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第一章 不遇の伯爵令嬢編

違う世界の物語①

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※このサブタイトルではリリー視点になります。

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 あたし、乙女ゲーム「葉隠れの姫君」の主人公、リリオルザ=ヴァリー!

 前世はゲーム大好きな女子大生。高校までは家にいると親が勉強しろってうるさいから、大学合格を機に一人暮らしを始めた。
 それからは単位そっちのけでのめり込むのめり込む。あたしが最後にハマったのは、「葉隠れの姫君」ってゲームアプリだった。

 昨今の乙女ゲーって、悪役令嬢が死に過ぎじゃない? 確かに主人公を虐めたり陥れたりもするけど……ヒロインはヒロインで、流血沙汰にしてまで好きな男奪い取るって、なかなか病んでると思うんだよね。流行ってるみたいだけど、みんなそんなに血を見るの好きなの??

 でもこのゲームでは、悪役令嬢は絶対に死なない。(代わりに主人公が死ぬエンドはあるけど、攻略サイトがあるから余裕だね☆)お約束の断罪からの婚約破棄はあっても、その罰として処刑されるとか身分を剥奪されるとか国外追放なんてのはないんだよね。
 甘いかもしれないけど、やっぱり悪役にも救いが必要じゃん? って言うか、婚約者を略奪したのはこっちなんだしwww

 そんなこんなで隠しキャラ攻略までフルコンプし、メディアミックスも粗方手を出したあたしは公式だけの供給に飽き足らず、バイト帰りに自転車に乗りながらスマホで二次創作を漁っていた。

「うきーっ! 何で乙女ゲーでBL見せられなきゃなんないのっ! そりゃこの二人の関係は尊いけどさ、恋愛なんて薄っぺらい感情じゃないのよ。そんなに男同士が見たきゃBLゲーでもやってなさいよね!」

 そんな事をぼやきながらスマホを弄っていたら、曲がり角に人影が。

「やばい、ぶつか……え?」

 何とその人影、スマホを突き出しながらこちらを窺っている。慌ててハンドルを切るが、反応するのが遅かった。このままではスマホを跳ね飛ばしてしまいそうだ。

(まさかこれって……スマホ当たり屋?)

 バイトの店長から、最近出没するから気を付けろと言われていた。自分には関係ない、と話半分で聞き流していたら。気付けば自転車乗ったままながらスマホしていて、バッチリ当たり屋の罠に飛び込もうとしています。

「させる、かあぁぁ!!」

 思いっきりハンドルを切り、力技で突き出したスマホを避けたその瞬間。

 ガンッ!!

 自転車がガードレールに激突し、あたしの体はその向こう、車道に投げ出され――


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「何これ、転生トラックの亜種……?」

 異世界に転生してましたてへぺろ☆

 いやぁ~~! ながらスマホで事故死なんて恥ずかし過ぎるぅ!! しかもあたしを轢いたのがトラックかどうかなんて分かんないし。たはー…

 何はともあれ、異世界転生である。この場合、直前にやっていたゲームの世界が選ばれると言うのがセオリーらしく、もれなくあたしも乙女ゲーム「葉隠れの姫君」のヒロインに生まれ変わったのでした。
 そうすると、あたしが生活しているこの場所は……

「天涯孤独のリリオルザが拾われて生まれ育った、ポーチェ男爵領の小さな町ヴァリーの孤児院――って、臭っ!!」

 前世の記憶を取り戻してから、周りから漂う凄まじい悪臭を自覚する。何せここ、(中途半端に)中世チックなファンタジー世界。おまけにポーチェ男爵は王都から遠く離れた領地の弱小貴族。そこの、地味~な町の孤児院である。

 まず、不潔。何日もろくに入浴出来ず、垢塗れの孤児が群れている。水は井戸から汲み上げるが、雨水が流れ込んでいるため現代っ子としては微妙に匂いが気になる。孤児院は古びていて常にカビ臭いし、トイレに至っては汲み取り式。
 もちろん自分からも、何日も洗ってない体臭が……

「いやあああああ、誰か助けて――!!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 夢いっぱいの乙女ファンタジーに転生出来たと思いきや、いきなり現実を突き付けられて危うく発狂するところだったが、諸々の問題は翌日解決する事になった。
 食べた気のしない粗食を口にしてから、薄っぺらい毛布(何か痒い)に包まってシクシク泣いていたあたしに、

「ピュ~…」

 どこからともなく、ファンシーな鳴き声で呼びかけてくる何か。

「!! この声…」

 がばりと毛布を跳ね除け、雑魚寝していた隣の子を踏ん付けて(ごめん!)あたしは庭に出る。ちゃちな畑の端っこにある井戸に近付くと、ゲームの展開通り「それ」はいた。
 真っ白い体に、尻尾の毛先だけ虹色グラデーション。手足が短い代わりに色々掴めるように進化した、羽のような耳。そして何と言っても円らなお目目…
 所謂、マスコットキャラクターである。しかも著作権の微妙なとこをスレスレで回避したっぽいあざとさ。

