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第一章 不遇の伯爵令嬢編
双鷹の誓い
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双鷹の儀、とは――王家の者が命を預けるに値する忠臣と共に行う儀式の事。
スティリアム王国の国鳥である鷹を模った金銀一対の剣。黄金の剣は主君、白銀の剣は従者が持ち、それぞれの血を剣に嵌め込まれた宝玉に垂らすと、契約は成立する。これより、お互いに裏切る事は出来なくなるわけだ。
もし、片方が誓いに背く事があれば……
「主君が従者を捨てる時は白銀の剣が、従者が主君を害する時は黄金の剣が、どこにいても飛んできて、その者の心臓を貫くのです」
十二歳の時、私は婚約者になって間もないルーカスと共に、この儀式を見に王都まで来ていた。人込みで親とはぐれてしまったものの、とりあえず目立つ場所にいようと前列の席に潜り込んだルーカスは、男の子らしく一対の剣が掲げられる様子に感激していた。
その時、私は初めてチャールズ様を見た。
赤い髪に金眼のカーク殿下が昼の太陽ならば、濃紺の髪に金眼のチャールズ様は月夜。動と静、正反対の二人だったが、向かい合い並び立つその様は一枚絵のようで、思わず溜息が出るほど見惚れてしまった。
最初にチャールズ様がカーク殿下に跪き、金の剣の切っ先に口付けると片方の手を差し出す。殿下はその手に軽く傷を付け、鷹の形をした鍔の部分で流れ落ちる血を受け止めた。チャールズ様の真っ赤な血が、鷹の目の部分に吸い込まれていく。
そして今度はチャールズ様が銀の剣を差し出し、殿下が跪いて同じ手順を踏んだ。
お二人が双鷹の儀を執り行ったのには理由がある。ウォルト公爵とは、王家に反逆し死刑となった王族の跡取りに、一代限りの条件で与えられる爵位だった。領地も役職も持つ事は許されず、娘や公爵の子は問答無用で平民に堕とされる。生涯飼い殺し…あるいは幽閉と言ってもいい処置だった。
そんなチャールズ様を専属の護衛に就けたカーク殿下には、当然の事ながら反発の声が上がった。犯罪者の血筋でありながら王家の証である瞳を持つ者を、王太子候補の身近に侍らせるのは危険過ぎる、と。
『ならば、双鷹の儀を行おう。もしもチャーリーが裏切った時、その心臓は金の剣によって貫かれよう。その代わり、俺もチャーリーを見捨てないと誓おう』
カーク殿下はチャールズ様への信頼を、その御命と誠意を持って示したのだ。
『だけど、どこにいても剣が飛んでくるなんて、まるで魔法みたいね』
『魔法だって? アハハハ、アイシャは信じてないね? この双鷹の儀には逸話があるんだ。あのね…』
ルーカスは興奮冷めやらぬ様子で教えてくれた。
「その逸話とは、何世代か前に他国のスパイが国王の懐に入り込み、信頼を得て双鷹の儀を交わした時の事です。王を暗殺しようと寝所に侵入したスパイは、誓いを破った者として、あらかじめ盗んで隔離しておいたはずの、己の血を宝玉に吸わせた金の剣に心臓を貫かれて死んでしまいました。
この儀式を行った主従が相手に牙を向けた時、その咎は命を持って償わなければならないのです」
話し終えた私は、チャールズ様の方を見た。今の彼には、何の表情も浮かんではいない。一体どんな気持ちでいるのだろう…
「貴女、この逸話を聞いた時にどう思って?」
「無礼を承知で言えば、まるで呪いだと……
魔法がこの国に存在…いえ、機能していると聞いた今では納得ですが」
恐ろしい話だと、当時は感じたが。チャールズ様の境遇を思えば、そこまでの覚悟を見せなければ周りを納得させられなかったのだろう。
ベアトリス様は頷くと、ぱっと扇子を広げて口元を隠した。
「確かに、ある意味呪いとも言えるでしょうね。ところでこの逸話には裏があるのはご存じ?」
「裏…? やはり作り話だったんでしょうか」
「いいえ、詳細が語られていないだけ。
一つはこの殺傷事件に使用された武器は銀の剣ではなかった。
二つ目は……誓いを立てた主従は直接関わっていなかった。
寝所に乗り込んだのはスパイが手引きした仲間で、斬り付けた相手は寝所に控えていた新人の護衛だったそうよ」
「え…?」
「謀叛を起こした張本人は、王を守るふりまでしていた。それでも護衛が斬られた瞬間、金の剣に殺されていたのよ……
要するに、本人を双鷹の剣で傷付けなくとも、どちらかが裏切りを働いたと剣が判断すれば……それこそ主君の婚約者に手を出そうなんて、自殺行為もいいところね。下手をすれば、私が意図的に身代わりを用意して回避したとしても分からなかったわ」
私は、チャールズ様が殿下に対しベアトリス様を穢したと叫んだ事を思い出してぞわっと身の毛がよだった。呪いとは言ったものの本当に剣が勝手に動くなんて疑わしかったし、それぐらい固い絆で結ばれると言う比喩表現ぐらいに捉えていた、のに。
ひいぃ、何て事を……ガチで命懸かってる契約じゃないですか!
私の上でぶっすり金の剣が刺さったまま死なれたりしたら、一生トラウマものでしょうが!
「だけど、何も起きなかった……こんな危険な賭け、止めなければ殿下だって部下を見捨てたとして死んでいたわ。つまり私は、殿下にとって婚約者である価値もない……ただの厄介者だったって事よ」
そんな…そんな……
ベアトリス様がどうしてそんな目に? 彼女のした事って、こんな仕打ちを受けるに値する事なの? それとも「悪役令嬢」だから? 正気じゃない!
チャールズ様がだるそうに首を振りながら髪をかき上げる。もう誤魔化し切れないと、居直る事にしたのだろう。
「だけど、不名誉を負わせて破滅させるにしても、わざわざ貴方を相手に選ぶなんて、殿下も酷な御方だと思わない? ねぇ、『鳩公』さん?」
「口を慎め、あの御方への侮辱は許さない……計画自体、私が発案したのは本当だ」
「あらあら、それじゃ本当にその気になってしまったのかしら」
「疎まれている分際で、寝言は寝て言え『女狐』。双鷹の誓いを交わした殿下とは文字通り一心同体。殿下の御心が……私のすべてだ」
そんな事って……!
スティリアム王国の国鳥である鷹を模った金銀一対の剣。黄金の剣は主君、白銀の剣は従者が持ち、それぞれの血を剣に嵌め込まれた宝玉に垂らすと、契約は成立する。これより、お互いに裏切る事は出来なくなるわけだ。
もし、片方が誓いに背く事があれば……
「主君が従者を捨てる時は白銀の剣が、従者が主君を害する時は黄金の剣が、どこにいても飛んできて、その者の心臓を貫くのです」
十二歳の時、私は婚約者になって間もないルーカスと共に、この儀式を見に王都まで来ていた。人込みで親とはぐれてしまったものの、とりあえず目立つ場所にいようと前列の席に潜り込んだルーカスは、男の子らしく一対の剣が掲げられる様子に感激していた。
その時、私は初めてチャールズ様を見た。
赤い髪に金眼のカーク殿下が昼の太陽ならば、濃紺の髪に金眼のチャールズ様は月夜。動と静、正反対の二人だったが、向かい合い並び立つその様は一枚絵のようで、思わず溜息が出るほど見惚れてしまった。
最初にチャールズ様がカーク殿下に跪き、金の剣の切っ先に口付けると片方の手を差し出す。殿下はその手に軽く傷を付け、鷹の形をした鍔の部分で流れ落ちる血を受け止めた。チャールズ様の真っ赤な血が、鷹の目の部分に吸い込まれていく。
そして今度はチャールズ様が銀の剣を差し出し、殿下が跪いて同じ手順を踏んだ。
お二人が双鷹の儀を執り行ったのには理由がある。ウォルト公爵とは、王家に反逆し死刑となった王族の跡取りに、一代限りの条件で与えられる爵位だった。領地も役職も持つ事は許されず、娘や公爵の子は問答無用で平民に堕とされる。生涯飼い殺し…あるいは幽閉と言ってもいい処置だった。
そんなチャールズ様を専属の護衛に就けたカーク殿下には、当然の事ながら反発の声が上がった。犯罪者の血筋でありながら王家の証である瞳を持つ者を、王太子候補の身近に侍らせるのは危険過ぎる、と。
『ならば、双鷹の儀を行おう。もしもチャーリーが裏切った時、その心臓は金の剣によって貫かれよう。その代わり、俺もチャーリーを見捨てないと誓おう』
カーク殿下はチャールズ様への信頼を、その御命と誠意を持って示したのだ。
『だけど、どこにいても剣が飛んでくるなんて、まるで魔法みたいね』
『魔法だって? アハハハ、アイシャは信じてないね? この双鷹の儀には逸話があるんだ。あのね…』
ルーカスは興奮冷めやらぬ様子で教えてくれた。
「その逸話とは、何世代か前に他国のスパイが国王の懐に入り込み、信頼を得て双鷹の儀を交わした時の事です。王を暗殺しようと寝所に侵入したスパイは、誓いを破った者として、あらかじめ盗んで隔離しておいたはずの、己の血を宝玉に吸わせた金の剣に心臓を貫かれて死んでしまいました。
この儀式を行った主従が相手に牙を向けた時、その咎は命を持って償わなければならないのです」
話し終えた私は、チャールズ様の方を見た。今の彼には、何の表情も浮かんではいない。一体どんな気持ちでいるのだろう…
「貴女、この逸話を聞いた時にどう思って?」
「無礼を承知で言えば、まるで呪いだと……
魔法がこの国に存在…いえ、機能していると聞いた今では納得ですが」
恐ろしい話だと、当時は感じたが。チャールズ様の境遇を思えば、そこまでの覚悟を見せなければ周りを納得させられなかったのだろう。
ベアトリス様は頷くと、ぱっと扇子を広げて口元を隠した。
「確かに、ある意味呪いとも言えるでしょうね。ところでこの逸話には裏があるのはご存じ?」
「裏…? やはり作り話だったんでしょうか」
「いいえ、詳細が語られていないだけ。
一つはこの殺傷事件に使用された武器は銀の剣ではなかった。
二つ目は……誓いを立てた主従は直接関わっていなかった。
寝所に乗り込んだのはスパイが手引きした仲間で、斬り付けた相手は寝所に控えていた新人の護衛だったそうよ」
「え…?」
「謀叛を起こした張本人は、王を守るふりまでしていた。それでも護衛が斬られた瞬間、金の剣に殺されていたのよ……
要するに、本人を双鷹の剣で傷付けなくとも、どちらかが裏切りを働いたと剣が判断すれば……それこそ主君の婚約者に手を出そうなんて、自殺行為もいいところね。下手をすれば、私が意図的に身代わりを用意して回避したとしても分からなかったわ」
私は、チャールズ様が殿下に対しベアトリス様を穢したと叫んだ事を思い出してぞわっと身の毛がよだった。呪いとは言ったものの本当に剣が勝手に動くなんて疑わしかったし、それぐらい固い絆で結ばれると言う比喩表現ぐらいに捉えていた、のに。
ひいぃ、何て事を……ガチで命懸かってる契約じゃないですか!
私の上でぶっすり金の剣が刺さったまま死なれたりしたら、一生トラウマものでしょうが!
「だけど、何も起きなかった……こんな危険な賭け、止めなければ殿下だって部下を見捨てたとして死んでいたわ。つまり私は、殿下にとって婚約者である価値もない……ただの厄介者だったって事よ」
そんな…そんな……
ベアトリス様がどうしてそんな目に? 彼女のした事って、こんな仕打ちを受けるに値する事なの? それとも「悪役令嬢」だから? 正気じゃない!
チャールズ様がだるそうに首を振りながら髪をかき上げる。もう誤魔化し切れないと、居直る事にしたのだろう。
「だけど、不名誉を負わせて破滅させるにしても、わざわざ貴方を相手に選ぶなんて、殿下も酷な御方だと思わない? ねぇ、『鳩公』さん?」
「口を慎め、あの御方への侮辱は許さない……計画自体、私が発案したのは本当だ」
「あらあら、それじゃ本当にその気になってしまったのかしら」
「疎まれている分際で、寝言は寝て言え『女狐』。双鷹の誓いを交わした殿下とは文字通り一心同体。殿下の御心が……私のすべてだ」
そんな事って……!
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