芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

66話

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 紅龍が泰龍の部屋を辞した後、そんなに間を開けることなく次は飛龍がやってくる。手には果物が入った籠を持っている。
 
「……飛龍か。ちょうどいい」

 泰龍は寝台で上体を起こし、何かの書物を読んでいた。それを近づいてくる飛龍に放って渡す。
 突然投げられたにも関わらず、慌てることなく飛んできた書物を取る飛龍。持ってきた籠を寝台横の棚に置き、書物を開く。
 飛龍はしばらく上下に目線を動かしたと思ったらその書物を懐へと忍ばせる。

「本当に、よく頑張ってここまで――」
「ああ、期待以上だ。あとは私たちがヘマをせずにやりきるだけだな」
「決して無駄にしませんよ、死んでもね」

 息子のその言葉に泰龍はぴくりと片眉を上げ、少しの間のあとくっくっと笑い出す。と思ったら次第に笑いが咳へと変わり何度も咳が止まらくなる。

「大丈夫ですか」
「――っああ、むせただけだ……。ったく歳をとるっていうのはロクなもんじゃないな」

 飛龍に渡された水をごくごくとのむ泰龍。そんな父を見ながら飛龍は世間一般の同年代からするとだいぶ若々しく感じるが、やはり自分で感じる感覚とは違うのだろうなと考える。

「……それでも母上と貴妃に惚れられている魅力はまだおありでしょう」

 思わず泰龍にそう言うと泰龍は空になった器を棚に置き欠伸をする。

姚佳ヨウケイは分かるが、晏貴妃はもはや赤子のように手に入らないものに執着しているだけだ。さっさと嫁いでおけば良かったものを……」
「私は晏貴妃には感謝していますよ。あの人のお陰で大事な弟が出来ましたからね。まあ、その一点のみですが」
「なんならもう一人妹か弟を作ってやろうか?」
「大人になった息子に子作り計画を相談しないでください」
「ならお前の結婚計画はどうだ?」
 
 苦々しい顔つきで言い放つと思わぬ言葉が帰ってきたので思わず口ごもる飛龍。

「それこそ自分で考えますのでご心配なさらず」
「いや、心配過ぎてさらに体調が悪くなりそうだ。という事で、今度の宴のお前の給仕係に柳 蓮花を配置するようにした」
「はあ?!」

 思わず素で叫んでしまった飛龍はハッと手で口を押さえる。

「彼女は私の身分を知らないんですよ? それにただ厨房で働いている子が、急に皇子の給仕になるなんて違和感満載すぎて怪しまれます!」

 泰龍は息子の強い語気にも動じず、籠の中にある林檎を齧る。

「第一に、身分を明かしていないのはお前の落ち度だろう。好きならいつかは伝えないといけない時がくる。それともただ一時の心の癒しとして柳 蓮花を求めているのか? だったらさっさと関わりを絶って他の男に嫁にやれ。彼女のためにもならんし、皇族のためにもならん」

 さっきまでのからかう様子とは違い、林檎を齧りながら飛龍に言う泰龍の目は冷えきっている。

 父の言葉に脳裏に思い浮かんだのは自分ではない男の横で微笑みかける蓮花の姿。ついこの前まで飛龍に向けられていたあの笑顔が、どこの馬の骨かも分からない他の男のものになってしまう。そうなれば皇子である自分が彼女を会話をするどころか見かけることすら無くなるだろう――。

 

「全くさっさと素直になれば良いものを……。そろそろ血が出そうだぞ」
 
 父の声に飛龍は手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握り締めていた事に気づく。

「俺は……蓮花を他のやつになんてやりたくありません。他の男の妻になるなんて――」

 自分でもこんなに激しい感情が湧き出たことに驚く。泰龍はただ静かに笑い、籠の中の桃を息子に渡す。

「愛する女を妻に迎えた龍人は強くなる。心も、身体も――その桃のようにな」

 桃の花言葉は天下無敵。誰かから聞いたその知識を思い出し飛龍は偉大な父も、妻のおかげで天下無敵になっているかと思うとなんだか可愛らしく思えてくる。

 口角を上げ飛龍は桃を持ち直し父に一礼する。

「私も桃のようになれるよう頑張ります」
「おう、気張れよ」

 ひらりと手を振り寝台に潜り込む父に再度頭を下げ部屋を出る。
 蓮花が傍にいてくれると思うだけで、あんなに憂鬱だった宴が少しばかり待ち遠しく思えるなんて。自分も父の事を笑えないなと飛龍は苦笑しながら歩き出した。
 
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