「ピュ~」
「いやっ、マジあざといこの子! でもそこがいい!」
「リリー…朝っぱらから何なの?」

 他の孤児たちがぞろぞろと庭に出てくる。みんな早起きだね。まあ一人は踏んじゃったしねw

「うわっ、何この犬!」
「え、猫でしょ?」
「兎じゃない?」

 やいのやいのと正体について議論しているが。実はこの子はゲームにおいて、チュートリアルの解説からステータスの状態、攻略キャラの好感度までバッチリ教えてくれるお助けキャラなのだ。そう、喋るんだよこの子。声付きだと今みたいに「ピュ~」だけで、後は吹き出しだけどね。

「光の聖獣だよ」
「えっ、リリー知ってるの?」

 何と言っても、あたしをリリーに転生させた張本人ですからね。いや、正確にはこの世界における天使ガヴリロの力であり、この子はその分身。ちなみに「葉隠れの姫君」の隠し攻略キャラなんだけど、あたしの魂をリリーに転生させる時点でフラグは折れたと言ってた。一番の推しキャラなのに…たはー。

「この子、リリーに懐いてるみたい。院長先生に飼えないか頼んでみようよ」
「えー…エサの分、おれたちのメシが減っちゃうじゃん」
「ねぇ、何て名前にする?」

 まだ承諾も得ていないのに、早くも名付けが始まっている。
 ここでゲームでは入力画面が出て好きな名前に出来る。ただし「ガヴリロ」や他の登場人物と同じなのは×。卑猥なワードもNG。デフォルト名は「ピュール」である。

「『ガヴたそ』!」
「ピュッ!?」

 これぞ、ネットにおける天使ガヴリロの愛称「ガヴたん」または「ガヴたそ」。超絶美麗でクールな天使様が萌え系にされてしまっているが、すべてはピュール(デフォルト名)とのギャップのせいである。可愛いんだもんこの子…特にロード画面の珍妙な踊りがね。

「よろしくね、ガヴたそ!」
「ガヴたそちゃん、抱っこさせてー!」

 ピュール改めガヴたそは、微妙に嫌そうに見える。生きろ☆
 そこへ孤児院の院長が騒ぎを聞き付けてやってきた。

「皆さん、何の騒ぎですか。もう夜が明けているんですから、顔を洗って……」
「院長先生、リリーが光の聖獣ひろったー!」
「えっ」
「名前は、ガヴたそって言うの!」
「ええっ!?」

 やや年配に差し掛かった小太りな院長は眼鏡をかけ直すとガヴたそを凝視する。

「ピュ?」
「し、信じられない……すぐに神父様に報告しないと。皆さん、今から礼拝堂に集合して下さい!」

 大慌てでバタバタ走り去っていく院長。ちなみに孤児院と教会は大抵セットになっており、週に一度は礼拝、月に一度は教会で歌う事になっている。

「よーし、みんな教会まで競争だー!」

 ガキ大将の合図でドドドッと孤児たちが後に続き、辺りは静かになった。この隙に、井戸で体洗おうかな……垢が溜ってる上に汚い毛布で寝たから蚤に食われて痒いの何のって……あれ?

「全然、痒くない……それに、臭いも気になんない!」

 いや、自分の体臭ぐらいは気にした方がいいけど、それだけじゃなくて。あれだけうんざりしていた周りの臭気が、綺麗さっぱり消えていた。しかも、何だかほんのりいい匂い?

「もしかして、あなたの力なの? ガヴたそ」
「ピュ~」

 短い手をぴょこぴょこさせて主張するガヴたそ。きゃわ! そうだよね、麗しい天使様が臭いヒロインなんてそのままにしとけないもんね!
 とりあえず目下の問題が解決したあたしはガヴたそをぎゅっと抱きしめると、みんなの後を追って教会へ向かった。


 この後、神父だけじゃなく領主様まで呼ばれて光の聖獣の実在を認められ、あたしは光の乙女(この世界における宗教的なアレ)の再来だとか何とか持ち上げられた。ついでに孤児院のあまりな劣悪さも知れ渡ってしまい、寄付金がどっちゃり入ったおかげで環境は劇的に改善する。
 乙女ゲーム「葉隠れの姫君」の舞台は十五歳から入学するスティリアム王立学園。あと五年間この孤児院で過ごすので、せめて人並みに生きられるくらいの生活保障は欲しかったところだ。

 よくある「領主様に気に入られて養子になって」云々は、このゲームにおいてはとあるキャラのルートエンディングにおいて叶うのだが……ここの男爵様、今お金ないんだよね。もうおじいちゃんなんだけど、溺愛してる末娘を背に腹は変えられず伯爵家に侍女に出したら、孕まされて囲い者にされたってぼやいてた。でも超~可愛い孫も生まれたし、最近は正妻に格上げされて今は幸せなんだってさ。親バカ孫バカな惚気に三時間も付き合わされたよ、たはー…

 ともあれ王都の学園に入るには特待生試験を受けて合格する事。寄付金が多く貰えるようになったあたしなら、男爵の支援でも充分賄えると言う話。

 そして入学後に待ち受けるは、恋と魔法と革命の物語。

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