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第一章 不遇の伯爵令嬢編

違う世界の物語⑤

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「そうだよ、革命の一派に担ぎ上げられて処刑されたのは、私の祖父…先代国王の兄チャールズ=ハイペリカム=スティリアムだ」

 夜空を見ながらの散歩に誘った時、カークから聞いた話を振ってみると、チャールズはそう教えてくれた。先代チャールズが処刑された流れでウォルト公爵になったのはゲームで知っていたけれど、てっきり父親だと……

「その時、父アポロは妾だった祖母によって人知れず逃がされ、貧しい農民として暮らしていた。遠方の田舎ほど、王家の事情は知られていないからね」

 それが発覚したのは、お父さんが事故死した時らしい。検分した役人が遺体の眼球から、王家の血筋だと気付いたのだとか。

「本当なら父は祖父や兄弟共々殺されていたはずだった。それぐらい重い罪だったのが、一人逃れて血まで残していた。捕えられた母は、決断を迫られた。子供の命か自分の命か。彼女は迷いなく自ら断頭台に上がったと聞く――生まれた男児に祖父と同じ『チャールズ』と名付けて……」

 星を見ながら歩いていたチャールズが足を止める。金色の瞳に濃紺の髪を靡かせる彼は、夜の妖精のようだ。

「母さんは、どうして僕を生かしたんだろう。どうして反逆者の名前を付けたんだろう……もしかしたら、復讐を望んでいたのかな。
時々、何のために生きているのか分からなくなって、凄く虚しいんだ。僕なんか、生きていてもいいのかなって……」

 細部は変わっても、チャールズの過去はやっぱり重い。彼は無意識に本音を漏らす時だけ、一人称が「僕」になる。
 ここの選択肢でチャールズルートに入るか否かの分かれ道になり、外れたければ『そんな事、わたしに聞かれても…』が正解なのだが……

「いいに決まってるよ! この世に生まれて来たのには、きっと意味がある。少なくとも、わたしはそう信じてる」

 ダメ……こんな泣きそうになってるチャールズを、放っておけないよ。

「リリー…」
「それともチャーリーは、カーク様との出会いまで否定する? 双鷹そうようの儀も、死にたかったから誓ったの?」
「そんなわけない!!」

 カークの事になると急にムキになる忠犬の鑑。

「私は殿下のためなら死んだって構わない。だがそれは、生きる事から逃げたいからじゃない。母が守ってくれたこの命を使うに相応しい御方こそ、殿下なのだ……」

 このセリフを、酔っ払ったカークをベッドに運ぶ際にモノローグで言わせた公式小説、絶許。公式で、やるな!!

「わたしはチャーリーと出会えた事、感謝してるよ。きっとマーヴル様が命を懸けてでも守りたかったのは、チャーリーが誰かのために生きてくれる事なんだよ」

 マーヴル様とは、チャールズ母の名前である。アポロにマーヴル、生まれたベビーの愛称がチャーリー……この一家からカカオ臭がする。

「自分のために生きられないなら、殿下のためでもいいじゃない。あと、わたしのためでも……」

 このままチャールズルートに突入すれば、ベアトリスが薬漬けで発狂&チャールズとの亡命生活が待っているが仕方がない。ええい、ままよ! と上目遣いで見つめるあたしに、チャールズは優しくフッと笑った。

「分かりました、リリー様……私は殿下と貴女のために生きます」

 あれ、敬語? それに「様」付け……

『ありがとう、リリー……僕は君のために生きるよ』

 ルート確定のセリフとは、微妙にズレた。キャラグラも涙ぐんでて泣き笑いの表情のはずが、普通に笑顔だし。首を傾げていると、悪戯っぽくウインクされる。うぉっ、まぶしっ!!

「リリー様、私が殿下から貴女を奪うような命知らずだとでも? そんな事をすれば金の剣で刺されますよ」

 あ、そうだった……チャールズルートにおけるカークは、そこそこ仲のいい友達。メインヒーローだけあって、落とすのも一番難しいからね。双鷹そうようの誓いに触れるなら、それはカークルートだと言う事。
 …しかしチャールズはよくこんな物騒な誓いを承諾したな。やっぱり死にたがってたんじゃないの?


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんなこんなで、王位継承権放棄のために着々と準備を進める私たち。第二王子暗殺を依頼されていたハロルド先生も、カークが陰で第一王子派と手を組んでいると知って、協力者になってくれた。彼を攻略してない時の舞台裏がこんなあっさりしていたとは、ハロルドルートでのヒロインの奮闘は一体……


 聞いたところ、あたしと出会う以前にも婚約解消に持ち込めないか、ベアトリスの実家の不祥事を洗い出すなど色々探っていたらしい。が、たかが十五にも満たない若造に見つかる程度なら、とっくに第一王子派に追い込まれていると気付き、ターゲットを婚約者本人に切り替えたそうだ。
 そのベアトリスがリリーに嫌がらせをしない事で断罪が難しくなったカークは、逆転の発想で断罪策を思い付いた。

破落戸ごろつきに数人がかりで襲わせよう。いくら女狐でも女一人の力では限界があるだろう。心が折れたところでチャーリー、お前が慰めてやって付け込め」

 ぎゃあっ、鬼畜!
 ゲームのカークはドSだけどこんな事言わない! 確かにくっころなベアたん萌えだけど。初めての相手はチャールズがいいの!!

