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「う……でも、だって」

 痛いとこを突かれて、潰れた蛙みたいに項垂れる夜羽。言い訳させてもらえるなら、夜羽だって反論したみたいよ? ボコボコに殴ったらしいし……全く効いてなかったけど。
 夜羽を待ってる間もそう言ったんだけど、稲妻さんによれば、それは反抗のうちにも入らないらしい。

「サングラスはただのサングラスだ。だがお前にとって、弱い自分を守るための盾でもあるんだろ? 本気で親に分かって欲しいなら、全部晒してぶつかってみろってんだ。
それが出来ねえなら……いっちょ前に彼女作る甲斐性なんてねえよ」
「!? ちょ……っ」

 いきなり稲妻さんが、私の襟元に手を突っ込んできた。ぎゃあっ、何すんの!! 服の上から押さえ付けて、必死で脛を蹴って抵抗するが、全然びくともしない。気持ち悪い指の動きに、鳥肌が立った。

「やだっ、いやーっ!!」
「ミ、ミトちゃん!! 稲妻さんやめてください! 僕はどうなってもいいから……」
「そうじゃねえだろ。仮にも女を助けに来たんなら、男がすべきは土下座じゃねえ。このままでいいのか? お前がそうやってヘタレてるなら、最後までやっちまうぞ」

 ひいっ! 発破かけるための芝居だと分かってるけど、やっぱり怖い!! 耳を舐められて恐怖の頂点に達した私の目からは涙がポロリと零れる。もう形振り構っていられなかった。

「夜羽、助けて!!」
「……っああああああ、ミトちゃんに、さわるなあぁっ!!」
「うおっ!?」

 首をブンブン振って身を捩っていた夜羽が、勢いよく立ち上がる。その反動で流さんが弾き飛ばされ転がった。多少よろけたものの、すぐに体勢を立て直した夜羽は、そのまま稲妻さん目がけて拳を振り上げる。その眼差しは、サングラスの奥から見えていた燃えるような感情が垣間見れて、ドキリとしてしまった。

(認めたくないけど……夜羽を男の人として意識するきっかけは、あいつなのよね)

 パンチを避けた稲妻さんは、腕を掴んで壁に投げ付けようとする。その流れに逆らわず、逆に壁をキックして戻ってきた夜羽は、次に頭突きを食らわせようとした。が、顔面を押さえ込まれてしまった。

「夜羽!!」
「惜しかったな、まだまだ動きが……痛ぇっ!!」

 余裕ぶっていた稲妻さんが、急に悲鳴を上げる。
 夜羽が、稲妻さんの手に噛み付いていた。焦って振り解こうとするが、何度もしつこく食い付いて、手がダメならと今度は肩口に食らい付く。

「いてえだろ、吸血鬼がお前は。放せ!」
「ひやです~ミトひゃんをはなひてふださい~~!」

 がっしりホールドして、殴られても振り解かせないようしがみつく。おかげで私は解放されたが、二人の勝負はまだ続いていた。

「稲妻、さんっ! いい加減に、してください! ミトちゃんはだって、言ったじゃ、ないですか!」
「へっ、やっと本気になれたかよ。遅ぇんだよお前は」

 取っ組み合って殴り合う二人をどう止めたもんかとオロオロしていたら、花火さんが肩に手をかけてきた。

「ああなったら、アタシらには介入なんてできないよ。あっちでお菓子でも食べて待ってよ」
「……いいのかしら」

 躊躇いつつも距離を取り、花火さんのどうでもいい世間話に付き合っていると、お菓子の袋が空になった頃に夜羽たちが床に引っ繰り返った。流さんが恐る恐る様子を見に行ったところ、どうやら終わったようだ。

「それで、どっちが勝ったんですか?」
「これはそういうんじゃねえんだよ。まあ、どっちも目標は達成したってところだ。なあ?」
「夜羽!!」

 私は腫れ上がって原形を留めてない夜羽の頭を抱きしめ、涙をポロポロ零す。

「ごめん……ごめんなさい。私、夜羽にお父さんや杭殿さんにちゃんと言い返して欲しくて……夜羽の力になりたくて。勝手な事して本当にごめんね」
「謝らないで……僕の方こそ、悲しませてごめん。稲妻さんに聞いたけど、さっきも泣いたんでしょ? 殴られるより、ミトちゃんを泣かせる方が辛くて……何もできない事が本当に悔しくて仕方なかったんだ」

 夜羽もまた泣いていた。だけど痛みで引き攣りつつも、すっきりした顔で笑ってみせる。そんな彼を見た私は思わず、血の滲んだ唇にキスをしていた。何か物凄く、そうしたかったのだ。

「ミ、ミトちゃ……」
「えへへ……ありがと。大好き」

 夜羽は目を驚愕で真ん丸に見開き、そして……気を失った。

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