47 / 49
46
しおりを挟む
あわあわする私をよそに、観司郎さんは夜羽に向き直る。
「夜羽、お前はそれでいいのか? 今度はお前がこの嬢ちゃんの愛人になるって事だぞ」
「そうならないように、絶対に恩は返します。ミトちゃんを堂々とお嫁さんにするために」
お母さんが、物凄く微笑ましそうに見てくる。観司郎さんに言い返すためとは言え、これはかなり照れ臭い……
覚悟を決めて真っ直ぐ見返してくる夜羽に、観司郎さんは再度問いかけた。
「杭殿のお嬢さんじゃ、不満か?」
「杭殿さんは、すごくいい子だと思う。だからこそ僕は、ミトちゃんにお母さんみたいな思いをして欲しくないし、杭殿さんにも瑠璃ヱさんと同じ目に遭って欲しくない」
「ガキに何が分かる? まだオムツも取れてなかったお前に、大人の何が……」
言いかけた観司郎さんに、ビシッと松葉杖が突き付けられた。夜羽が、ベッドから下りようとしている。もうほとんど治ってきているとは言え、まだよろけそうな彼を慌てて支える。
「確かに僕は、お母さんの事は覚えてないし、何を思っていたのかはお父さんの方がよく分かってるんだろうね。それでも、僕にだって分かる事はあるよ。
お母さんは……僕が好きになった子を、自分と同じ境遇に置くのは許さない」
真理愛さんの名前を出されて、観司郎さんの表情が抜け落ちた。ただ、ギリギリと握りしめられた拳や、だんだん赤くなってくる顔から、激情を抑え込んでいるのは分かる。いつ爆発するのか、見てるだけでハラハラするけど、夜羽はいつもみたいに怯えたりはしなかった。
「愛人にさせられて、ずっと一人ぼっちでも受け入れられたのは、それだけお父さんが好きだったからだとしたら。そんな人との間に生まれた僕の、不幸を望むはずがない。
僕がお父さんみたいに、女の子を二人も悲しませてるなんて知ったら、お母さんはどう思うだろうね」
「黙れ、クソガキ!!」
「ガキだよ! お父さんだってそうだったんじゃないか!! 本当は分かってるくせに、いつまでお母さんに甘えてるんだ、クソ親父!!」
怒鳴り付けた観司郎さんをさらに上回る怒号を上げ、松葉杖を放り出すと、夜羽は観司郎さんの顔面にパンチを叩き込む。女性陣がキャアッと悲鳴を上げたが、これしきで観司郎さんが――
(え、嘘……?)
観司郎さんは二、三歩下がると、ベッドに足をぶつけてそのままボスンと座り込んだ。ほんの少し腫れた頬を擦り、何やら考え込んでいる。
一方、夜羽は……
「あ――、痛いっ! 痛いよぉ、ふえぇん!」
「うわっ! ちょっとこれやばいって」
手をプラプラさせて泣き言を言っていた。何で殴った方がダメージ受けてんの、観司郎さん本当化け物なんじゃ……
お母さんが慌ててナースコールを押し、てんやわんやになっていると、観司郎さんが立ち上がり、手を腫れ上がらせてひーひー言ってる息子に歩み寄る。見上げた夜羽は、それまでの威勢が萎んだ風船のように縮み上がってしまった。
「俺が、真理愛に甘えているだと……」
「ぴゃっ! ……あ、あうぅ」
口をぱくぱくさせてろくな言葉にならない夜羽の頭に手を載せ、ぐしゃぐしゃにすると、観司郎さんは大きく息を吐いた。
「その通りだよ」
「……ふぇっ?」
そうしてお父さんをじっと見てから、炎谷さんに何事かを呟くと、観司郎さんは病室の扉を開く。ちょうど看護師さんが入ろうとしていたところだったので、思いっきりびっくりさせちゃったけど(何せ顔が怖いので)、最後に夜羽の方を振り返り、言った。
「でけぇ口叩くなら、せいぜいやってみせろ。あと、一応大学は出ておけよ」
炎谷さんを引き連れ、出て行ってしまった彼らをポカンと見送っていると、楽々ヱさんも帰ると言って名刺を差し出した。
「巻き込んでおいて何だけど、私にも責任の一端はあるから。何か困った事があったら言って」
「あの……あれってどういう」
「うん? お父さんって昔からああなのよ。真理愛さんに見放されると思ったら、どれだけ強固な意思も簡単に折れちゃうの。まだちっちゃくて真理愛さんとの思い出もなかった夜羽が何を言っても、今までは聞く耳持ってなかったけど……今回のは効いたみたいね」
よく分からない、けど……これは夜羽が観司郎さんを説得できたって事でいいのかしら? お父さんの方を窺うと、観司郎さんが出て行った扉を見送るようにじっと見つめている。
「あいつは、自分にできなかった事を息子に試したかったのかもな。全く、相変わらずはた迷惑な奴だ」
「お父さん、私もう夜羽と離れなくていいんだよね?」
「ああ、お前たちは周りがみんな敵だったあいつとは違う。もっと家族を頼っていいんだ」
ポン、とお母さんに肩を叩かれる。私の大切な、優しくてあったかい家族。だけどいずれは、私だけのものじゃなくて――そんな未来を思うと、思わず涙ぐみそうになる。
「え? お父さんと喧嘩して顔を殴ったら折れた? あなた、病室でなに暴れてるんですか!」
「ふえぇぇん、ごめんなさいぃ!」
看護師さんに怒られて涙目になっている夜羽。私は目元を拭うと、笑顔で彼を抱きしめに行った。
「夜羽、お前はそれでいいのか? 今度はお前がこの嬢ちゃんの愛人になるって事だぞ」
「そうならないように、絶対に恩は返します。ミトちゃんを堂々とお嫁さんにするために」
お母さんが、物凄く微笑ましそうに見てくる。観司郎さんに言い返すためとは言え、これはかなり照れ臭い……
覚悟を決めて真っ直ぐ見返してくる夜羽に、観司郎さんは再度問いかけた。
「杭殿のお嬢さんじゃ、不満か?」
