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第二章 針の筵の婚約者編

マックウォルト先生

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 家族でする親愛のキスに対して異様な反応を見せるチャールズ様に動揺しつつも送り出した後、私は部屋に戻りお茶を出してもらう。妊娠中に紅茶は良くないと聞いたので、プラムジュースなのだが、これが甘酸っぱさの中にも爽快感で頭がスッキリして物凄くおいしい。何だか妊娠してからやたらと食べ物に対する拘りが増えてきたように思う。私こんな食い意地張ってた覚えはないんだけど。さっきまでチャールズ様との事であわあわしてたと言うのに何て現金な。

 そんな事を考えながらもジャックにおかわりをお願いしようとした時、執事長のロバートがドアをノックしてきた。

「ゾーン伯爵令嬢、町医者のマックウォルト氏が来られました」
「あっ、はい……お出迎えしなくてよかったのかしら」
「いえ、お体に障るからと直接部屋で診るとの事です」
「分かりました、お通しして下さい」

 話している間、ロバートは私を検分するように見つめた後、階段を下りて行った。その目からは何の感情も読み取れず、カーク殿下とは異質な怖さがある。彼もまた、後ろで誰かが糸を引いているのだと思うと身震いがした。


「初めましてだな…公爵から紹介を受けていると思うが、城下町で助産医をやっている、アベル=マックウォルトだ」

 そうして部屋に入ってきたのは、老年に差しかかる紳士だった。平民との事だったが、その佇まいや物腰は貴族に引けを取らない品格がある。何より、彼の容貌に私の目は釘付けになった。

「診察の前に、部屋を覗き込んでる男共を追い払って欲しいんだが」

 ぼけっと突っ立っていると、マックウォルト先生の声に苛立ちが混じる。入り口付近、使用人が数名、じっとこちらを窺っていた。

「そうしたいのはやまやまですが、監視するのが彼等の仕事でして…」
「そんな事は分かっているっ、あんたは診察のために服を脱いだり触診している間、旦那でもない男たちに観察されていても構わんのか」

 それは構いますけど……ついでに旦那にもご遠慮頂きたいですけど。動こうとしない私に業を煮やした先生は、ロバートの元へ行き、彼等を指差しながらがなり立てた。

「どうしても監視が必要なら、メイドなりなんなり連れて来い! それと、肝心の旦那はどうした!?」
「メイドは只今全員解雇しておりまして。旦那様は城で勤務中でございます。…マックウォルト医師、いくら旦那様の紹介と言えど、口は謹んで頂きたい」

 平民相手だからなのか、ロバートが眉を顰めてやや尊大に返すが、先生は知った事かとばかりに男たちを追い払った。部屋にはクララと数名の侍女が残ったのでドアの前に立たせ、彼女等を背にソファに座る。

「待たせたな、この家の事情はよく知っているんだが、心なしか理不尽さが増しているのは気のせいかな。……まあいい、人を呼び付けておいて遊んでる旦那には、次回からきちんと付き添えと伝えてもらいたい」

 チャールズ様も別に遊んでいるわけではないのだが、私は曖昧に頷きこの話題を打ち切った。
 …それより気になる事もある。マックウォルト先生は事情をよく知っていると言っていた。しかも以前から。私がチャールズ様と知り合ってから四ヶ月もないと言うのに、どう言う経緯なのだろう。…あ、もしかして。

「先生はひょっとして、スティリアム王立学園の実験クラブに協力している方ですか?」

 確か城下に避妊や中絶効果の魔法薬ポーションの被験者を募るため、病院に置いてもらっていると聞いた。けれど先生は嫌そうな顔をして否定する。

「いや、御声はかかったがその件には関与していない。私から言わせれば貴族の娯楽の域を出ないから、使用にもまだ慎重になった方が良いと思うしな。今回公爵が私を選んだのは……あんたに言いにくい事を、代弁させるためだろう。私の顔を見て、気付いた事はあるか?」

 マックウォルト先生の目が、

 そう、初めて会った時から、私はその異様さに目を奪われていた。先生は顔の左半分を大きな眼帯で覆い隠していた。そして右の目は、王家の血の証である黄金眼球だったのだ。

(この人は、王族なの? でも平民で医者をしているって……あっ)

 そこでようやく、私の中で繋がった。お金や環境が必要な医学を修めている事。この家の事情を昔から知っている事。そして黄金眼球……それらが意味するのは。

「貴方は、ウォルト公爵家の方なのですね?」
「……かつては、だが」

 先生は息を飲む私の前で、改めて自己紹介をする。

「私の本当の名は、アベル=ウォルト。先代ウォルト公爵の息子だ。
そして、現公爵夫人となるアイシャ=ゾーン伯爵令嬢、貴女が身籠っている子の辿る未来でもある」

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