「ダメです! そんな悪魔の所業を強行するなら私、殿下の事嫌いになっちゃいますからね!」
「何を言う、あいつなら男の二、三人くらい余裕で手玉に取れる。それに、いざ危なくなった時はチャーリーが助けに入ればいい」

 ベアトリス、悪役令嬢にありがちなチートキャラでしたか。いやでも万が一と言う事もあるし、女の子だもん。

「破落戸を雇った事が宰相様にバレたらどうするんですか……」
「そうだな、娘の貞操を危機に晒すようなクズなど、とても支えていられないだろう。それとなくハロルドから特効薬研究の話を流せば、第二王子派でいる事の意味もなくなる。めでたく兄上は王太子となり、俺は王位継承権剥奪。何の問題もない」

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、己の破滅を画策する王子様。(現在王太子候補)
 …考えてみれば「はが姫」における各攻略キャラのエンディングは、恋愛自体は成就しているものの、ハッピーエンドのはずなのにざまぁっぽいんだよなー。当然、ヒロインも苦労する事が目に見えているし、そこを「これからはもっと大変だろうけど、貴方との愛があれば何だって乗り越えられるよね☆」で〆ているわけだ。
 ローズ宰相の娘を蔑ろにするとは、それぐらいのリスクは覚悟しなくてはならない。

 いや、でもそれはそれとして! メインヒーローが悪役令嬢に破落戸をけしかけて襲わせるとか絶対ダメー! もっとキャラのイメージ大事にして、そんな小悪党みたいなのじゃなくて!!

「どうせなら正攻法で、チャーリーが口説き落とせばいいじゃないですか」
「私が……ですか? 我々の仲の悪さは、リリー様もご存じでしょうに……」
「ゆくゆくはベアトリス様と結婚する、そう言う計画でしょう? だったら殿下のためにも、彼女を愛してあげられないかな…?」

 チャールズの頬が僅かに引き攣った。あたしは今、凄くずるい事を言っている。だって、彼の本当の気持ちを知っていて、ベアトリスを愛せと言っているのだから。

 だけど、チャールズはあたしとは愛し合えない。あたしも、選んであげられない。

「やって、みます……彼女が応えてくれるかは、分かりませんが」
「頑張って! 誠心誠意尽せば、ベアトリス様にもきっと届くから」

 そして気付くがいい、彼女が如何に萌えキャラなのかを。

 あたしの腰に手を回しながら会話を聞いていたカークは、ふむ、と考え込んでいた。

「だが確かに、あの頑固者がそう簡単に鞍替えするとは思えない。ここは、俺も協力してやる」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 式典の後のダンスパーティーからチャールズが席を外して小一時間後。

「そろそろ行くか」

 作戦はいよいよ大詰め。チャールズとベアトリスの秘密の逢瀬を、婚約者カークに見つかってしまう…と言う筋書き。

「な、何かドキドキしてきた……緊張しますね~ハアハア…」
「そう思うならついて来なくていいぞ。チャーリーもお前には見られたくないだろう」
「いいえ、行きます! 作戦変更を提案したのはわたしですから、成功したのか確認する義務がありますハアハア」
「……まあいい」

 このゲーム、全年齢なんだけどなー。まあチャールズの設定上、それは仕方ない。カークルートでは愛のない夫婦と語られていた二人だけど、あのプライドの高いベアトリスを、持ち得る限りの手練手管で物にするチャールズの図……公式はおろか、二次ですら見つからなかった至高の絡みがこの目で! 見られるなんて、きゃあぁ!

 数名の護衛と面白くなさそうな取り巻きの令嬢を従え、待ち合わせの繁みに近付いていくと、荒く吐かれる息に混じりか細い喘ぎが聞こえる。
 う、うわぁ~…ベアトリスがあんな声出すなんて、ちょっと意外。もっとこう、くっころなイメージだったのに、鼻ズビズビ言わせてるし結構マジ泣き入っちゃってる? それにしても、チャールズ吐息えっろ!! 興奮のあまり叫んじゃうとこだったよ…

 ガサッ! とわざと繁みに音を立てて踏み込めば、チャールズは膝に乗せたベアトリスを抱きしめ、こちらを睨み付けてきた。ちょっとわざとらしいけど、男らしさアピールは良し。
 対するベアトリスは、すっかり乱れた格好で……あ、あれ? ベアトリス??

 さっと、カークに視界を塞がれた。違和感を覚えたまま、会話が進められる。

 どう言う事なの……

「まあ……貴方たち、一体どうしてこんな」

 どう言う事なの!?
 どうして彼の腕の中にいるのが、ベアトリスじゃないの??

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