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本編
13 - 1 彼らの任務
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次々と注文が入る。ペルドリの砂肝アヒージョ、ハーブ八種のサラダ盛り、黒羊のソテー、オーシャンビーフステーキ、鮮魚のカルパッチョ……は取り消しで、海老と青貝のカルパッチョ――。
もう、一人ずつ言ってほしい。
二十人くらいの団体が入っていて、注文は途切れることがない。
『アスター! ランク六に昇格おめでとう!!』
ああ……これは二年前。
アスターのランクが上がったらしく、彼は仲間と共にラモントで昇格を祝っていた日だ。二十六歳でランク六にストレートで上がり、七に上がるのもすぐなんじゃないかと周りが口々に持てはやす。
『おうサリダ。今日は昇格したから一杯くらい奢ってやるよ』
『わ、ほんとに? ありがとう! それじゃ遠慮なく頂くわねー!』
奢りの酒ほど旨いものはない。店で五本の指に入る少し値段の張る酒を注いでくれたアスターから、小さなグラスを受け取り喜んで呷った。滅多に飲めない酒で、口に含んでゆっくり味わい堪能する。甘い果実の爽やかな香りと若酒最上の青冴え。本当に美味しくて頬が緩んだ。するとアスターは大きな目を更に大きくした。
『お前……もらい酒の時だけ可愛い顔すんなよ』
『え、なあに変な顔して。それ普段が可愛くないって言ってるようなもんですけど?』
『可愛いと思ってるから声かけてんだろ。ちっ、いつも無視しやがって……。サリダからお祝いはねえのー?』
『無視じゃなくてお誘いはお断りしてんのよ。客個人に特別なことはしません』
いつもどおりスッパリ返答すると、残念だったなーと大勢の仲間にからかわれ、アスターは舌打ちをする。
『あっそ。んじゃ今度ピアス買い替えるから、どんなのが似合うかアドバイスして!』
『んーピアスかあ……。アスターは青い瞳が奇麗だし、同じ色の石なら似合うんじゃない?』
『瞳が奇麗……!? あー、んじゃまあ、今度見てみるわっ』
アスターが青い石のピアスに買い替え、後日それを私に見せに来た時のことを今も覚えている。よく似合うと言えばアスターは嬉しそうに笑った。ただの社交辞令だったけれど、そんなことで喜んで可愛いところもあるんだと当時は思った。
いつも気軽に声をかけてきて、親しみを持って接してくれる彼の人柄は嫌いではなかった。私にとって彼は迷惑であることも多かったけれど、同じ施設で働く仲間のような身近な存在だった。
いつも訪れる常連客との楽しい会話、毎日の仕事は充実した日々。
あの日常に彼が戻ることは、もうない――。
瞼に明るさを感じ、ゆっくり目を開いた。そこに映るのは見慣れぬ天井。何度かゆっくり瞬きをして目を擦りながら、ぼんやり視線を漂わせた。
視界には白い天井が映り、窓際にはアイボリーのカーテンが風になびいている。外はまだ日が高そうだ。暖かく柔らかい風が、産毛まで揺らすように肌をなぞっていった。
手で触れた布は肌触りが良く、毎日洗濯されたような清潔な匂いがする。手首には厚みのない白いベルトが巻かれていて、指で触れると緑色に光った。
それから間もなく扉からノック音が響き、私はかすれた声で返事をした。
「目が覚めたか。サリダ」
室内に響いた高すぎず低すぎず、よく通る声。仕事ではないのかラフな生成りのシャツを着ていて、相変わらず六つのボタンの内、三つしか留まっていない適当な着衣。ボタンを留めるのが面倒臭いのなら、ボタンのない服を選べばいいのに、と時折思う。
彼はベッドの横に来ると、優しい眼差しを私に向けた。その笑顔には少し疲れのようなものが見える。
「丸二日間眠ってたんだ。随分とお寝坊さんだな」
「……ユーディスさん」
私はどうしたんだっけ。ラモントで仕事をしていたような。でもそれは夢だったような。まだ頭がはっきりとしない。
腕を上げれば人の何倍も重力を受けているような重さ。二日眠っていた間に、私の筋力はどこへ行ってしまったんだろう。
ひとまず体を動かしたくて、ゆっくりと重い体を起こす。ユーディスがすぐに背中に枕を挟んでくれて、私はヘッドボードに体を預けた。
「ここはウィスコールの救護室だ。ラモントにはしばらく休みをもらってるから心配いらない」
ユーディスは近くのテーブルに置いてあったボトルの蓋を取って、小さなグラスに透明の液体を注ぐ。それを私に手渡してくれた。
顔を近付けると何も匂わない。少し口に含むと水ではなく、塩分や糖分の入った何とも言えない、ぬるりとした舌触りと薬のような味。あまり味わいたいものではなく、すぐにコクリと飲み込んだ。
「気分はどうだ? 少し話せるか?」
「はい……大丈夫です」
「アスターは捕らえられ、治安警備隊の方で取り調べを受けている」
その言葉を聞いて、ようやく自分の身に何があったのかを理解する。あれは現実だった。改めて自覚し、暗然とした。
ユーディスは普段と変わらぬ様子で、私がここにいることを知っているのは、事件を捜査していた一部の人間だけだと話す。レオンにも話はしてあるという。
