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ダンジョンは常連客①

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 その日、カトリシアはおかしな注文を受けた。昼休憩だったのでバックヤードにちょうどいる時にデンワを取り、聞いたばかりの座標番号をコールに伝えて出前を見送ろうとしたのだが。

「おっかしいなー、魔法陣が発動しない」
「えっ、私の覚え間違い!?」
「違うな……この感じは」

 コールが書き入れた番号が点滅し、やがて消えてしまう。間違った番号を書いた場合、何も光らないのだがこの反応から考えると……

「注文した直後に何らかのアクシデントで、魔法陣が壊れたのかもしれない」
「そんな……!」

 青褪めるカトリシアを連れ、一旦店内に戻ったコールは、母に魔法陣の状態を説明する。カトリシアのメモも渡すと、渋い顔で座標番号を見つめていた母は顔を上げる。

「位置は、ダンジョンの地下五階あたりだね。魔物にでも襲われた可能性がある」
「魔物!?」

 物騒なワードが飛び出した事に、カトリシアが仰天する。この近くにはダンジョンがあり、村を訪れる冒険者はそこを住処とする魔物を退治する事で報酬を得ているのは知っているが。

「一体何故そんな危険な場所でラーメンを?」
「評判になるのは嬉しいんだけど、冒険者たちの間で変な噂が立っちゃってさ。どんな場所でも出前で駆け付けるもんだから、ダンジョンにも配達してもらうのが一種のステータスみたいな」

 はあ……と呆れた声が漏れる。ダンジョン攻略はただでさえ命の危険が伴うのに、戦闘員でないラーメン屋に来させるなんて何を考えているのか。

「【煉獄うち】も、世界中トドキ草で通信できる場所ならどこでも配達するって謳っちゃってるからねぇ。距離的にもすぐそこだし、注文を受けた以上は行くしかない」
「で……でもいくら近いと言っても、魔物が出るダンジョンの地下五階でしょ? 魔法陣がない今、三十分ではとても……」
「ああ、それなら大丈夫。迷惑な流行のおかげで、ダンジョン内も常連の届け先として登録してあるから」

 きょとんとするカトリシアに、コールは常連リストを見せる。一見さんはトドキ草の種を使って座標を特定するが、何度か出前が利用される場所付近には常時使用できる魔法陣を残すのだ。

「お前と出会った森にもあっただろ。あの辺、利用客が何人かいるんだよ」
「そうだったのね……ダンジョンにある魔法陣も、人目につかないようにしてあるの?」
「まあな……他の冒険者の出入りに利用されたり、最悪魔物を連れて来られたらたまんないからな。
そういうわけで、配達がてら様子見に行ってくるわ」

 両手におかもちを一つずつ持つと、コールは転移ルームに向かう。準備を済ませ、転移先をダンジョン地下五階に設定すると、いざ魔法陣へと足を踏み入れようとして――

「待って、コール。私も行くわ!」
「へっ? うわっ!」

 突然押し入ってきたカトリシアにしがみつかれ、止める間もなく魔法が発動して二人の姿は消えていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ダンジョン地下五階――薄暗く、人ならざる者が身を潜めるには最適な、不気味な空間。それでも魔物の気配がない、冒険者にとって小休止にはちょうどいい隙間に、【煉獄】の魔法陣は設置されていた。
 店から飛ばされてきたコールは、勝手についてきてしまったカトリシアにさっそく説教をかましている。

「なに考えてんだよ。ここがどんだけ危険な場所か、説明しただろ!?」
「ごめんなさい……でも、店長と女将さんには許可をもらってきたから」
「はぁっ!? なんで……とにかく帰れ! 足手纏いだ」

 了承した両親へ文句を言いかけるが、こんなところで言い合いをしている時間はない。敢えて強い口調で帰還を促すも、カトリシアも引かなかった。

「分かってる! でも、この注文は私が受けたものだから……」
「配達は俺の役目だ。お前が責任感じる義務はない」
「お客様だけじゃない! コールだって……ううん、冒険者じゃない分、余計心配なの。もし私のいないところで何かあったらって。お願い、大人しくしてるって約束するから、連れてって!」

 必死な様子に、コールは何故両親がカトリシアを行かせたのかを察する。彼女は、命が失われる事を極端に恐れている。知り合って数日だが、コールには既に家族も同然の情を抱いているのだろう。平時であれば喜んでもいい事ではあるが……

(心配要らないって、一発で理解させるための同行かよ)

 つまり、足手纏いになる事前提で守りつつ、ミッションを遂行させてみろと。許可は出したものの、意向としては父よりも母が強いだろう。鬼のような無茶ぶりに舌打ちしつつ、不安そうにこちらを窺っているカトリシアにおかもちの一つを差し出した。

「だったら、絶対に俺から離れるなよ。言っとくけど、好き好んで魔物の巣に突っ込むわけじゃない。むしろ注文客と合流するまでは、出来るだけ避けて通るつもりだから」
「分かったわ……っ、重い!」

 カトリシアが受け取ったおかもちは、姫君だった彼女にはかなりの重量だった。コールはさすがに慣れているせいか、もう一つを軽々と持ち上げるが、それよりも彼の格好が気になる。
 背中には半月のように平たい鍋を背負い、中からにょっきりと大きめのおたまが飛び出している。腰に差しているのは包丁や棘付ハンマーだが、戦闘と言うよりは料理でも始めそうなのだ。

「コール、避けると言っても戦う時はどうするの? 剣は持っていないようだけど」
「ああ、俺は剣も魔法もからっきしだからな」

 何の自慢にもならない宣言をするコールに、彼女は合流するまで敵に遭遇しない事をひたすら祈っていた。

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