41 / 42
番外編2 自然体で ※ルシール視点
しおりを挟む
友人たちと一緒にアラムドラム帝国へ移ってきた私は今、一人で剣技の訓練に励んでいた。
訓練用の剣を振り下ろし、振り上げ、また振り下ろす。それを何度も繰り返した。王国に居た頃は婚約相手だった男に色々と言われて、こんなに訓練に集中することも出来なかった。だけど、今は集中できる。
「ふっ、はっ! ……ふぅ」
私は一度剣を下ろし、その場に座り込む。そして、空を仰ぎ見た。空には雲ひとつない快晴だ。絶好の訓練日和と言えるだろう。
「なかなか良い動きをするじゃないか、ルシール」
「っ!」
不意に声をかけられ、驚きながらそちらを向く。そこには見知った顔がいた。帝国で知り合い、婚約することになった男性。
「失礼しました。すぐに退きます」
立ち上がり、頭を下げる。そして、立ち去ろうとした時に彼から呼び止められた。
「待ってくれ。君の実力を、もっと見てみたい。俺の相手をしてくれないか?」
「私が、ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言われると、断ることは出来ない。休憩したから、戦える。私は剣を構えた。すると彼は満足そうに笑い、いつの間にか持っていた訓練用の剣を構える。
お互いが剣を構え、向かい合う。彼の鋭い視線が私を射抜いた。背筋がゾクゾクと震える。恐怖ではなく、興奮からだ。この人は強い。この人に勝ちたい。勝ってみせたい。そんな想いが胸中を満たしていく。
「……行きますっ!」
「来い」
地面を蹴る。一瞬で距離が詰まり、彼が上段から剣を振り下ろしてきた。それを受け流し、反撃に出るも難なく防がれる。そのまま鍔迫り合いの形に。
至近距離にある彼の顔はとても凛々しくて、思わず見惚れてしまう。
だけどそれも一瞬のことで、すぐに押し返された。数歩下がり、体勢を立て直す。再び間合いを詰めようとした時、今度は向こうから距離を詰めてきた。反射的に私も前に出ることで彼との間合いを潰すことに成功する。
激しい打ち合いが始まった。互いの武器が激しくぶつかり合う音が響き渡る。一歩間違えれば怪我をする可能性もあるというのに、不思議と怖くはなかった。むしろ楽しいくらいだ。このままずっと続けていたいとさえ思うほどに。
しかし、終わりはすぐに訪れた。私の一撃を躱され、逆に斬りつけられたのだ。咄嗟に体を捻って避けようとしたが、脇腹を軽く打たれてしまう。血が滲む程度だが、痛みがある。顔を顰めていると、彼は申し訳なさそうな顔をしながら謝罪の言葉を口にした。
「……すまない。やりすぎてしまった」
「いいえ。これは、私の実力不足です」
「打撲の跡が残ったら大変だ。早く治療しよう」
「いえ、これぐらい平気ですよ」
「ダメだ。私に治療させてくれ」
「は、はい……」
強引に迫られ、つい頷いてしまった。そして私は、彼の治療を大人しく受けることになった。
治療されている間、私は先ほどの手合わせを振り返った。彼は、かなり手を抜いていただろう。本気を出されたら一瞬で勝敗がついたはずだ。戦っている間に感じた、想像していたよりも圧倒的な力量差。
「それにしても、君は凄いな。まさかここまでやるとは思わなかったよ」
「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟だと痛感しました」
「そんなことはないさ。少なくとも、俺は君を認めてるよ」
彼の言葉に嘘は感じられない。実力者である彼から認めてもらえた。それが、とても嬉しい。
王国に居たころ私が訓練で剣を振っていると、女がそんなことをする必要などないと言われ続けてきた。無駄だと。女なんかに剣の才能はないから意味ないと。
そんな婚約相手だった男から隠れて、実家の兵士たちの訓練に混ざって鍛え続けてきた。ここでは、隠れる必要はない。堂々と訓練させてもらえるから。
会話している間に治療が終わった。痛みも引いた。
「今日の手合わせ、とても参考になった。ありがとう」
「いえ、私こそありがとうございました」
お互いに頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
その日から、彼と手合わせしたり、一緒に訓練するようになった。
しばらくして、彼の昇進が決まった。私のお陰だと言ってくれる彼。そんなことはないと思うが、少しでも貢献できたのなら良かったと思う。
私は今日も、彼と剣を交わす。それが、私の日常になった。
帝国での暮らしは、とても良いものになりそうだと思った。