「……サリダ、あの時のことはどこまで覚えてる?」
あの時のこと。まだ少し霞がかかったような記憶を来た道を戻るようにたどった。
もう、一人ずつ言ってほしい。
二十人くらいの団体が入っていて、注文は途切れることがない。
『アスター! ランク六に昇格おめでとう!!』
ああ……これは二年前。
アスターのランクが上がったらしく、彼は仲間と共にラモントで昇格を祝っていた日だ。二十六歳でランク六にストレートで上がり、七に上がるのもすぐなんじゃないかと周りが口々に持てはやす。
『おうサリダ。今日は昇格したから一杯くらい奢ってやるよ』
『わ、ほんとに? ありがとう! それじゃ遠慮なく頂くわねー!』
奢りの酒ほど旨いものはない。店で五本の指に入る少し値段の張る酒を注いでくれたアスターから、小さなグラスを受け取り喜んで呷った。滅多に飲めない酒で、口に含んでゆっくり味わい堪能する。甘い果実の爽やかな香りと若酒最上の青冴え。本当に美味しくて頬が緩んだ。するとアスターは大きな目を更に大きくした。
『お前……もらい酒の時だけ可愛い顔すんなよ』
『え、なあに変な顔して。それ普段が可愛くないって言ってるようなもんですけど?』
『可愛いと思ってるから声かけてんだろ。ちっ、いつも無視しやがって……。サリダからお祝いはねえのー?』
『無視じゃなくてお誘いはお断りしてんのよ。客個人に特別なことはしません』
いつもどおりスッパリ返答すると、残念だったなーと大勢の仲間にからかわれ、アスターは舌打ちをする。
『あっそ。んじゃ今度ピアス買い替えるから、どんなのが似合うかアドバイスして!』
『んーピアスかあ……。アスターは青い瞳が奇麗だし、同じ色の石なら似合うんじゃない?』
『瞳が奇麗……!? あー、んじゃまあ、今度見てみるわっ』
アスターが青い石のピアスに買い替え、後日それを私に見せに来た時のことを今も覚えている。よく似合うと言えばアスターは嬉しそうに笑った。ただの社交辞令だったけれど、そんなことで喜んで可愛いところもあるんだと当時は思った。
いつも気軽に声をかけてきて、親しみを持って接してくれる彼の人柄は嫌いではなかった。私にとって彼は迷惑であることも多かったけれど、同じ施設で働く仲間のような身近な存在だった。
いつも訪れる常連客との楽しい会話、毎日の仕事は充実した日々。
あの日常に彼が戻ることは、もうない――。
瞼に明るさを感じ、ゆっくり目を開いた。そこに映るのは見慣れぬ天井。何度かゆっくり瞬きをして目を擦りながら、ぼんやり視線を漂わせた。
視界には白い天井が映り、窓際にはアイボリーのカーテンが風になびいている。外はまだ日が高そうだ。暖かく柔らかい風が、産毛まで揺らすように肌をなぞっていった。
手で触れた布は肌触りが良く、毎日洗濯されたような清潔な匂いがする。手首には厚みのない白いベルトが巻かれていて、指で触れると緑色に光った。
それから間もなく扉からノック音が響き、私はかすれた声で返事をした。
「目が覚めたか。サリダ」
室内に響いた高すぎず低すぎず、よく通る声。仕事ではないのかラフな生成りのシャツを着ていて、相変わらず六つのボタンの内、三つしか留まっていない適当な着衣。ボタンを留めるのが面倒臭いのなら、ボタンのない服を選べばいいのに、と時折思う。
彼はベッドの横に来ると、優しい眼差しを私に向けた。その笑顔には少し疲れのようなものが見える。
「丸二日間眠ってたんだ。随分とお寝坊さんだな」
「……ユーディスさん」
私はどうしたんだっけ。ラモントで仕事をしていたような。でもそれは夢だったような。まだ頭がはっきりとしない。
腕を上げれば人の何倍も重力を受けているような重さ。二日眠っていた間に、私の筋力はどこへ行ってしまったんだろう。
ひとまず体を動かしたくて、ゆっくりと重い体を起こす。ユーディスがすぐに背中に枕を挟んでくれて、私はヘッドボードに体を預けた。
「ここはウィスコールの救護室だ。ラモントにはしばらく休みをもらってるから心配いらない」
ユーディスは近くのテーブルに置いてあったボトルの蓋を取って、小さなグラスに透明の液体を注ぐ。それを私に手渡してくれた。
顔を近付けると何も匂わない。少し口に含むと水ではなく、塩分や糖分の入った何とも言えない、ぬるりとした舌触りと薬のような味。あまり味わいたいものではなく、すぐにコクリと飲み込んだ。
「気分はどうだ? 少し話せるか?」
「はい……大丈夫です」
「アスターは捕らえられ、治安警備隊の方で取り調べを受けている」
その言葉を聞いて、ようやく自分の身に何があったのかを理解する。あれは現実だった。改めて自覚し、暗然とした。
ユーディスは普段と変わらぬ様子で、私がここにいることを知っているのは、事件を捜査していた一部の人間だけだと話す。レオンにも話はしてあるという。
「……サリダ、あの時のことはどこまで覚えてる?」
あの時のこと。まだ少し霞がかかったような記憶を来た道を戻るようにたどった。
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