「杭殿さんは、すごくいい子だと思う。だからこそ僕は、ミトちゃんにお母さんみたいな思いをして欲しくないし、杭殿さんにも瑠璃ヱさんと同じ目に遭って欲しくない」
「ガキに何が分かる? まだオムツも取れてなかったお前に、大人の何が……」
言いかけた観司郎さんに、ビシッと松葉杖が突き付けられた。夜羽が、ベッドから下りようとしている。もうほとんど治ってきているとは言え、まだよろけそうな彼を慌てて支える。
「確かに僕は、お母さんの事は覚えてないし、何を思っていたのかはお父さんの方がよく分かってるんだろうね。それでも、僕にだって分かる事はあるよ。
お母さんは……僕が好きになった子を、自分と同じ境遇に置くのは許さない」
真理愛さんの名前を出されて、観司郎さんの表情が抜け落ちた。ただ、ギリギリと握りしめられた拳や、だんだん赤くなってくる顔から、激情を抑え込んでいるのは分かる。いつ爆発するのか、見てるだけでハラハラするけど、夜羽はいつもみたいに怯えたりはしなかった。
「愛人にさせられて、ずっと一人ぼっちでも受け入れられたのは、それだけお父さんが好きだったからだとしたら。そんな人との間に生まれた僕の、不幸を望むはずがない。
僕がお父さんみたいに、女の子を二人も悲しませてるなんて知ったら、お母さんはどう思うだろうね」
「黙れ、クソガキ!!」
「ガキだよ! お父さんだってそうだったんじゃないか!! 本当は分かってるくせに、いつまでお母さんに甘えてるんだ、クソ親父!!」
怒鳴り付けた観司郎さんをさらに上回る怒号を上げ、松葉杖を放り出すと、夜羽は観司郎さんの顔面にパンチを叩き込む。女性陣がキャアッと悲鳴を上げたが、これしきで観司郎さんが――
(え、嘘……?)
観司郎さんは二、三歩下がると、ベッドに足をぶつけてそのままボスンと座り込んだ。ほんの少し腫れた頬を擦り、何やら考え込んでいる。
一方、夜羽は……
「あ――、痛いっ! 痛いよぉ、ふえぇん!」
「うわっ! ちょっとこれやばいって」
手をプラプラさせて泣き言を言っていた。何で殴った方がダメージ受けてんの、観司郎さん本当化け物なんじゃ……
お母さんが慌ててナースコールを押し、てんやわんやになっていると、観司郎さんが立ち上がり、手を腫れ上がらせてひーひー言ってる息子に歩み寄る。見上げた夜羽は、それまでの威勢が萎んだ風船のように縮み上がってしまった。
「俺が、真理愛に甘えているだと……」
「ぴゃっ! ……あ、あうぅ」
口をぱくぱくさせてろくな言葉にならない夜羽の頭に手を載せ、ぐしゃぐしゃにすると、観司郎さんは大きく息を吐いた。
「その通りだよ」
「……ふぇっ?」
そうしてお父さんをじっと見てから、炎谷さんに何事かを呟くと、観司郎さんは病室の扉を開く。ちょうど看護師さんが入ろうとしていたところだったので、思いっきりびっくりさせちゃったけど(何せ顔が怖いので)、最後に夜羽の方を振り返り、言った。
「でけぇ口叩くなら、せいぜいやってみせろ。あと、一応大学は出ておけよ」
炎谷さんを引き連れ、出て行ってしまった彼らをポカンと見送っていると、楽々ヱさんも帰ると言って名刺を差し出した。
「巻き込んでおいて何だけど、私にも責任の一端はあるから。何か困った事があったら言って」
「あの……あれってどういう」
「うん? お父さんって昔からああなのよ。真理愛さんに見放されると思ったら、どれだけ強固な意思も簡単に折れちゃうの。まだちっちゃくて真理愛さんとの思い出もなかった夜羽が何を言っても、今までは聞く耳持ってなかったけど……今回のは効いたみたいね」
よく分からない、けど……これは夜羽が観司郎さんを説得できたって事でいいのかしら? お父さんの方を窺うと、観司郎さんが出て行った扉を見送るようにじっと見つめている。
「あいつは、自分にできなかった事を息子に試したかったのかもな。全く、相変わらずはた迷惑な奴だ」
「お父さん、私もう夜羽と離れなくていいんだよね?」
「ああ、お前たちは周りがみんな敵だったあいつとは違う。もっと家族を頼っていいんだ」
ポン、とお母さんに肩を叩かれる。私の大切な、優しくてあったかい家族。だけどいずれは、私だけのものじゃなくて――そんな未来を思うと、思わず涙ぐみそうになる。
「え? お父さんと喧嘩して顔を殴ったら折れた? あなた、病室でなに暴れてるんですか!」
「ふえぇぇん、ごめんなさいぃ!」
看護師さんに怒られて涙目になっている夜羽。私は目元を拭うと、笑顔で彼を抱きしめに行った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?
かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。
主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。
ここでの男女比は狂っている。
そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。
この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。
投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。
必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。
1話約3000文字以上くらいで書いています。
誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる