勇者の国～行き過ぎた主義の結果～【短編】

前編

　その国では何年か、あるいは何十年かに一度という間隔で勇者召喚が行われる風習があった。

　その国で暮らしている、ほぼ全ての国民たちは勇者という存在に対しての感謝や憧れ、期待というようなポジティブな感情を持つようにと教育されてきた。

　例えば、幼い頃から勇者を主人公とした英雄物語を読み聞かせられたり、国の歴史に関わってきた勇者がどれほど素晴らしい偉人であったのか真偽も定かで無いモノを教え込んだり、傍から見ると洗脳のような方法で勇者至上主義の王国民が量産されていった。

　勇者というのは素晴らしい人である。それが、その国の常識だった。

　だけど現在の勇者の実態というのは、戦争を有利にすすめるための駒でしかなかった。王国周辺国への抑止力としての役割が大きかった。

　かつて世界を恐怖に陥れたような巨悪と対峙する存在とは大きく異なる役割を請け負って、実態はとても尊敬できるような人物ではない事が真実であった。


***


　それは、冒険者である彼が一日の仕事を終えた後の飯屋での出来事である。

　一日を頑張った自分にご褒美として、少しだけ値の張る豪華な晩飯と、グラス一杯の酒をささやかに楽しんでいた時の事だった。

　なんの前触れもなく、食事を楽しんでいる冒険者の男が座っているテーブルの前に４人の厳つい鎧で武装した騎士達が現れた。

「ん？」

　食事中の手を止めてから冒険者の男が顔を上げると、リーダー格だと思われる一人の騎士が睨むような目線を返して、口調も荒げて居丈高に命令してきた。

「王国の命令により、貴様は勇者様の補佐をするように命じられた」
「補佐？　とりあえず仕事の詳しい内容と、報酬について教えてくれ」

　騎士の口調は荒く、国を守るためにしている鎧には全然似合わない、チンピラ臭のプンプンする酷いものだった。冒険者の男は、面倒事のようだと顔をしかめる。

　率先して話をしている一人の騎士の様子を、黙ったまま後ろで事態を見守っている左右後ろに控えている騎士達も、怒っているような見下しているような悪意の篭った表情で冒険者の男を見ていた。

　そんな視線を向けられる覚えはないのだが。冒険者は、内心ではそう思っていたが口には出さなかった。

　突然話を聞かされた彼は、どうやら面倒事のようなので関わりたくないという本音も心の中に隠しつつ、表情には出さずに短く質問するに留まった。彼が聞いたのは、ごくごく常識的だと思われる質問。

　しかし、騎士は冒険者の疑問を一切無視して更に続けてこう言った。

「明日の朝、日が出た時間に城に出頭せよ」
「……はぁ？」

　そんな朝早くという時間を指定して、理由も詳しく説明をせずに前日の夜になって偉そうに”来い”とだけ言われて、行くわけが無いだろうに。

　男が考えながら、どう断る返事をしようか。一応は王国の騎士のようだし、面倒事に発展しないようにと思って言葉を選んでいる最中に、騎士達は言う事だけ言って、冒険者の男の返事も聞かずに去っていった。

「あ？　おいおい……。何だったんだ、一体」

　楽しい食事の時間を邪魔された冒険者は、白けたような視線を向けながら騎士達の背中を見送った。そして、騎士達が帰った後に再開した晩飯の味は、彼にはいつもと違って少し不味く感じられた。

　当然のごとく彼は、翌日の一方的な約束について無視を決め込んだ。