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第二章 針の筵の婚約者編
押し潰されて
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できる限りそばにいてくれようとするチャールズ様だったが、カーク殿下と共に学園に入学したのだからそちらの方も疎かにはできない。だからどうしても外せない仕事や行事の時は、無理にでも出て行ってもらっていた。
本日行われる学園祭も、その内の一つだ。
(学園祭かあ……妊婦の私にはどっちみち無理な話よね)
妊娠報告をする前、お父様に学校をやめて修道院へ行けと言われていたのを思い出し、溜息を吐いた。
もうすっかり大きくなったお腹を撫でる。私が今、一番考えなければならないのは、この子の事だ。もし男の子が生まれても、私は全力でこの子を守る。誰かにとって都合が悪いと言うのなら、身を挺してでも。たとえ…再び道具になる日々が待っていたとしても。
チャールズ様のような思いは、決してさせないから。
ドンドンドン!
ドアを叩く音にハッとして、ケープを羽織って部屋を出る。学園祭の後は城で小規模なパーティーがあり、あまり遅くなるなら外泊するから出迎えなくていいと、使用人たちを下がらせていた。
時間はもう、深夜に近い。何があったのだろうか……
玄関のドアを開けると、巨体がぬっと現れて思わず仰け反った。
「すまん、君の旦那が酔い潰れたんで連れて帰ってきた。入れてもらえないかな」
よく見ると、酒の匂いを纏ったチャールズ様は、そう言った巨体の彼に肩を貸されて足を引き摺っていた。この御方のこうした姿は珍しい。
「あの、どちら様でしょう…?」
「ああ、君とは初対面だったね。俺はスイング=ローファット。マミーの息子だと言えば分かるか?」
言われてそのまん丸い体に既視感を覚えたわけが分かった。カーク殿下の乳母マミーのお子さんと言う事は、殿下とは乳兄弟なのだろう。ちなみにマミーの旦那様は騎士団長なので、彼もまた騎士見習いと言う事になる。
「それは…いつもマミーにはお世話になっております。公爵様は私が部屋までお連れしますので」
「いや、そんな体で無理はさせられないよ。俺が運ぶから、君には部屋まで案内してもらいたい」
そう言ってさっさと階段に向かうスイング様を、慌てて追った。見かけによらず、素早い動作ができる人のようだ。
道すがら、私はパーティーの出来事を聞かされる事になった。
「そこでカーク殿下がベアトリス様に婚約破棄を突き付けてね。だが殿下が懇意にしておられるリリオルザ嬢への迫害には証拠がなく、従妹の君が大変な時期に心配をかけるような真似は絶対にできないと断言した。
…その時に初めて、君とベアトリス様の血縁関係を知った人もいたようだよ」
まるで物語の悪役令嬢のような断罪劇に、呆気に取られる。秋の式典で懸念されていた事が強行されてしまったのだが、私が割り込んだ事でおかしな方向に進んだようだ。
「それで……結局、お二人の婚約はどうなったのですか」
「殿下が側妃を娶るのに異論はないけれど、王位継承権に関して不安定なこの時に、婚約を破棄するのは早計だと言って、ベアトリス様はこの件を保留にさせたんだよ。殿下は酒の席で酔ってお戯れを仰った、とね。まあ問題発言ではあるけど、とりあえずは先延ばしにできたわけだ」
ベアトリス様が破滅されなかった事に、ホッとする。もしも殿下の暴走のままにお二人の婚約が破棄されていたら、ベアトリス様のみならずカーク殿下御自身も王位継承権剥奪なんて事態になっていたのかもしれない。そうなれば、彼が命と魂を持って守っていたチャールズ様も無事では済まない。
「ローズ宰相に睨まれたいのでしょうか? 一体、何をお考えになっているのでしょうね、殿下は」
「俺は詳しくは知らんが、大勢の前でリリオルザ嬢との関係を明らかにする目的もあったとかで。どうやら第二王子派との関係を危うくしてでも囲っておくべき事情が、彼女にはあるらしい。ベアトリス様もその事は聞いていたのか、実質側妃…いや、愛人だな――を黙認せざるを得なかったようだ。エスコートもファーストダンスも殿下は婚約者をチャールズに任せて、ご自分はずっとリリオルザ嬢を侍らせていたよ。そしてお帰りの際も…」
スイング様はやや呆れた様子で溜息を吐かれた。どうやらベアトリス様は、破滅する悪役令嬢の汚名からは逃れられたものの、相変わらず苦労する未来が待っているようだ。あのきっついリリオルザ嬢との泥沼劇……私なら絶対御免被る。
「スイング様はリリオルザ嬢の事、どう見られていますか?」
「どうもこうも……殿下が何故あそこまで彼女に入れ込んでいるのか、よく分からんね。平民だし、正式に婚姻を結ぶなら貴族に養子入りするか、あるいは――」
「……あるいは?」
「まさか…いや、止そう。一介の家臣が口に出す問題じゃない。と言うか、考えたくもない」
気になる所で会話を打ち切ると、スイング様はチャールズ様の部屋に入り、ベッドに抱えていたチャールズ様の体をドサリと投げ出した。余程飲んできたのか、チャールズ様は目を覚まさない。
「俺はこれで帰るよ。お袋が来たら、よろしく言っておいてくれ」
「ありがとうございます、お休みなさいませ」
スイング様を見送ると、私は厨房で水差しとコップを調達し、再びチャールズ様の部屋に戻った。監視の目がない屋敷の中は、まるで世界のすべてが眠ってしまったように静かだ。限られた、ほんの僅かな時間ではあるけれど。
「うぅ…ん」
「公爵様、お水をどうぞ」
小さく呻いてチャールズ様が瞼を開いたので、急いで背中に枕を入れて起こし、水を入れたコップを差し出す。何があったのかは判明したが、この人がこれだけ酔っ払っている理由が分からない。事なきを得たとは言え、婚約破棄を言い出した殿下とリリオルザ嬢のそばに、今こそついていなきゃいけないんじゃないの……?
そう思いながら水を飲ませるが、一向に飲み下した様子もなく、口からたらたらと零れ落ちていく。
すると突然手首を掴まれ、景色が反転した。コップがベッドに落ち、シーツを濡らす。目の前の彼の背後には天井。私は、チャールズ様に圧し掛かられていた。
「あ…、あっ! 危な…」
慌てて体を横向きにする。危うくお腹を潰されるところだった。けれど逃れるまでは行かず、何をするんですか! と抗議する間もなく顎を掴まれ、乱暴に口付けられる。熱い舌が口内で暴れ回り、酒の匂いにくらくらする。この感覚には、覚えがあった。
(あの時の……ベアトリス様に間違えられて、私たちが初めて……)
初めて、チャールズ様に抱かれた状況と同じ。思い至って焦った私は、懸命に引き剥がそうと胸を押し返すが、ぴくりとも動かせない。できるのは、何とかお腹を庇う事だけだ。
その間もチャールズ様の手は、不埒な動きで腰の辺りを撫で擦ってきた。
「いけません、公爵様……起きて、っく、ぁ…」
コルセットも着けずに緩められた胸元に、鼻先が潜り込んでくる。恥ずかしくてたまらない。婚約者として睦み合っている演技はしてきたものの、今のチャールズ様は完全に無意識下にある。制御できないまま、私は抱かれてしまうのだろうか。パニックを起こす心とは裏腹に、以前与えられた快楽を思い出した体は愚かにも、期待するように熱くなった。
「やだ、ぁ…チャールズ様、ダメ…っ」
抵抗する力をなくし、流れに身を任せようとしたその時、耳元に唇を寄せたチャールズ様が甘く囁いた。
「……リリー」
(……)
ぴしり、と時間が止まった気がした。体の熱が、一気に引いていく。一瞬何を言っているのかも理解できなかったが。
頭の中で、バラバラになっていたパズルのピースがカチリと嵌まった瞬間。
「ぎゃあああああああああああっ!!」
令嬢にあるまじき奇声を上げ、私は部屋を飛び出していた。頭の中が真っ白になり、溢れ出す激情のままに屋敷内を無茶苦茶に走り回り、その辺の部屋を魔法の鍵で開けて飛び込む。
「お嬢様、どうされ……きゃっ!?」
「クララ、クララぁっ!!」
