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「はい、夜羽君。あーん」
「うぅ……むぐっ」
「うふふ、おいしい?」

 次の日、中庭で甘ったるい空気を纏わせた一角を目にした。シート(わざわざ持ってきたんだろうか)を芝生に敷いて重箱を広げた杭殿さんが、夜羽に手ずからお弁当を食べさせている。……あんな事、私にはできない。

「何あれ……いいの、美酉?」
「いいも何も……婚約者なんでしょ? 仲がいいみたいじゃない」
「無理矢理箸で突っ込んでるだけのように見えるけど……あんたたち、付き合ってたじゃない」

 めばえが呆れて溜息を吐く。
 そうだけどまだ日が浅いし、家が決めた事にどう逆らえって言うのよ。それは分かってる、けど……

「あ、輿水さん。一緒にお昼どうですか?」

 その時、目敏く私たちを見つけた杭殿さんに声をかけられた。何でわざわざ修羅場を作るかな……夜羽が咽てるし。

「あんたね、空気読んでよ。自分が何してるか分かってんの? 美酉から彼氏奪い取っといて、お昼誘うとかさ」
「奪ってませんよ。これまで通りお付き合いすればいいんです、輿水さんも」
「じゃあ二股させるの、角笛君に?」
「私は構いませんよ。角笛家に嫁ぐ者として心得ています」

 私が黙っているので、萌が杭殿さんとやり合っているのだが……何だろう、この話通じない感じ。中世ヨーロッパの貴族とか、戦国時代の大名家の生まれなんだろうか。角笛組はただの建築企業のはずなんだけど、やっぱり仁義なき世界の人たちなのかしら?

「角笛君も、なに流されてんの? 美酉がかわいそうだと思わないの?」
「ふ、ふえぇ……」
「夜羽君を責めないでください!」

 だんだんヒートアップする女子二人に涙目になる夜羽。そうだ、分かってる……こんな泣き虫の夜羽がほっとけなくて、いつも一緒にいたけど。決して困らせたくなんて、なかった。もし私の存在が枷になるなら……

「もういいよ、萌」
「でも、美酉!」
「夜羽はずっと一人ぼっちだったんだから、家族を捨てるなんて、できるわけない。そんな事、させられないよ。まあ二股は嫌だけど……今までずっと幼馴染みだったんだから、それが元に戻るだけ。
いいよね、夜羽。私たち、友達に戻ろ?」
「ミ、ミトちゃ……」

 心配させないように笑ってみせたのに、何故か夜羽は真っ青になって縋るような目を向けてくる。もう私に頼らないでよ……これからは、杭殿さんに助けてもらえば、いいじゃない。

「ばいばい、夜羽」
「ミトちゃん!」

 バタバタと、逃げるようにその場から走り去る。悔しい、悔しいけど私にどうしろって言うの。だって夜羽、あれから何もしてくれないじゃない。彼にどうにかできるとは思ってないけど……動こうとしないのは、もう諦めたからなの? 杭殿さんを突き放す事もせず、うちに戻っても来ない。家は売りに出されても、隣には私がいるのよ?


 衝動的に学校を飛び出してしまった私は、公園の滑り台の中で蹲っていた。泣きたい時にはここに潜んでこっそり泣く、秘密の場所。

(またサボっちゃった……)

 頭がぼうっとして、鼻の奥がじんじんする。牧神に二股かけられた時は号泣したのに、今回は涙も声も出ない。あの時よりも今の方が、心を切り刻まれるほど痛いのに。
 自分のせいで私が泣いたと知ったら夜羽が苦しむと思うと、変な意地が出てしまった。

(ただの幼馴染みだと思ってたのに……いつの間にこんな、好きになっちゃったのかなぁ)

 我慢してても鼻水だけはどうしようもないので、ティッシュでちんっと噛んでいると、スマホが鳴った。咄嗟にポケットから取り出して画面を確認し、お母さんだった事に拍子抜けする。学校抜け出したから連絡行ったんだろうなー…

 ずっと待っていた相手は、ここには来なかった。

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