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第一章 不遇の伯爵令嬢編
完璧なカップル
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ルーカスとの婚約解消後、新たな婚約に向けての準備も落ち着いた頃。私は学園の記念式典の二次パーティーに出席していた。
私の通学するスティリアム王立学園は主に王侯貴族が通う学校なので、通常の式典はともかく二次会以降となると貴族の子息令嬢のための見合い会場と化す。一応、特待生粋では庶民もいるし、学校行事は基本誰でも参加できるんだけど……やはり貴族には貴族のお付き合いの場があるのだ。
こう言うパーティーはいつもならルーカスがエスコートしてくれるのだったが、今回は……もう婚約者ではないので迎えに来る事はない。(まだ十四歳で学園の生徒でもないサラも参加できない)
メディア子爵もまだ婚約が完了しておらず、また若い生徒たちが集まる場に混ざるのに気後れしているらしく、やんわりと断られてしまった。
子爵はいつもながらに紳士的なおじさまで、とてもサラが心配していたような好色ロリコンジジイとは思えない。…まあ婚約相手が直前になって私と挿げ替わってしまった事でがっかりされた様子がほんの少し隠し切れていなかったけれど。
と言うわけで、エスコートもなしで私は壁の花状態である。
「いいけどね、今日の私はここで」
昼間は制服だった学園の生徒たちの内、王族や貴族の子息令嬢がドレスアップして会場入りし、ダンスパーティーが始まる。私はそれを見ながら、ある一組のカップルを探していた。
「来た来た!」
興奮しながら、ボーイに差し出されたドリンクをよく見もせずに受け取る。
会場の真ん中で注目を浴びながら踊っていたのは、この国の第二王子カーク=アレクサンドル=スティリアム殿下とその婚約者ベアトリス=ローズ侯爵令嬢だった。二人の髪はどちらも赤いけれど、殿下は燃えるような炎の色、ベアトリス様は輝く銅色の髪を銀細工の髪留めでアップにしていた。彼女のドレスの色が私と同じライトグリーンだったのには一瞬焦ったが、生地の質は全然違うし、ライトアップした会場では見比べれば私の方がやや暗い系統だと分かるので大丈夫だろう。
「はあ……絵になるわ」
惚れ惚れするくらい、美しいダンスだった。ただ、心なしか二人の笑顔が作り物めいていたのは気のせいだろうか。そして一曲目が終わると、二人はそれぞれ別の相手と踊り始める。
「え…?」
カーク殿下のお相手は、ピンクのドレス姿の、栗色の髪をした可愛らしい少女。見覚えはないが、どことなく雰囲気が妹のサラに似ている。そして殿下の後にベアトリス様をダンスに誘ったのは、殿下の従兄にあたるチャールズ=ウォルト公爵様だ。
(何だろう、この違和感……)
先程はお手本のように見事に踊り切ったお二人が、違う相手になった途端、それまで作り物だった表情に血が通ったと言うか…
考え事をしながら差し出されるままドリンクを受け取っていたせいで、私は自分が今まで何を飲んでいたのか気付くのに遅れてしまった。
「いけない、これお酒!」
何だかふわふわする、と思った時には既に何杯か飲み干してしまっていた。どこか休める場所を、と会場を抜け出し、中庭をふらふら歩いていると、ちょうどいいベンチを見つけた。
木々と繁みに隠された薄暗い場所にひっそりと備え付けられたベンチは、何だか好い香りのする花が周りに咲いていて、休憩には最適だった。
「ふう…」
背もたれがないので楽な姿勢を取れるわけでもない。かと言ってただの木のベンチではなく、中に藁か穀物の殻でも入れて革を張ったような…言ってみれば少し固いベッドに座っているような感触だった。人の目がなければこのまま横になる事もできそうだ。
「この国では見た事のないベンチだわ……機能的と言うか」
スタンダードなのは木製か鉄製、室内ならソファが一般的。とは言え、私は常々このような機能性を追求した発明家…と言うべき人を知っている。ひょっとしてこのベンチ、彼の発明品がついに王都で採用されたんだろうか。
その時、ガサリと繁みが音を立て、誰かがこちらにやってきた。
「あら……失礼、先客がいらしたのね」
「べ、ベアトリス様?」
現れたのは、会場で踊っていたはずのベアトリス様だった。もうダンスは終わったのだろうか。だとしても、カーク殿下は…?
