上 下
22 / 98
第一章 不遇の伯爵令嬢編

違う世界の物語⑤

しおりを挟む
「そうだよ、革命の一派に担ぎ上げられて処刑されたのは、私の祖父…先代国王の兄チャールズ=ハイペリカム=スティリアムだ」

 夜空を見ながらの散歩に誘った時、カークから聞いた話を振ってみると、チャールズはそう教えてくれた。先代チャールズが処刑された流れでウォルト公爵になったのはゲームで知っていたけれど、てっきり父親だと……

「その時、父アポロは妾だった祖母によって人知れず逃がされ、貧しい農民として暮らしていた。遠方の田舎ほど、王家の事情は知られていないからね」

 それが発覚したのは、お父さんが事故死した時らしい。検分した役人が遺体の眼球から、王家の血筋だと気付いたのだとか。

「本当なら父は祖父や兄弟共々殺されていたはずだった。それぐらい重い罪だったのが、一人逃れて血まで残していた。捕えられた母は、決断を迫られた。子供の命か自分の命か。彼女は迷いなく自ら断頭台に上がったと聞く――生まれた男児に祖父と同じ『チャールズ』と名付けて……」

 星を見ながら歩いていたチャールズが足を止める。金色の瞳に濃紺の髪を靡かせる彼は、夜の妖精のようだ。

「母さんは、どうして僕を生かしたんだろう。どうして反逆者の名前を付けたんだろう……もしかしたら、復讐を望んでいたのかな。
時々、何のために生きているのか分からなくなって、凄く虚しいんだ。僕なんか、生きていてもいいのかなって……」

 細部は変わっても、チャールズの過去はやっぱり重い。彼は無意識に本音を漏らす時だけ、一人称が「僕」になる。
 ここの選択肢でチャールズルートに入るか否かの分かれ道になり、外れたければ『そんな事、わたしに聞かれても…』が正解なのだが……

「いいに決まってるよ! この世に生まれて来たのには、きっと意味がある。少なくとも、わたしはそう信じてる」

 ダメ……こんな泣きそうになってるチャールズを、放っておけないよ。

「リリー…」
「それともチャーリーは、カーク様との出会いまで否定する? 双鷹そうようの儀も、死にたかったから誓ったの?」
「そんなわけない!!」

 カークの事になると急にムキになる忠犬の鑑。

「私は殿下のためなら死んだって構わない。だがそれは、生きる事から逃げたいからじゃない。母が守ってくれたこの命を使うに相応しい御方こそ、殿下なのだ……」

 このセリフを、酔っ払ったカークをベッドに運ぶ際にモノローグで言わせた公式小説、絶許。公式で、やるな!!

「わたしはチャーリーと出会えた事、感謝してるよ。きっとマーヴル様が命を懸けてでも守りたかったのは、チャーリーが誰かのために生きてくれる事なんだよ」

 マーヴル様とは、チャールズ母の名前である。アポロにマーヴル、生まれたベビーの愛称がチャーリー……この一家からカカオ臭がする。

「自分のために生きられないなら、殿下のためでもいいじゃない。あと、わたしのためでも……」

 このままチャールズルートに突入すれば、ベアトリスが薬漬けで発狂&チャールズとの亡命生活が待っているが仕方がない。ええい、ままよ! と上目遣いで見つめるあたしに、チャールズは優しくフッと笑った。

「分かりました、リリー様……私は殿下と貴女のために生きます」

 あれ、敬語? それに「様」付け……

『ありがとう、リリー……僕は君のために生きるよ』

 ルート確定のセリフとは、微妙にズレた。キャラグラも涙ぐんでて泣き笑いの表情のはずが、普通に笑顔だし。首を傾げていると、悪戯っぽくウインクされる。うぉっ、まぶしっ!!

「リリー様、私が殿下から貴女を奪うような命知らずだとでも? そんな事をすれば金の剣で刺されますよ」

 あ、そうだった……チャールズルートにおけるカークは、そこそこ仲のいい友達。メインヒーローだけあって、落とすのも一番難しいからね。双鷹そうようの誓いに触れるなら、それはカークルートだと言う事。
 …しかしチャールズはよくこんな物騒な誓いを承諾したな。やっぱり死にたがってたんじゃないの?


