても、カランコエだけは味方になって私を守ってくれるの。

カランコエ、大好きよ。ずっと私のそばにいてね】

   ・
   ・
   ・

【十二歳になったのね、可愛いアイシャ。出会いは貴女を大きく成長させ、やがてかけがえのない存在になっていくでしょう】

【〇月×日スライムの曜日

クラスの子たちが、知らないはずの私の日記の内容をからかってきた。何の事が知らないふりをしたけど、心当たりがあって急いで帰った。日記はそこにあったけど、物があちこち動いた後がある。

サラ……貴女は何て悪趣味な事をするの。お父様に泥棒が入ったかもしれないから部屋に鍵をかけてと頼んだけれど、サラに泣き喚かれて阻止された。自分が犯人だと言ってるようなものなのに、何故か私が悪い事にされた。
それなら絶対にサラが手に取りたくないよう、日記に細工をしなきゃ。ダミーの方も、サラが見られて困るような事を書いてやる】

【●月☆日天使の曜日

ルーカスと一緒に双鷹そうようの儀を見に行った。誓いを交わす二人はとても美しかった。太陽の王子と、月の従者。お互いが命と信頼をかけて誓いを立て、どちらかが裏切ったら剣が飛んできて心臓を貫くのだとか。
まるで魔法だと言ったら、ルーカスに笑われた。魔法は、本当にあるのに……でもこれは秘密。
ルーカスから聞いた逸話はとても恐ろしかった。確かに魔法と言うよりは、呪いなのかもしれない。それでも誓いを立てたのは何故なのかしら。彼らはお互い命をかけてもいいと思えるほど、信頼し合ってるんだ。
そんな相手がいる事が、少し羨ましかった】

【□月◎日ゴブリンの曜日

恐れていた事が、起こってしまった。このままずっと会わずにいられればよかったけど、婚約者となるとそうはいかない。
ルーカス、貴方もなのね……サラは私から、何もかも奪わなきゃ気が済まないのね。
もう、諦めた。後はいつが言い出されるかってだけ。
だけど私にはカランコエがいる。いくらサラでも、このお友達だけは絶対に奪えない】

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【十七歳になったのね、可愛いアイシャ。貴女が素敵な花嫁さんになるまであと一年。直接お祝いできないのは残念だけれど、私はいつでも見守っているから】

【八の月★日ドラゴンの曜日

ついにこの日がやってきた。覚悟していたからか、お父様から告げられても何とも思わない。『いつもの事』だから。
だけどサラ、よりによって私の誕生日にお父様に言わせるなんて、相変わらず趣味が悪いのね。ルーカスの事はサラに夢中になってからすっかり情もなくしてしまったけれど、だからって今後も顔を合わせなきゃならないのは憂鬱だわ】

【九の月〇日悪魔の曜日

式典があったけれど、そこで起こった事は雲の上の出来事で現実だと実感できない。とにかく疲れた】

【九の月□日ゴブリンの曜日

あの御方との事がバレ、メディア子爵との婚約は白紙に。お父様には顔が腫れ上がるほど殴られた。誰も私を助けてくれない。どこにも居場所がないのなら、お父様の言う通り修道院へ行った方がマシなのかもしれない】

【九の月◎日ドラゴンの曜日

ルーカスに詰られて、彼が好きだった事に気付いた。きっとサラにはお見通しで、だからこそ奪いたかったんでしょうね。
たくさん泣いたらようやくスッキリして、一人でも生きていける覚悟ができた。お母様、伯母様との約束を守れなくてごめんなさい。だけど、私は大丈夫】

【十二の月☆日天使の曜日

妊娠していた】

【一の月〇日エルフの曜日

お腹の子を殺せと言われた。不幸になる事が分かっているから。
だけど私には、できなかった。
不幸なら生まれてこなければよかったの?
だったら私は何? それでも生きたいって思うのはおかしいの?
叔父様から「サイオウガウマ」という言葉を教えてもらった。
何が正しいのか、何が不幸かなんて、先の事は分からないけど、
それでも私は……】

【一の月□日悪魔の曜日

チャールズ様の婚約者になっていた。

意味が分からない】

【一の月★日ゴブリンの曜日

ティアラ伯母様からお母様の遺産ゲラーデを受け取った。とても不思議な力があるようだ……叔父様のように、私も魔法が使えるようになったのかしら。
成り行きではあるけれど、私はこれからお父様たちと離れられる事になる。
お母様、素敵なプレゼントを残してくれて本当にありがとう】

【一の月×日ドラゴンの曜日

公爵家には、不安しかない。愛のない旦那様と、私を追い出そうとする使用人たち。唯一、クララ以外の味方ができた事だけが救いだ。
それにしても、魔法の鍵の力はすごい。この子だけでなく、私も守られているみたい】

【一の月◎日スライムの曜日

今日来られた助産医のマックウォルト先生は、元ウォルト公爵家出身だった。お腹の子の、未来の姿であるという。
私はどうすればいいんだろう……いいえ、どうなってもいい。この子さえ無事に生まれてきてくれるのなら。そして生まれてくるべきじゃないというチャールズ様を見返してやるのよ。

今の私が持っているものなんてほんの僅かだし、私にとって王子様と呼べるのは鏡に映った自分でしかない。だけどお母様、この先どれだけ辛い事が待っていても、絶対に諦めないと誓います。
そして私の大切な宝物を、もう誰にも奪わせません】

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