訝しげな私に構わず、ベアトリス様はベンチに近付いてくる。
「座っても? 私、こちらで待ち合わせをしておりますの」
「あ、どうぞどうぞ。私はもうどきますから」
ああ、殿下とはここで過ごされるのか。だったら私はここを占領するわけにはいかない。カーク殿下と鉢合わせもしたくないし。ああ言う高貴な御方は、遠くから見つめているだけに限る。
「お待ちになって。貴女、シャンパンを飲まれたのではなくて?
私の連れが来るまで、よろしければお付き合い下さらない?」
「はあ……では、遠慮なく」
お酒が回ってきたのか、かなり頭がぼうっとしてきたので、ありがたくお言葉に甘えて二人でベンチを使う。
それにしても、近くで見るとベアトリス様はますますお美しい。明るい日の下では銅色の髪が、暗い所では焦げ茶に見え、落ち着いた印象に変わる。私も同じく焦げ茶ではあるけれど、これはどこにいても変わらない。今こうして並んでいても、髪とドレスの色だけは同じで、その容貌は月とスッポン。比べるのもおこがましい。
けれどサラの時と違って虚しくならないのは、やっぱり彼女が王子妃候補だからかしら。さっきのダンスの時も思ったけど、麗しい二人は見ているだけで眼福なのよね。
その素晴らしさを、私はつい本人にも伝えたくなった。
「先程、殿下とのダンスを拝見しておりました。見事でしたわ」
「そうですの……そう言ってもらえると光栄ですわ」
ぎこちない笑みを返され、おや、と不自然さを感じた。王子との結婚はその他の貴族と比べても政略色が強くはあるが、ベアトリス様はカーク殿下をお慕いされているのは有名な話。何しろカーク殿下は第二王子ではあるものの、第一王子はお体が弱く公務に向かないと言う事で、王太子の座が回ってくる可能性が極めて高い。そうなると、婚約者のベアトリス様は実質王太子妃となるのだ。
そのため、王妃教育の厳しさとプレッシャーは相当なものだと聞く。その苛烈さに堪え殿下の婚約者としての務めをきちんと果たせているのは、偏にカーク殿下への愛情故だ。同じ女として、本当に尊敬できる。
だからこそ、先程の二人の態度には違和感があった。
「ベアトリス様……失礼ですが、殿下との間に何か心配事でも?」
「何故……そう思うの?」
彼女の睫毛が影を落とす。気を悪くしたと思われたが、弱々しくなった声はそれでも僅かな期待が見られた。これは、話を聞いて欲しがっている?
「ダンスは大変素晴らしいものでした。完璧と言ってもいいくらい。
ですが、お二人の表情は……何だか、作り笑いのようで」
「ふっ」
横でいきなり笑い出されたので、ビクッと竦んでしまった。別に私をバカにしたわけでもないんだろう。むしろ笑いたいのは自分自身だ、とでも言いたげに、彼女はおかしそうに体を震わせていた。
「…やはり分かる人には、分かってしまうものなのね。
ええ、そうよ。あまり大っぴらにはできないけれど、私たちの仲は現在、良いとは言えません」
自嘲するベアトリス様に、何だかここ最近の私が重なって見える。王太子候補とその婚約者がぎくしゃくしていると言うのは穏やかではない。幸い、ここは誰も来そうにない薄暗がりの中だ。
「あの、私でよければお聞き致します」
促してみると、彼女は「ありがとう」と少し持ち直した笑みを返し、どこか遠くを見るように呟いた。
「私、どうやら『悪役令嬢』と呼ばれる者のようですわ」
私の通学するスティリアム王立学園は主に王侯貴族が通う学校なので、通常の式典はともかく二次会以降となると貴族の子息令嬢のための見合い会場と化す。一応、特待生粋では庶民もいるし、学校行事は基本誰でも参加できるんだけど……やはり貴族には貴族のお付き合いの場があるのだ。
こう言うパーティーはいつもならルーカスがエスコートしてくれるのだったが、今回は……もう婚約者ではないので迎えに来る事はない。(まだ十四歳で学園の生徒でもないサラも参加できない)
メディア子爵もまだ婚約が完了しておらず、また若い生徒たちが集まる場に混ざるのに気後れしているらしく、やんわりと断られてしまった。
子爵はいつもながらに紳士的なおじさまで、とてもサラが心配していたような好色ロリコンジジイとは思えない。…まあ婚約相手が直前になって私と挿げ替わってしまった事でがっかりされた様子がほんの少し隠し切れていなかったけれど。
と言うわけで、エスコートもなしで私は壁の花状態である。
「いいけどね、今日の私はここで」
昼間は制服だった学園の生徒たちの内、王族や貴族の子息令嬢がドレスアップして会場入りし、ダンスパーティーが始まる。私はそれを見ながら、ある一組のカップルを探していた。
「来た来た!」
興奮しながら、ボーイに差し出されたドリンクをよく見もせずに受け取る。
会場の真ん中で注目を浴びながら踊っていたのは、この国の第二王子カーク=アレクサンドル=スティリアム殿下とその婚約者ベアトリス=ローズ侯爵令嬢だった。二人の髪はどちらも赤いけれど、殿下は燃えるような炎の色、ベアトリス様は輝く銅色の髪を銀細工の髪留めでアップにしていた。彼女のドレスの色が私と同じライトグリーンだったのには一瞬焦ったが、生地の質は全然違うし、ライトアップした会場では見比べれば私の方がやや暗い系統だと分かるので大丈夫だろう。
「はあ……絵になるわ」
惚れ惚れするくらい、美しいダンスだった。ただ、心なしか二人の笑顔が作り物めいていたのは気のせいだろうか。そして一曲目が終わると、二人はそれぞれ別の相手と踊り始める。
「え…?」
カーク殿下のお相手は、ピンクのドレス姿の、栗色の髪をした可愛らしい少女。見覚えはないが、どことなく雰囲気が妹のサラに似ている。そして殿下の後にベアトリス様をダンスに誘ったのは、殿下の従兄にあたるチャールズ=ウォルト公爵様だ。
(何だろう、この違和感……)
先程はお手本のように見事に踊り切ったお二人が、違う相手になった途端、それまで作り物だった表情に血が通ったと言うか…
考え事をしながら差し出されるままドリンクを受け取っていたせいで、私は自分が今まで何を飲んでいたのか気付くのに遅れてしまった。
「いけない、これお酒!」
何だかふわふわする、と思った時には既に何杯か飲み干してしまっていた。どこか休める場所を、と会場を抜け出し、中庭をふらふら歩いていると、ちょうどいいベンチを見つけた。
木々と繁みに隠された薄暗い場所にひっそりと備え付けられたベンチは、何だか好い香りのする花が周りに咲いていて、休憩には最適だった。
「ふう…」
背もたれがないので楽な姿勢を取れるわけでもない。かと言ってただの木のベンチではなく、中に藁か穀物の殻でも入れて革を張ったような…言ってみれば少し固いベッドに座っているような感触だった。人の目がなければこのまま横になる事もできそうだ。
「この国では見た事のないベンチだわ……機能的と言うか」
スタンダードなのは木製か鉄製、室内ならソファが一般的。とは言え、私は常々このような機能性を追求した発明家…と言うべき人を知っている。ひょっとしてこのベンチ、彼の発明品がついに王都で採用されたんだろうか。
その時、ガサリと繁みが音を立て、誰かがこちらにやってきた。
「あら……失礼、先客がいらしたのね」
「べ、ベアトリス様?」
現れたのは、会場で踊っていたはずのベアトリス様だった。もうダンスは終わったのだろうか。だとしても、カーク殿下は…?