何事かと起き出したクララにしがみ付き、私は自分でもわけの分からない感情に押し潰されて涙をボロボロ流した。
互いの絆を、魂で結びつける『双鷹の誓い』。チャールズ様がカーク殿下を裏切った時、その心臓は金の剣で貫かれる。カーク殿下が彼に自らの婚約者を口説き落とせと命じたのも、殿下にベアトリス様への愛はなく、裏切りには当たらないため。
だけど、相手がリリオルザ嬢なら……? 殿下は王太子の座が揺らごうとも、彼女をそばに置くほど気に入っている。もし、もしもそんなリリオルザ嬢に、チャールズ様が口外できない想いを抱えていて…抑え切れなくなったら……
あの時、酔い潰れて完全に見境がなくなっていたチャールズ様が、私をリリオルザ嬢と間違えたまま、一線を越えていたら……
「いやああああっ!」
チャールズ様ごと剣に串刺しにされる夢を見て、私は飛び起きた。荒い息を吐きながらよろよろと鏡を覗き込むと、顔は涙でぐちゃぐちゃと言う酷い有り様だった。眠っている間もずっと泣いていたらしい。顔を洗ったが、よく分からない感情は消えず、また涙が滲んでくる。
怖いのか? チャールズ様にリリオルザ嬢だと勘違いされるだけで、剣が飛んでくる可能性が。それもある。何せ私だけでなく、まだ生まれてもいないこの子の命も危ないのだ。これは彼の忠誠心の問題じゃない。無意識に抱く恋心なんて、誰にもどうしようもないじゃない。
「バカ…」
ふと、リリオルザ嬢が描いて寄越した『マンガ』を思い出す。その中でチャールズ様は仮面夫婦となったベアトリス様を抱きながら、冷笑を浮かべて言っていた。
『貴様など性欲処理のための、ただの代替品に過ぎない。私が愛しているのは、リリー様だけだ。許されない想いなのは知っている。それでも…彼女への愛だけは、捨てられないのだ』
読んだ当初はただの妄想と決め付けたが、もしかして本当に…? リリオルザ嬢は、それを知っていた…? チャールズ様は今もずっと、彼女の事を……
「バカぁ…」
誰に対してなのか分からない呟きが漏れて、また泣けてきた。何でこんなに苦しいの。チャールズ様に愛されないなんて、最初から分かっていた。期待も何もしていない。事情があって仕方なく婚約しただけ。なのに…
(あ、寝惚けて彼女と間違えられるなら、ベッドで一緒に寝る事もできないんだな)
心配してくれたクララにも答えられず、包まったシーツの中で、ぼんやりそんな事を思う。出産した後なんて、考えた事もなかった。ただ子供を無事に育てながら、守っていければと。でもその時、私は……チャールズ様が誰を愛そうが、関係ないと思ってたけど。今は…これからは……
----------
※追記:後から読み返したら時期が何かおかしかったので修正しました。
本日行われる学園祭も、その内の一つだ。
(学園祭かあ……妊婦の私にはどっちみち無理な話よね)
妊娠報告をする前、お父様に学校をやめて修道院へ行けと言われていたのを思い出し、溜息を吐いた。
もうすっかり大きくなったお腹を撫でる。私が今、一番考えなければならないのは、この子の事だ。もし男の子が生まれても、私は全力でこの子を守る。誰かにとって都合が悪いと言うのなら、身を挺してでも。たとえ…再び道具になる日々が待っていたとしても。
チャールズ様のような思いは、決してさせないから。
ドンドンドン!
ドアを叩く音にハッとして、ケープを羽織って部屋を出る。学園祭の後は城で小規模なパーティーがあり、あまり遅くなるなら外泊するから出迎えなくていいと、使用人たちを下がらせていた。
時間はもう、深夜に近い。何があったのだろうか……
玄関のドアを開けると、巨体がぬっと現れて思わず仰け反った。
「すまん、君の旦那が酔い潰れたんで連れて帰ってきた。入れてもらえないかな」
よく見ると、酒の匂いを纏ったチャールズ様は、そう言った巨体の彼に肩を貸されて足を引き摺っていた。この御方のこうした姿は珍しい。
「あの、どちら様でしょう…?」
「ああ、君とは初対面だったね。俺はスイング=ローファット。マミーの息子だと言えば分かるか?」
