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前の主の巻――アレン第三王子②

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 それから私は足場固めのために血を吐くような努力をしてきた。勉学も武術も教育係から与えられるものだけでなく、独学でも学んだ。もちろん、大っぴらにではない。死んだ側妃の子という後ろ盾の弱い私には常に監視の目が向けられている事を意識しなければならない。

「聖騎士団長、私にもザクリア流剣術を教えてもらえないか? 東洋の流れを汲むサムライの技とやらに興味がある」
「おお、さすがは勤勉な殿下でござる。こやつに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい」
「親父、殿下はただのミーハー……痛ぇっ!!」

 ボカッと殴られて涙目になるイェモン。引き合わされた日から私はこいつを供に連れ、思わせぶりな一言やワガママで振り回していた。剣術指南への要望も、ミーハーな動機だというのを敢えて否定しない。こいつは出会った当初から見たまま聞いたままを受け取るので、言葉の裏を読む事ができない。ならばそういうものとしての使いようはあるという事だ。

「しかし我が国にはヴォー国流剣術がある故、まだ体が出来上がっていないうちから妙な癖をつけてしまうのも……」
「聖騎士団長がそう言うなら、諦めよう。ザクリア流は、他ならぬ血筋である我が側近が極めればいい事だしな」
「うへぇ、勘弁するでござるよ」

 サムライの剣技に興味があるのは本当だったが、期待はしていなかったのであっさり引き下がると、とばっちりを受けたとばかりにイェモンが舌を出した。こいつは不真面目で修行も度々サボッていると聖騎士団長も愚痴を零していたが、家臣としての心構えも言われた事をそのままなぞっているだけのようだった。口調もその一つで、ザクリア家のしきたりらしいのだが、父親と違ってまだ不自然極まりない。

 ともあれミーハー心からという名目で私が騎士団に交ざって過酷な訓練を受けても怪しまれる事はなくなった。もちろん実力を隠しておく事は忘れない。勉学では満点ではなく狙った点数を出したり、稽古試合でも時々わざと負けてみたりした……イェモンとの特訓では本気を出したが。

「どうした、それで私の護衛が務まると思ったか!? 殺す気でかかってこい!」
「ハアッ、ハア……ッ承知、したでござる……」

 聖騎士団長の見立てでは、最終的に私たちの力の差は互角と判断された。


 能力の底上げだけでなく、私は社交界に顔を出し多くの貴族と交流を持った。正妃派からは警戒されたが、私には母譲りの容姿が使えるのだと早くから気付き、親共の目を掻い潜って令嬢たちと個人的な接触を図っていた。その過程で忠実な配下となったのが、後の宮廷魔導師となる伯爵令嬢ミリーだった。彼女は単純なイェモンとは違い、言わずともこちらの意を汲み取ってくれた。
 そこには主君への忠誠心以外に異性に対する情もあると気付いていたので利用させてもらったが、私には本質的な色恋など理解できそうになかった。それは母の壮絶な死が少なからず影響していた……幸せそうに笑う者は誰かの犠牲の上に成り立っている事実を、不幸だと嘆く者は言うほどの地獄を見ていない。

(私の心など……誰も理解できぬのだ)

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