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第一章 不遇の伯爵令嬢編
人違いです! ※
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薔薇の君、と言った。
背後から私を抱きしめ、耳元でそう囁いた『男』は。
ゾクリと身震いがして、体がさらに熱くなる。
(彼が……ベアトリス様の待ち合わせの相手?)
ベアトリス様が待っていたのがカーク殿下でなければ、私は勝手に女性だと思い込んでいた。だってこんな場所で異性が二人きりで会うなんて。婚約者が他の女といちゃついてるのを悩んでおきながら、それはないでしょう。
「私の腕の中にいながら考え事とは余裕だな。それとも、遅れた事を怒っているのかな……お姫様?」
(……もしかして、私とベアトリス様を間違えてる?)
だとしたら貴方、相当失礼ですよ。ベアトリス様の髪はもっと艶やかでサラサラ、肌はきめ細やかでスベスベだし、あのピジョンブラッドの瞳で射抜かれたら思わず身を投げ出して踏んで下さいと懇願したくなるほどの美貌の持ち主ですよ!?
もっとも、後ろからだし輪郭がかろうじて分かる程度の暗さだから仕方がないと言えなくもない。
ここで私はベアトリス様からの伝言を思い出し、彼に教えようと身を捩ったその時。
「ん――っぐ!?」
唇を塞がれていた。ご丁寧にも逃れられないように、後頭部をがっちり押さえ込まれて。
私のファーストキス……この男が誰かも分からないのに。ついでに向こうも相手を間違えている事に気付いてない。何て事。
目を見開いたおかげで、顔だけは確認できた。閉じられた目元から生えている睫毛は長い。視界に映り込んだ髪からして、黒…いや、濃紺?
恐らく整った顔立ちをしているんだろうけれど、距離が近過ぎて分からない。
(とにかく一旦離れて、人違い! 間違ってますから!)
ぐぐぐっと胸を押し返してみるが、びくともしない。抵抗した事が気に障ったのか、反対側の手が私の顎にかかる。
「うごっ!? …っ」
色気のない声が漏れてしまった。だって舌が! 舌入れてきてるこの人! 性急過ぎるでしょ初めてなのよこっちは!?
ぞわぞわと背筋から這い上がる悪寒はあるのに、体は相変わらず熱くてくらくらする。あまり考えたくはなかったが、もしかしてこの匂いって…
「ん…、っぷは」
口内を好き放題蹂躙されて、ようやく解放された。全然力の入らない体を受け止め、彼は私をベンチに横たえる。荒い息ばかりで言葉を紡げない私には、彼の勘違いを正してあげる事ができなかった。
「キスは初めてか? カークのために操を立てるなんて、可愛いところもあるじゃないか」
クスクス笑いながら人差し指で濡れた唇を拭われる。ベアトリス様を挑発してからかってるつもりなのだろうか。
(にしても、カークって……殿下をそう呼べるのは、限られてくるわ。しかもベアトリス様と親しい仲となると…)
私は思い切って、ベンチに圧し掛かってきた彼の顔を正面から見据えた。
「ん?」
視線を感じて、彼が上から見下ろしてくる。
…真っ暗でほぼ見えなかった。
けれど、猫のように光るその瞳は、金色。
カーク殿下と同じ、王家を示す色だった。
(うそ……)
カーク殿下を呼び捨てにできる王族と言えば、第一王子のキリング殿下。でも彼は病弱でほとんど公に姿を見せず、髪の色もカーク殿下よりも明るいオレンジがかった金髪だったはず。
私を押さえ込むこの逞しい腕、そして夜空を思わせる濃紺の髪。王家の血……
(まさか、チャールズ=ウォルト公爵!?)
先程見た、ベアトリス様の二曲目のダンスのお相手。カーク殿下の腹心の部下。普段はもちろん「殿下」呼びではあるが、血筋としては従兄にあたるので、プライベートであれば呼び捨てにする事もあるのだろう。…じゃなくて!
(チャールズ様が、ベアトリス様に横恋慕!?)