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんなこんなで、王位継承権放棄のために着々と準備を進める私たち。第二王子暗殺を依頼されていたハロルド先生も、カークが陰で第一王子派と手を組んでいると知って、協力者になってくれた。彼を攻略してない時の舞台裏がこんなあっさりしていたとは、ハロルドルートでのヒロインの奮闘は一体……


 聞いたところ、あたしと出会う以前にも婚約解消に持ち込めないか、ベアトリスの実家の不祥事を洗い出すなど色々探っていたらしい。が、たかが十五にも満たない若造に見つかる程度なら、とっくに第一王子派に追い込まれていると気付き、ターゲットを婚約者本人に切り替えたそうだ。
 そのベアトリスがリリーに嫌がらせをしない事で断罪が難しくなったカークは、逆転の発想で断罪策を思い付いた。

破落戸ごろつきに数人がかりで襲わせよう。いくら女狐でも女一人の力では限界があるだろう。心が折れたところでチャーリー、お前が慰めてやって付け込め」

 ぎゃあっ、鬼畜!
 ゲームのカークはドSだけどこんな事言わない! 確かにくっころなベアたん萌えだけど。初めての相手はチャールズがいいの!!

「ダメです! そんな悪魔の所業を強行するなら私、殿下の事嫌いになっちゃいますからね!」
「何を言う、あいつなら男の二、三人くらい余裕で手玉に取れる。それに、いざ危なくなった時はチャーリーが助けに入ればいい」

 ベアトリス、悪役令嬢にありがちなチートキャラでしたか。いやでも万が一と言う事もあるし、女の子だもん。

「破落戸を雇った事が宰相様にバレたらどうするんですか……」
「そうだな、娘の貞操を危機に晒すようなクズなど、とても支えていられないだろう。それとなくハロルドから特効薬研究の話を流せば、第二王子派でいる事の意味もなくなる。めでたく兄上は王太子となり、俺は王位継承権剥奪。何の問題もない」

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、己の破滅を画策する王子様。(現在王太子候補)
 …考えてみれば「はが姫」における各攻略キャラのエンディングは、恋愛自体は成就しているものの、ハッピーエンドのはずなのにざまぁっぽいんだよなー。当然、ヒロインも苦労する事が目に見えているし、そこを「これからはもっと大変だろうけど、貴方との愛があれば何だって乗り越えられるよね☆」で〆ているわけだ。
 ローズ宰相の娘を蔑ろにするとは、それぐらいのリスクは覚悟しなくてはならない。

 いや、でもそれはそれとして! メインヒーローが悪役令嬢に破落戸をけしかけて襲わせるとか絶対ダメー! もっとキャラのイメージ大事にして、そんな小悪党みたいなのじゃなくて!!

「どうせなら正攻法で、チャーリーが口説き落とせばいいじゃないですか」
「私が……ですか? 我々の仲の悪さは、リリー様もご存じでしょうに……」
「ゆくゆくはベアトリス様と結婚する、そう言う計画でしょう? だったら殿下のためにも、彼女を愛してあげられないかな…?」

 チャールズの頬が僅かに引き攣った。あたしは今、凄くずるい事を言っている。だって、彼の本当の気持ちを知っていて、ベアトリスを愛せと言っているのだから。

 だけど、チャールズはあたしとは愛し合えない。あたしも、選んであげられない。

「やって、みます……彼女が応えてくれるかは、分かりませんが」
「頑張って! 誠心誠意尽せば、ベアトリス様にもきっと届くから」

 そして気付くがいい、彼女が如何に萌えキャラなのかを。

 あたしの腰に手を回しながら会話を聞いていたカークは、ふむ、と考え込んでいた。

「だが確かに、あの頑固者がそう簡単に鞍替えするとは思えない。ここは、俺も協力してやる」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 式典の後のダンスパーティーからチャールズが席を外して小一時間後。

「そろそろ行くか」

 作戦はいよいよ大詰め。チャールズとベアトリスの秘密の逢瀬を、婚約者カークに見つかってしまう…と言う筋書き。

「な、何かドキドキしてきた……緊張しますね~ハアハア…」
「そう思うならついて来なくていいぞ。チャーリーもお前には見られたくないだろう」
「いいえ、行きます! 作戦変更を提案したのはわたしですから、成功したのか確認する義務がありますハアハア」
「……まあいい」

 このゲーム、全年齢なんだけどなー。まあチャールズの設定上、それは仕方ない。カークルートでは愛のない夫婦と語られていた二人だけど、あのプライドの高いベアトリスを、持ち得る限りの手練手管で物にするチャールズの図……公式はおろか、二次ですら見つからなかった至高の絡みがこの目で! 見られるなんて、きゃあぁ!

