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32 夢の転移1

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「転移したって本当ですか!」

 今宮信二は、神海探偵社のドアを開けるなり叫ぶように言った。
 この人がこんな声を出すなんて思わなかった。

「いらっしゃいませ、教授。どうぞこちらへ」

 神海希美は奥の部屋へ案内した。
 俺達は未来から帰って、事の経緯をざっと神海意次に報告したあとは仮眠室で休んでいた。今宮麗華と夢野妖子は意次と会議テーブルで待っていた。

「おお、今宮教授!」

 部屋に入って来た今宮を意次が迎えた。

「やぁ。早速飛んできました!」

 今宮には意次が連絡したのだ。

「彼らも、飛んできたばっかりで疲れてるんで、ちょっと休ませてます」

 意次はちょっと上手い事を言ったつもりだったが今宮には通じなかったようだ。飛び方が違うからな。
 俺達は疲れてると言っても、この体は休んでいたので精神的な疲れだ。
 一番疲れているのは実際に転移した八年未来の俺達だが、未来へ置いて来てしまったからな。申し訳ない。

「ええ、そうですね。あ、私にもお茶を頂けますか?」

「はい教授。どうぞ」

 すかさず、カップを差し出す希美。スイーツも付けてるところが隙が無い。

「ありがとう」

 今宮は、ちょっと汗の滲む顔で紅茶に口を付けた。

「ああ、生き返ります」

 それを見た妖子がちょっと笑った。

「そんなに、驚いたのか」

 今宮の様子を見て、意次が暢気に言う。

「それは君、驚天動地だよ。まさか、失われた技術を第一世界が取り戻すなんてね!」と今宮。

「そりゃそうか。これを知らせたら、第三世界も大騒ぎだろうな」
「もちろんです。なにしろ、『原初の星』の復興が夢じゃなくなりますからね!」

「その話は本当なのか?」

 意次は、疑いの眼差しで言った。実は信じてなかったのか?

「もちろんです。壊れていると思われていた『原初の星』の『共感転移システム』が正常に動いたんですからね!」

「確かに」

「暫定ですが復興関連の部隊にも連絡をして来ました。彼等の驚きようはありませんでしたよ!」

「ほんとか。これが、間違いだったら大変だな」
「ええええっ? 間違いの可能性があるんですか?」

「転移したのは八年未来なんだが、公園でいきなり二人が消えて騒ぎになったらしい」
「おおっ。それなら間違いないでしょう。あ、でも別の意味で大変でしょうね」

「公園にいたのは神海一族の人間だけだったんで問題はないよ。俺が確認して来た」意次は確信をもって言った。
「そうですか! しかし、これで私達の夢が大きく前進します!」

 どうやら今宮信二と神海意次は旧知の仲らしい。

「俺達だけじゃないぞ。第三世界の連携担当者も転移の研究者らしいからな!」
「それは頼もしい!」今宮は力強く言った。

 結局この日、今宮は意次と話しただけで帰っていった。

  *  *  *

 数日後、俺たち共感エージェント四人は、再度今宮信二の研究室を訪ねていた。

 共感遷移ならぬ共感転移の実証試験をするためである。
 共感遷移を研究してる機関だけあって、各種測定機のついた仮眠室も用意されていた。

 今回の実験の転移先は第三世界で俺たちが共感遷移に使っている中央研究所の「連携準備室」とした。

 実験内容は俺達がやった転移をさらに単純化して実施する。
 特に『遷移』との大きな違いとしては『バディと共感しない』こととした。

「バディとの共感は、もともと『遷移』を監視するためのものです。意識が体を離れるので、残された体を監視する必要があった訳です。ですが、『転移』では意識も体も一緒に移動します。だから監視する必要がないんです。というか監視出来ません」

 今宮が理由を説明した。

 まず最初の転移実験は、俺と上条絹の二人で実施することにした。
 二人といっても共感しているわけではない。転移のタイミングも一緒ではなく、少しずらして転移することにした。
 また、共感転移が共感遷移と大きく違う点としては俺も絹もベッドに横になっていないということだ。ふたりともソファに座っている。

「では、転移を始めてください」

 実験のリーダーである今宮が言った。

「あ、コマンドは使ってくださいね」

 前回、コマンドを言わずに転移した件では俺が無意識に実行した可能性があるという事になった。確かに習慣になったものは覚えていないことがあるからな。
 ほんとかな?