言われてそのまん丸い体に既視感を覚えたわけが分かった。カーク殿下の乳母マミーのお子さんと言う事は、殿下とは乳兄弟なのだろう。ちなみにマミーの旦那様は騎士団長なので、彼もまた騎士見習いと言う事になる。
「それは…いつもマミーにはお世話になっております。公爵様は私が部屋までお連れしますので」
「いや、そんな体で無理はさせられないよ。俺が運ぶから、君には部屋まで案内してもらいたい」
そう言ってさっさと階段に向かうスイング様を、慌てて追った。見かけによらず、素早い動作ができる人のようだ。
道すがら、私はパーティーの出来事を聞かされる事になった。
「そこでカーク殿下がベアトリス様に婚約破棄を突き付けてね。だが殿下が懇意にしておられるリリオルザ嬢への迫害には証拠がなく、従妹の君が大変な時期に心配をかけるような真似は絶対にできないと断言した。
…その時に初めて、君とベアトリス様の血縁関係を知った人もいたようだよ」
まるで物語の悪役令嬢のような断罪劇に、呆気に取られる。秋の式典で懸念されていた事が強行されてしまったのだが、私が割り込んだ事でおかしな方向に進んだようだ。
「それで……結局、お二人の婚約はどうなったのですか」
「殿下が側妃を娶るのに異論はないけれど、王位継承権に関して不安定なこの時に、婚約を破棄するのは早計だと言って、ベアトリス様はこの件を保留にさせたんだよ。殿下は酒の席で酔ってお戯れを仰った、とね。まあ問題発言ではあるけど、とりあえずは先延ばしにできたわけだ」
ベアトリス様が破滅されなかった事に、ホッとする。もしも殿下の暴走のままにお二人の婚約が破棄されていたら、ベアトリス様のみならずカーク殿下御自身も王位継承権剥奪なんて事態になっていたのかもしれない。そうなれば、彼が命と魂を持って守っていたチャールズ様も無事では済まない。
「ローズ宰相に睨まれたいのでしょうか? 一体、何をお考えになっているのでしょうね、殿下は」
「俺は詳しくは知らんが、大勢の前でリリオルザ嬢との関係を明らかにする目的もあったとかで。どうやら第二王子派との関係を危うくしてでも囲っておくべき事情が、彼女にはあるらしい。ベアトリス様もその事は聞いていたのか、実質側妃…いや、愛人だな――を黙認せざるを得なかったようだ。エスコートもファーストダンスも殿下は婚約者をチャールズに任せて、ご自分はずっとリリオルザ嬢を侍らせていたよ。そしてお帰りの際も…」
スイング様はやや呆れた様子で溜息を吐かれた。どうやらベアトリス様は、破滅する悪役令嬢の汚名からは逃れられたものの、相変わらず苦労する未来が待っているようだ。あのきっついリリオルザ嬢との泥沼劇……私なら絶対御免被る。
「スイング様はリリオルザ嬢の事、どう見られていますか?」
「どうもこうも……殿下が何故あそこまで彼女に入れ込んでいるのか、よく分からんね。平民だし、正式に婚姻を結ぶなら貴族に養子入りするか、あるいは――」
「……あるいは?」
「まさか…いや、止そう。一介の家臣が口に出す問題じゃない。と言うか、考えたくもない」
気になる所で会話を打ち切ると、スイング様はチャールズ様の部屋に入り、ベッドに抱えていたチャールズ様の体をドサリと投げ出した。余程飲んできたのか、チャールズ様は目を覚まさない。
「俺はこれで帰るよ。お袋が来たら、よろしく言っておいてくれ」
「ありがとうございます、お休みなさいませ」
スイング様を見送ると、私は厨房で水差しとコップを調達し、再びチャールズ様の部屋に戻った。監視の目がない屋敷の中は、まるで世界のすべてが眠ってしまったように静かだ。限られた、ほんの僅かな時間ではあるけれど。
「うぅ…ん」
「公爵様、お水をどうぞ」
小さく呻いてチャールズ様が瞼を開いたので、急いで背中に枕を入れて起こし、水を入れたコップを差し出す。何があったのかは判明したが、この人がこれだけ酔っ払っている理由が分からない。事なきを得たとは言え、婚約破棄を言い出した殿下とリリオルザ嬢のそばに、今こそついていなきゃいけないんじゃないの……?
そう思いながら水を飲ませるが、一向に飲み下した様子もなく、口からたらたらと零れ落ちていく。
すると突然手首を掴まれ、景色が反転した。コップがベッドに落ち、シーツを濡らす。目の前の彼の背後には天井。私は、チャールズ様に圧し掛かられていた。
「あ…、あっ! 危な…」
慌てて体を横向きにする。危うくお腹を潰されるところだった。けれど逃れるまでは行かず、何をするんですか! と抗議する間もなく顎を掴まれ、乱暴に口付けられる。熱い舌が口内で暴れ回り、酒の匂いにくらくらする。この感覚には、覚えがあった。
(あの時の……ベアトリス様に間違えられて、私たちが初めて……)
初めて、チャールズ様に抱かれた状況と同じ。思い至って焦った私は、懸命に引き剥がそうと胸を押し返すが、ぴくりとも動かせない。できるのは、何とかお腹を庇う事だけだ。
その間もチャールズ様の手は、不埒な動きで腰の辺りを撫で擦ってきた。
「いけません、公爵様……起きて、っく、ぁ…」
コルセットも着けずに緩められた胸元に、鼻先が潜り込んでくる。恥ずかしくてたまらない。婚約者として睦み合っている演技はしてきたものの、今のチャールズ様は完全に無意識下にある。制御できないまま、私は抱かれてしまうのだろうか。パニックを起こす心とは裏腹に、以前与えられた快楽を思い出した体は愚かにも、期待するように熱くなった。
「やだ、ぁ…チャールズ様、ダメ…っ」
抵抗する力をなくし、流れに身を任せようとしたその時、耳元に唇を寄せたチャールズ様が甘く囁いた。
「……リリー」
(……)
ぴしり、と時間が止まった気がした。体の熱が、一気に引いていく。一瞬何を言っているのかも理解できなかったが。
頭の中で、バラバラになっていたパズルのピースがカチリと嵌まった瞬間。
「ぎゃあああああああああああっ!!」
令嬢にあるまじき奇声を上げ、私は部屋を飛び出していた。頭の中が真っ白になり、溢れ出す激情のままに屋敷内を無茶苦茶に走り回り、その辺の部屋を魔法の鍵で開けて飛び込む。
「お嬢様、どうされ……きゃっ!?」
「クララ、クララぁっ!!」
何事かと起き出したクララにしがみ付き、私は自分でもわけの分からない感情に押し潰されて涙をボロボロ流した。
互いの絆を、魂で結びつける『双鷹の誓い』。チャールズ様がカーク殿下を裏切った時、その心臓は金の剣で貫かれる。カーク殿下が彼に自らの婚約者を口説き落とせと命じたのも、殿下にベアトリス様への愛はなく、裏切りには当たらないため。
だけど、相手がリリオルザ嬢なら……? 殿下は王太子の座が揺らごうとも、彼女をそばに置くほど気に入っている。もし、もしもそんなリリオルザ嬢に、チャールズ様が口外できない想いを抱えていて…抑え切れなくなったら……
あの時、酔い潰れて完全に見境がなくなっていたチャールズ様が、私をリリオルザ嬢と間違えたまま、一線を越えていたら……
「いやああああっ!」
チャールズ様ごと剣に串刺しにされる夢を見て、私は飛び起きた。荒い息を吐きながらよろよろと鏡を覗き込むと、顔は涙でぐちゃぐちゃと言う酷い有り様だった。眠っている間もずっと泣いていたらしい。顔を洗ったが、よく分からない感情は消えず、また涙が滲んでくる。
怖いのか? チャールズ様にリリオルザ嬢だと勘違いされるだけで、剣が飛んでくる可能性が。それもある。何せ私だけでなく、まだ生まれてもいないこの子の命も危ないのだ。これは彼の忠誠心の問題じゃない。無意識に抱く恋心なんて、誰にもどうしようもないじゃない。
「バカ…」
ふと、リリオルザ嬢が描いて寄越した『マンガ』を思い出す。その中でチャールズ様は仮面夫婦となったベアトリス様を抱きながら、冷笑を浮かべて言っていた。
『貴様など性欲処理のための、ただの代替品に過ぎない。私が愛しているのは、リリー様だけだ。許されない想いなのは知っている。それでも…彼女への愛だけは、捨てられないのだ』
読んだ当初はただの妄想と決め付けたが、もしかして本当に…? リリオルザ嬢は、それを知っていた…? チャールズ様は今もずっと、彼女の事を……
「バカぁ…」
誰に対してなのか分からない呟きが漏れて、また泣けてきた。何でこんなに苦しいの。チャールズ様に愛されないなんて、最初から分かっていた。期待も何もしていない。事情があって仕方なく婚約しただけ。なのに…
(あ、寝惚けて彼女と間違えられるなら、ベッドで一緒に寝る事もできないんだな)
心配してくれたクララにも答えられず、包まったシーツの中で、ぼんやりそんな事を思う。出産した後なんて、考えた事もなかった。ただ子供を無事に育てながら、守っていければと。でもその時、私は……チャールズ様が誰を愛そうが、関係ないと思ってたけど。今は…これからは……
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※追記:後から読み返したら時期が何かおかしかったので修正しました。
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