 数名の護衛と面白くなさそうな取り巻きの令嬢を従え、待ち合わせの繁みに近付いていくと、荒く吐かれる息に混じりか細い喘ぎが聞こえる。
 う、うわぁ~…ベアトリスがあんな声出すなんて、ちょっと意外。もっとこう、くっころなイメージだったのに、鼻ズビズビ言わせてるし結構マジ泣き入っちゃってる? それにしても、チャールズ吐息えっろ!! 興奮のあまり叫んじゃうとこだったよ…

 ガサッ! とわざと繁みに音を立てて踏み込めば、チャールズは膝に乗せたベアトリスを抱きしめ、こちらを睨み付けてきた。ちょっとわざとらしいけど、男らしさアピールは良し。
 対するベアトリスは、すっかり乱れた格好で……あ、あれ? ベアトリス??

 さっと、カークに視界を塞がれた。違和感を覚えたまま、会話が進められる。

 どう言う事なの……

「まあ……貴方たち、一体どうしてこんな」

 どう言う事なの!?
 どうして彼の腕の中にいるのが、ベアトリスじゃないの??

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

婚約者をNTRれた勇者の童貞は初恋姉ポジの私が大変美味しく頂きました。

りんごちゃん
恋愛
幼馴染の勇者くんが、旅立ちの前にプロポーズした婚約者を寝取られた。前世の知識のせいですっかり耳年増な勇者くんの初恋姉ポジのミゲラは、お酒のノリでついつい童貞を奪ってしまう。

もうなんか大変

毛蟹葵葉
エッセイ・ノンフィクション
これしか言えん

こんなとき何て言う?

遠野エン
エッセイ・ノンフィクション
ユーモアは人間関係の潤滑油。会話を盛り上げるための「面白い答え方」を紹介。友人との会話や職場でのやり取りを一層楽しくするヒントをお届けします。

→誰かに話したくなる面白い雑学

ノアキ光
エッセイ・ノンフィクション
(▶アプリ無しでも読めます。 目次の下から読めます) 見ていただきありがとうございます。 こちらは、雑学の本の内容を、自身で読みやすくまとめ、そこにネットで調べた情報を盛り込んだ内容となります。 驚きの雑学と、話のタネになる雑学の2種類です。 よろしくおねがいします。

酔っ払って美醜逆転世界に転移~かっこ可愛い恋人見つけました~

もちもち太郎
BL
顔、スタイル、仕事 全てが至って普通のサラリーマン高野 涼は3年付き合っていた彼女に浮気されヤケになって酒を飲みまくる。 酔っ払ってフラフラのまま道路に飛び出し走ってきた車に轢かれそうになって 「あ、終わった。」 そう思った瞬間視界が真っ白になって気がついたら美醜逆転の異世界に!? 超絶イケメン(平凡)サラリーマン×超絶醜男(イケメン虎獣人)のラブラブラブストーリー

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

【完結】騎士団をクビになった俺、美形魔術師に雇われました。運が良いのか? 悪いのか?

ゆらり
BL
 ――田舎出身の騎士ハス・ブレッデは、やってもいない横領の罪で騎士団をクビにされた。  お先真っ暗な気分でヤケ酒を飲んでいたら、超美形な魔術師が声を掛けてきた。間違いなく初対面のはずなのに親切なその魔術師に、ハスは愚痴を聞いてもらうことに。  ……そして、気付いたら家政夫として雇われていた。  意味が分からないね!  何かとブチ飛でいる甘党な超魔術師様と、地味顔で料理男子な騎士のお話です。どういう展開になっても許せる方向け。ハッピーエンドです。本編完結済み。     ※R18禁描写の場合には※R18がつきます。ご注意を。  お気に入り・エールありがとうございます。思いのほかしおりの数が多くてびっくりしています。珍しく軽い文体で、単語縛りも少なめのノリで小説を書いてみました。設定なども超ふわふわですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

処理中です...