「分かった」

「じゃ、行くぞ」

 俺が先に行く。

「いつでもいいよ」と絹。
「転移トリガー」

 その、俺の一言で目の前は暗転した。

「転移トリガー」

 続けて絹が転移コマンドを起動した。
 

  *  *  *

 前回、未来で転移したときと同じように暗転している時間は長めだった。
 ふわっと浮き上がった感じは遷移と、そう違う訳ではない。
 俺は、遷移した時のように第三世界中央研究所の連携準備室に到着した。ただし、ソファのちょっと上に現れたので軽くバウンドしてしまって慌てた。

「おっと、危ない!」
「凄い! ぴったり!」

 少し遅れて到着した絹はあまりバウンドしていなかった。絹のほうが優秀だな。

「おおおおおお~っ! やった~っ!」

 神海工業中央研究所の神海隆司が叫んだ。
 叫びつつ俺達に走り寄って来た。おまけに後ろには転移技術開発のスタッフを引き連れている。

「し、信じられない! 素晴らしい!」

 神海隆司は、満面の笑みで俺達に握手を求めて来た。

「大成功です! やりましたね!」

 いや、俺達は大した事やってませんが。

「はい! お役に立てて良かったです」とりあえず、調子を合わせておこう。
「ほんと! また転移出来てよかった!」と絹。

 全くだ。これだけ注目を集めて出来ませんでしたとは言えない。
 よく考えると失敗する可能性は結構あった。
 あの白い世界へ行ったことは確かに『転移』だと思うが別世界に行ったのかと言えば怪しいからだ。
 今回の実験が本当の別世界転移なのだ。
 その意味で本当にうまくいって良かったと思う。まぁ、研究者は失敗することにも慣れてはいるもんだが。「失敗にいちいちめげてたら研究者はやってられませんよ」というのがゼミの教授の口癖だった。結構めげてたと思うけど。

 教授の口癖はともかく、俺達は集まった研究者たちにもみくちゃにされた。
 本物かどうか体を触ったり叩かれたりで大変だった。いつの間にか飲み物も持ち込まれて乾杯の嵐だ。それだけ転移の成功は彼らの悲願だったのだろう。

 一通り乾杯が終わったところで俺達は戻ることにした。第一世界でも待っている人達がいるからな。

「それでは、皆さん。また来ます」と俺が挨拶した。
「あ、龍一君。これ持って行ってくれ」

 神海隆司に第三世界産の酒瓶とグラスを渡された。なるほど。物を携帯できるのか試したいのか。

「分かりました。では、また!」
「転移トリガー!」
「失礼します」
「転移トリガー!」

 このコマンドに研究室は大いに湧いた。

  *  *  *

 俺は、遷移室の床よりちょっと浮いた空中に出現した。
 しかも手には酒瓶とグラスを持って。ちょっとよろけて着地した。やっぱり、ソファにしとけば良かった。俺の転移は少し浮く傾向にあるようだ。
 絹は、しっかりソファに転移していた。

「おおおおっ」

 今度は今宮が驚く番である。

「ほんとに、『転移コマンド』が使えたんだ!」うん。お待たせ!

 そう、実はこの転移コマンドは以前から知られていた。
 意識表面にインストールする起動装置は『転移』の起動装置のサブセットと言われていた。コマンド体系が共通なのはそのせいだと。

 だが、実際には違っていた。単に『共感遷移』機能が追加されただけだったのだ。
 ただ『共感転移』が使えなくなっていたために勘違いしていたようだ。

 今まで『共感転移』が使えなかった理由は不明だが、『共感転移』が復活したことを俺と絹が証明して見せたわけだ。

 研究室は大騒ぎである。
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