訝しげな私に構わず、ベアトリス様はベンチに近付いてくる。
「座っても? 私、こちらで待ち合わせをしておりますの」
「あ、どうぞどうぞ。私はもうどきますから」
ああ、殿下とはここで過ごされるのか。だったら私はここを占領するわけにはいかない。カーク殿下と鉢合わせもしたくないし。ああ言う高貴な御方は、遠くから見つめているだけに限る。
「お待ちになって。貴女、シャンパンを飲まれたのではなくて?
私の連れが来るまで、よろしければお付き合い下さらない?」
「はあ……では、遠慮なく」
お酒が回ってきたのか、かなり頭がぼうっとしてきたので、ありがたくお言葉に甘えて二人でベンチを使う。
それにしても、近くで見るとベアトリス様はますますお美しい。明るい日の下では銅色の髪が、暗い所では焦げ茶に見え、落ち着いた印象に変わる。私も同じく焦げ茶ではあるけれど、これはどこにいても変わらない。今こうして並んでいても、髪とドレスの色だけは同じで、その容貌は月とスッポン。比べるのもおこがましい。
けれどサラの時と違って虚しくならないのは、やっぱり彼女が王子妃候補だからかしら。さっきのダンスの時も思ったけど、麗しい二人は見ているだけで眼福なのよね。
その素晴らしさを、私はつい本人にも伝えたくなった。
「先程、殿下とのダンスを拝見しておりました。見事でしたわ」
「そうですの……そう言ってもらえると光栄ですわ」
ぎこちない笑みを返され、おや、と不自然さを感じた。王子との結婚はその他の貴族と比べても政略色が強くはあるが、ベアトリス様はカーク殿下をお慕いされているのは有名な話。何しろカーク殿下は第二王子ではあるものの、第一王子はお体が弱く公務に向かないと言う事で、王太子の座が回ってくる可能性が極めて高い。そうなると、婚約者のベアトリス様は実質王太子妃となるのだ。
そのため、王妃教育の厳しさとプレッシャーは相当なものだと聞く。その苛烈さに堪え殿下の婚約者としての務めをきちんと果たせているのは、偏にカーク殿下への愛情故だ。同じ女として、本当に尊敬できる。
だからこそ、先程の二人の態度には違和感があった。
「ベアトリス様……失礼ですが、殿下との間に何か心配事でも?」
「何故……そう思うの?」
彼女の睫毛が影を落とす。気を悪くしたと思われたが、弱々しくなった声はそれでも僅かな期待が見られた。これは、話を聞いて欲しがっている?
「ダンスは大変素晴らしいものでした。完璧と言ってもいいくらい。
ですが、お二人の表情は……何だか、作り笑いのようで」
「ふっ」
横でいきなり笑い出されたので、ビクッと竦んでしまった。別に私をバカにしたわけでもないんだろう。むしろ笑いたいのは自分自身だ、とでも言いたげに、彼女はおかしそうに体を震わせていた。
「…やはり分かる人には、分かってしまうものなのね。
ええ、そうよ。あまり大っぴらにはできないけれど、私たちの仲は現在、良いとは言えません」
自嘲するベアトリス様に、何だかここ最近の私が重なって見える。王太子候補とその婚約者がぎくしゃくしていると言うのは穏やかではない。幸い、ここは誰も来そうにない薄暗がりの中だ。
「あの、私でよければお聞き致します」
促してみると、彼女は「ありがとう」と少し持ち直した笑みを返し、どこか遠くを見るように呟いた。
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