唐突に知ってしまったスキャンダルに、私は自分の身に起こっている事も忘れるぐらい仰天した。
リリオルザ嬢の存在も知らないぐらい噂には疎い私ではあるが、さすがにチャールズ様は有名人だった。
スティリアム王家には王位継承権争いから撤退した王族のために爵位が用意されるのだが、その中でもいわく付きなのがウォルト公爵家。私の母もそうだったけれど、野心はなくとも存在するだけで外野に利用されかねない、危険因子が存在する。ウォルト公爵家に入るとは、そう言った危険因子を王家が囲い込み、監視される事を意味した。
つまりその地位にいるチャールズ様は、結婚も跡継ぎも完全管理される事になる。
そして人生設計が雁字搦めな分、チャールズ様の恋模様は実に自由かつ華やかと言えた。特定の恋人は作らずに来る者拒まずで、女性であれば誰にでも甘い言葉を囁く…と聞く。情報がどうにも曖昧だが、何せ彼は常に殿下のお側に侍っており、あのロイヤルゾーンに飛び込んでいけるような度胸のある令嬢はそうはいない。だからこそ殿下と親しくなっている時点で、リリオルザ嬢はただ者じゃない事が窺えるのだ。
(チャールズ様の本命が、ベアトリス様だったなんて……でも)
信じられない。彼がカーク殿下を裏切るなど、主君の婚約者に手を出すなど絶対にあり得ないのだ。ベアトリス様からも信頼されていたんだろう。でなければ二人でお会いになろうなどと…
「ひゃっ!?」
胸元を這う生暖かい感触に、思考が一気に現実に引き戻される。チャールズ様がドレスを寛げ、私の谷間付近を舐めていた。この暗闇の中で器用にもコルセットまで緩められるとは……慣れてる! この人、外で致すの慣れてらっしゃる! …なんて妙な事に関心などしてる場合でもないが、初めて殿方に触れられる事への羞恥と恐怖から意識を逸らさないとどうにかなりそうだ。
「ダ、メです……わ、私……ああっ」
「へえ…貴女もそんな声を出せるんだ? いつも凛としていた令嬢とは思えない」
そりゃ別人ですから! ベアトリス様ほど立派なお胸してませんよ私。百戦錬磨の令嬢キラーともあろう御方が、何故気付かないの!?
そんな事を考えている内に、チャールズ様の手がドレスの中に滑り込んできた。本格的に抵抗しないと、これはまずい。
「すごく熱いな……カークたちを詰っている割に、貴女もただの女じゃないか。相手が私であっても、悪い気はしていないんだろう?」
「ち……が…」
違います、私はベアトリス様じゃありません!
抗議は再び深いキスによって飲み込まれた。
私を暴いていくチャールズ様の手は強引で、それでも決して嫌悪感を抱かせないほど優しかった。丁寧に、壊れ物を扱うように慎重に…だけどこれは間違いなく、男と女の触れ合いなのだ。
怖い怖い怖い怖い…
熱い…熱い…熱い…
お…母、様……
(ああ、ぐるぐるしてきた…頭も体もまともに動かない……
もう……何でもいいから、この熱から解放……して)
突如降って湧いたアクシデントに混乱した私は、与えられる快楽に飲まれる事に怯えて抗うも、熱によって徐々に力が奪われていき、ついには考える事すら面倒になってしまった。
最後には何だか分からなくなって、ひいひい泣きながらチャールズ様にしがみつくしかなくなった。彼はそんな私の涙を拭い、蕩けるような甘い声で囁く。
「怖がらないで、私に身を任せて……愛してるよ、ベアトリス」
いや、だから人違いですって!
背後から私を抱きしめ、耳元でそう囁いた『男』は。
ゾクリと身震いがして、体がさらに熱くなる。
(彼が……ベアトリス様の待ち合わせの相手?)
ベアトリス様が待っていたのがカーク殿下でなければ、私は勝手に女性だと思い込んでいた。だってこんな場所で異性が二人きりで会うなんて。婚約者が他の女といちゃついてるのを悩んでおきながら、それはないでしょう。
「私の腕の中にいながら考え事とは余裕だな。それとも、遅れた事を怒っているのかな……お姫様?」
(……もしかして、私とベアトリス様を間違えてる?)
だとしたら貴方、相当失礼ですよ。ベアトリス様の髪はもっと艶やかでサラサラ、肌はきめ細やかでスベスベだし、あのピジョンブラッドの瞳で射抜かれたら思わず身を投げ出して踏んで下さいと懇願したくなるほどの美貌の持ち主ですよ!?
もっとも、後ろからだし輪郭がかろうじて分かる程度の暗さだから仕方がないと言えなくもない。
ここで私はベアトリス様からの伝言を思い出し、彼に教えようと身を捩ったその時。
「ん――っぐ!?」
唇を塞がれていた。ご丁寧にも逃れられないように、後頭部をがっちり押さえ込まれて。
私のファーストキス……この男が誰かも分からないのに。ついでに向こうも相手を間違えている事に気付いてない。何て事。
目を見開いたおかげで、顔だけは確認できた。閉じられた目元から生えている睫毛は長い。視界に映り込んだ髪からして、黒…いや、濃紺?
恐らく整った顔立ちをしているんだろうけれど、距離が近過ぎて分からない。
(とにかく一旦離れて、人違い! 間違ってますから!)
ぐぐぐっと胸を押し返してみるが、びくともしない。抵抗した事が気に障ったのか、反対側の手が私の顎にかかる。
「うごっ!? …っ」
色気のない声が漏れてしまった。だって舌が! 舌入れてきてるこの人! 性急過ぎるでしょ初めてなのよこっちは!?
ぞわぞわと背筋から這い上がる悪寒はあるのに、体は相変わらず熱くてくらくらする。あまり考えたくはなかったが、もしかしてこの匂いって…
「ん…、っぷは」
口内を好き放題蹂躙されて、ようやく解放された。全然力の入らない体を受け止め、彼は私をベンチに横たえる。荒い息ばかりで言葉を紡げない私には、彼の勘違いを正してあげる事ができなかった。
「キスは初めてか? カークのために操を立てるなんて、可愛いところもあるじゃないか」
クスクス笑いながら人差し指で濡れた唇を拭われる。ベアトリス様を挑発してからかってるつもりなのだろうか。
(にしても、カークって……殿下をそう呼べるのは、限られてくるわ。しかもベアトリス様と親しい仲となると…)
私は思い切って、ベンチに圧し掛かってきた彼の顔を正面から見据えた。
「ん?」
視線を感じて、彼が上から見下ろしてくる。
…真っ暗でほぼ見えなかった。
けれど、猫のように光るその瞳は、金色。
カーク殿下と同じ、王家を示す色だった。
(うそ……)
カーク殿下を呼び捨てにできる王族と言えば、第一王子のキリング殿下。でも彼は病弱でほとんど公に姿を見せず、髪の色もカーク殿下よりも明るいオレンジがかった金髪だったはず。
私を押さえ込むこの逞しい腕、そして夜空を思わせる濃紺の髪。王家の血……
(まさか、チャールズ=ウォルト公爵!?)
先程見た、ベアトリス様の二曲目のダンスのお相手。カーク殿下の腹心の部下。普段はもちろん「殿下」呼びではあるが、血筋としては従兄にあたるので、プライベートであれば呼び捨てにする事もあるのだろう。…じゃなくて!
(チャールズ様が、ベアトリス様に横恋慕!?)
唐突に知ってしまったスキャンダルに、私は自分の身に起こっている事も忘れるぐらい仰天した。
リリオルザ嬢の存在も知らないぐらい噂には疎い私ではあるが、さすがにチャールズ様は有名人だった。
スティリアム王家には王位継承権争いから撤退した王族のために爵位が用意されるのだが、その中でもいわく付きなのがウォルト公爵家。私の母もそうだったけれど、野心はなくとも存在するだけで外野に利用されかねない、危険因子が存在する。ウォルト公爵家に入るとは、そう言った危険因子を王家が囲い込み、監視される事を意味した。
つまりその地位にいるチャールズ様は、結婚も跡継ぎも完全管理される事になる。
そして人生設計が雁字搦めな分、チャールズ様の恋模様は実に自由かつ華やかと言えた。特定の恋人は作らずに来る者拒まずで、女性であれば誰にでも甘い言葉を囁く…と聞く。情報がどうにも曖昧だが、何せ彼は常に殿下のお側に侍っており、あのロイヤルゾーンに飛び込んでいけるような度胸のある令嬢はそうはいない。だからこそ殿下と親しくなっている時点で、リリオルザ嬢はただ者じゃない事が窺えるのだ。
(チャールズ様の本命が、ベアトリス様だったなんて……でも)
信じられない。彼がカーク殿下を裏切るなど、主君の婚約者に手を出すなど絶対にあり得ないのだ。ベアトリス様からも信頼されていたんだろう。でなければ二人でお会いになろうなどと…
「ひゃっ!?」
胸元を這う生暖かい感触に、思考が一気に現実に引き戻される。チャールズ様がドレスを寛げ、私の谷間付近を舐めていた。この暗闇の中で器用にもコルセットまで緩められるとは……慣れてる! この人、外で致すの慣れてらっしゃる! …なんて妙な事に関心などしてる場合でもないが、初めて殿方に触れられる事への羞恥と恐怖から意識を逸らさないとどうにかなりそうだ。
「ダ、メです……わ、私……ああっ」
「へえ…貴女もそんな声を出せるんだ? いつも凛としていた令嬢とは思えない」
そりゃ別人ですから! ベアトリス様ほど立派なお胸してませんよ私。百戦錬磨の令嬢キラーともあろう御方が、何故気付かないの!?
そんな事を考えている内に、チャールズ様の手がドレスの中に滑り込んできた。本格的に抵抗しないと、これはまずい。
「すごく熱いな……カークたちを詰っている割に、貴女もただの女じゃないか。相手が私であっても、悪い気はしていないんだろう?」
「ち……が…」
違います、私はベアトリス様じゃありません!
抗議は再び深いキスによって飲み込まれた。
私を暴いていくチャールズ様の手は強引で、それでも決して嫌悪感を抱かせないほど優しかった。丁寧に、壊れ物を扱うように慎重に…だけどこれは間違いなく、男と女の触れ合いなのだ。
怖い怖い怖い怖い…
熱い…熱い…熱い…
お…母、様……
(ああ、ぐるぐるしてきた…頭も体もまともに動かない……
もう……何でもいいから、この熱から解放……して)
突如降って湧いたアクシデントに混乱した私は、与えられる快楽に飲まれる事に怯えて抗うも、熱によって徐々に力が奪われていき、ついには考える事すら面倒になってしまった。
最後には何だか分からなくなって、ひいひい泣きながらチャールズ様にしがみつくしかなくなった。彼はそんな私の涙を拭い、蕩けるような甘い声で囁く。
「怖がらないで、私に身を任せて……愛してるよ、ベアトリス」
いや、だから人違いですって!
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