訓練用の剣を振り下ろし、振り上げ、また振り下ろす。それを何度も繰り返した。王国に居た頃は婚約相手だった男に色々と言われて、こんなに訓練に集中することも出来なかった。だけど、今は集中できる。
「ふっ、はっ! ……ふぅ」
私は一度剣を下ろし、その場に座り込む。そして、空を仰ぎ見た。空には雲ひとつない快晴だ。絶好の訓練日和と言えるだろう。
「なかなか良い動きをするじゃないか、ルシール」
「っ!」
不意に声をかけられ、驚きながらそちらを向く。そこには見知った顔がいた。帝国で知り合い、婚約することになった男性。
「失礼しました。すぐに退きます」
立ち上がり、頭を下げる。そして、立ち去ろうとした時に彼から呼び止められた。
「待ってくれ。君の実力を、もっと見てみたい。俺の相手をしてくれないか?」
「私が、ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言われると、断ることは出来ない。休憩したから、戦える。私は剣を構えた。すると彼は満足そうに笑い、いつの間にか持っていた訓練用の剣を構える。
お互いが剣を構え、向かい合う。彼の鋭い視線が私を射抜いた。背筋がゾクゾクと震える。恐怖ではなく、興奮からだ。この人は強い。この人に勝ちたい。勝ってみせたい。そんな想いが胸中を満たしていく。
「……行きますっ!」
「来い」
地面を蹴る。一瞬で距離が詰まり、彼が上段から剣を振り下ろしてきた。それを受け流し、反撃に出るも難なく防がれる。そのまま鍔迫り合いの形に。
至近距離にある彼の顔はとても凛々しくて、思わず見惚れてしまう。
だけどそれも一瞬のことで、すぐに押し返された。数歩下がり、体勢を立て直す。再び間合いを詰めようとした時、今度は向こうから距離を詰めてきた。反射的に私も前に出ることで彼との間合いを潰すことに成功する。
激しい打ち合いが始まった。互いの武器が激しくぶつかり合う音が響き渡る。一歩間違えれば怪我をする可能性もあるというのに、不思議と怖くはなかった。むしろ楽しいくらいだ。このままずっと続けていたいとさえ思うほどに。
しかし、終わりはすぐに訪れた。私の一撃を躱され、逆に斬りつけられたのだ。咄嗟に体を捻って避けようとしたが、脇腹を軽く打たれてしまう。血が滲む程度だが、痛みがある。顔を顰めていると、彼は申し訳なさそうな顔をしながら謝罪の言葉を口にした。
「……すまない。やりすぎてしまった」
「いいえ。これは、私の実力不足です」
「打撲の跡が残ったら大変だ。早く治療しよう」
「いえ、これぐらい平気ですよ」
「ダメだ。私に治療させてくれ」
「は、はい……」
強引に迫られ、つい頷いてしまった。そして私は、彼の治療を大人しく受けることになった。
治療されている間、私は先ほどの手合わせを振り返った。彼は、かなり手を抜いていただろう。本気を出されたら一瞬で勝敗がついたはずだ。戦っている間に感じた、想像していたよりも圧倒的な力量差。
「それにしても、君は凄いな。まさかここまでやるとは思わなかったよ」
「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟だと痛感しました」
「そんなことはないさ。少なくとも、俺は君を認めてるよ」
彼の言葉に嘘は感じられない。実力者である彼から認めてもらえた。それが、とても嬉しい。
王国に居たころ私が訓練で剣を振っていると、女がそんなことをする必要などないと言われ続けてきた。無駄だと。女なんかに剣の才能はないから意味ないと。
そんな婚約相手だった男から隠れて、実家の兵士たちの訓練に混ざって鍛え続けてきた。ここでは、隠れる必要はない。堂々と訓練させてもらえるから。
会話している間に治療が終わった。痛みも引いた。
「今日の手合わせ、とても参考になった。ありがとう」
「いえ、私こそありがとうございました」
お互いに頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
その日から、彼と手合わせしたり、一緒に訓練するようになった。
しばらくして、彼の昇進が決まった。私のお陰だと言ってくれる彼。そんなことはないと思うが、少しでも貢献できたのなら良かったと思う。
私は今日も、彼と剣を交わす。それが、私の日常になった。
帝国での暮らしは、とても良いものになりそうだと思った。
559
お気に入りに追加
3,517
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる