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第19話 エピローグ
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演奏会が大盛況に終わった翌週の土曜日。
今日も、もえぎ公園は多くの子どもでにぎわっていた。
「あ! ユウキにーちゃん、来たよ!」
ヒカルくんが、遠くから走ってくるユウキに大きく手をふる。
サッカーボールを片手に、そしてもう片方にはなにやら新聞のような紙を持ったユウキが、わたしと陽に持っている紙を突きつける。
「すげーな、おまえら! バイオリンがひけるなんて、聞いてないぞ!」
『幹本市地域新聞』と色つきで印字された紙を見ながら、ユウキが言う。
演奏が終わってから、なんとわたしたちの四重奏の演奏のことが地域の新聞にドンと表紙にのったのだ。地域新聞だからもちろん、市内に配られている。
その新聞がユウキたちに行きわたって、演奏会のことが知られてしまったらしい。
「じゃあ、センリの秘密の習い事って……」
「う、うん。……バイオリンなんだ」
今さらウソをつこうにも、それはむずかしい。
大きく顔写真と名前がのってしまっては、弁解のしようがないからだ。
すると、リョースケが新聞をパッとユウキから横取りした。
「あ! でもこれ、センリの名前、まちがってるじゃねーか!」
「本当だ、チサトってなってる」
リョウスケとケイが、まじまじと新聞を見て、わたしの名前を指さす。
「え、えっと……それは――」
わたしがためらっていると、トンと背中を軽くたたかれた。
となりにいる陽が、わたしを見て『が』『ん』『ば』『れ』と口の形を作って笑う。
――そうだ。言うって決めたじゃないか。
わたしは陽に応えるようにうなずくと、三人に向き合った。
「……ううん、合ってるよ。チサトで」
「え?」
「ぼくは――いや、わたしは佐藤千里っていうんだ。……今までウソついててごめん。実は、その……わ、わたし、女で……」
声がだんだんと小さくなって、声がふるえる。
でも、それでも、わたしは――。
「わ、わたし、サッカーが好きなの! だから、その、みんなとサッカーやりたい! ……です……」
――言い切った。
おそるおそる、ぎゅっとつむった目を少しずつひらいていく。
「なーんだ、そんなことかよ」
「―――へ?」
思わずひょうしぬけの声が出てしまった。
「最近、どうも気むずかしい顔してると思ったら、そんなことでなやんでたのか」
「……え? 気むずかしい顔ってどんな――いたっ!?」
バシッと、ユウキが指でわたしのおでこをはじく。
「今みたいな顔! みけんにしわ寄せて、オレと目を合わせようとしないし! ったく……きらわれたかと思っただろ!」
「これでもユウキのやつ、相当なやんでたんだぜ? センリになにかしたんじゃないかとか言って、オレたちに相談してきて――」
「うわ、バカ! やめろ!」
ユウキがはずかしそうに、ケイを何度もたたく。
そこにリョウスケがこそこそと、わたしに近づいて耳元で言う。
「それで、だいぶ先にはなるんだけど、ユウキが夏休みにやる恐竜博のチケットを取って、センリにあげれば喜ぶんじゃないかって提案したから――」
(……えっ!?)
リョウスケはポケットから『夏の恐竜博』と書かれたチケットを出して、わたしに差し出した。
「春休みのやつが人気だったから、夏休みにもやるんだって。七月だから、今度は予定あけておけよ!」
「……! うん!」
信じられない。夢みたいだ。
本当は夢なんじゃないか、と何度も思った。
でも、ちがう。これは現実だ。――泣くな。泣いちゃだめだ。
そのとき、強い風がふき、目にたまったなみだを乗せて遠くへと飛んでいく。
泣かないで。そう風が言って、なみだをふいてくれたみたいだった。
「ユウキ、リョウスケ、ケイ……ありがとう」
センリではなく、チサトとしての第一歩をふみ出した。
いや、ちがう。センリといっしょに、ふみ出したんだ。
これから先、なにがあっても、わたしはわたしとして生きていく。
受け入れてくれる友だちがいる。場所がある。だからわたしは、わたしでいられる。
「じゃあ、サッカーやろうぜ、チサト! 先に行くからな!」
「うん!」
ユウキたちが遠くへと走っていく。その後ろ姿を見ながら陽が口をひらいた。
「ほらな。おれの言ったとおりだろ?」
今日こそ本当の性別を打ち明けると陽に言ったとき、心配そうなわたしに彼はこう言ってくれた。
『あいつらは性別で人を判断するようなやつらじゃないから、だいじょうぶだろ。もし何か言われたらおれが言い返してやる』
本当だね、陽。気にしすぎていたわたしがバカみたい。
ユウキたちは『チサト』を受け入れてくれた。
たとえこの先、性別のことで、つまずくことやなやむことがたくさんあるかもしれない。それでもわたしは、わたしでありつづけると決めた。
その勇気をあと押ししてくれた菜々子に姫香ちゃん。それから――
「――陽、ありがとう。……わたし、陽に出会えてよかった!」
陽はおどろいたように顔を赤くすると、やさしくほほえんだ。
「……おれも――」
「おーい、そこ! サッカーはじめるぞ! チーム決めじゃんけんだ!」
遠くから、わたしたちを呼ぶ声が聞こえる。
「チサトねーちゃん、いこ!」
「わっ!?」
ヒカルくんは、ぐっとわたしのうでを引っぱると、一目散にユウキたちめがけて走り出した。
(本当、陽とヒカルくんはそっくりだね。……って、本人に言ったらおこられるか)
五月のまだ少しつめたい風がほおをかすめる。
でもそのつめたさは、陽とはじめて出会った三月下旬よりも暖かく、恐竜博がひかえている夏が待ち遠しいような気持ちになった。
Don't be afraid. Please just be yourself.
――おそれないで。あなたは、あなたのままでいいんだよ――
今日も、もえぎ公園は多くの子どもでにぎわっていた。
「あ! ユウキにーちゃん、来たよ!」
ヒカルくんが、遠くから走ってくるユウキに大きく手をふる。
サッカーボールを片手に、そしてもう片方にはなにやら新聞のような紙を持ったユウキが、わたしと陽に持っている紙を突きつける。
「すげーな、おまえら! バイオリンがひけるなんて、聞いてないぞ!」
『幹本市地域新聞』と色つきで印字された紙を見ながら、ユウキが言う。
演奏が終わってから、なんとわたしたちの四重奏の演奏のことが地域の新聞にドンと表紙にのったのだ。地域新聞だからもちろん、市内に配られている。
その新聞がユウキたちに行きわたって、演奏会のことが知られてしまったらしい。
「じゃあ、センリの秘密の習い事って……」
「う、うん。……バイオリンなんだ」
今さらウソをつこうにも、それはむずかしい。
大きく顔写真と名前がのってしまっては、弁解のしようがないからだ。
すると、リョースケが新聞をパッとユウキから横取りした。
「あ! でもこれ、センリの名前、まちがってるじゃねーか!」
「本当だ、チサトってなってる」
リョウスケとケイが、まじまじと新聞を見て、わたしの名前を指さす。
「え、えっと……それは――」
わたしがためらっていると、トンと背中を軽くたたかれた。
となりにいる陽が、わたしを見て『が』『ん』『ば』『れ』と口の形を作って笑う。
――そうだ。言うって決めたじゃないか。
わたしは陽に応えるようにうなずくと、三人に向き合った。
「……ううん、合ってるよ。チサトで」
「え?」
「ぼくは――いや、わたしは佐藤千里っていうんだ。……今までウソついててごめん。実は、その……わ、わたし、女で……」
声がだんだんと小さくなって、声がふるえる。
でも、それでも、わたしは――。
「わ、わたし、サッカーが好きなの! だから、その、みんなとサッカーやりたい! ……です……」
――言い切った。
おそるおそる、ぎゅっとつむった目を少しずつひらいていく。
「なーんだ、そんなことかよ」
「―――へ?」
思わずひょうしぬけの声が出てしまった。
「最近、どうも気むずかしい顔してると思ったら、そんなことでなやんでたのか」
「……え? 気むずかしい顔ってどんな――いたっ!?」
バシッと、ユウキが指でわたしのおでこをはじく。
「今みたいな顔! みけんにしわ寄せて、オレと目を合わせようとしないし! ったく……きらわれたかと思っただろ!」
「これでもユウキのやつ、相当なやんでたんだぜ? センリになにかしたんじゃないかとか言って、オレたちに相談してきて――」
「うわ、バカ! やめろ!」
ユウキがはずかしそうに、ケイを何度もたたく。
そこにリョウスケがこそこそと、わたしに近づいて耳元で言う。
「それで、だいぶ先にはなるんだけど、ユウキが夏休みにやる恐竜博のチケットを取って、センリにあげれば喜ぶんじゃないかって提案したから――」
(……えっ!?)
リョウスケはポケットから『夏の恐竜博』と書かれたチケットを出して、わたしに差し出した。
「春休みのやつが人気だったから、夏休みにもやるんだって。七月だから、今度は予定あけておけよ!」
「……! うん!」
信じられない。夢みたいだ。
本当は夢なんじゃないか、と何度も思った。
でも、ちがう。これは現実だ。――泣くな。泣いちゃだめだ。
そのとき、強い風がふき、目にたまったなみだを乗せて遠くへと飛んでいく。
泣かないで。そう風が言って、なみだをふいてくれたみたいだった。
「ユウキ、リョウスケ、ケイ……ありがとう」
センリではなく、チサトとしての第一歩をふみ出した。
いや、ちがう。センリといっしょに、ふみ出したんだ。
これから先、なにがあっても、わたしはわたしとして生きていく。
受け入れてくれる友だちがいる。場所がある。だからわたしは、わたしでいられる。
「じゃあ、サッカーやろうぜ、チサト! 先に行くからな!」
「うん!」
ユウキたちが遠くへと走っていく。その後ろ姿を見ながら陽が口をひらいた。
「ほらな。おれの言ったとおりだろ?」
今日こそ本当の性別を打ち明けると陽に言ったとき、心配そうなわたしに彼はこう言ってくれた。
『あいつらは性別で人を判断するようなやつらじゃないから、だいじょうぶだろ。もし何か言われたらおれが言い返してやる』
本当だね、陽。気にしすぎていたわたしがバカみたい。
ユウキたちは『チサト』を受け入れてくれた。
たとえこの先、性別のことで、つまずくことやなやむことがたくさんあるかもしれない。それでもわたしは、わたしでありつづけると決めた。
その勇気をあと押ししてくれた菜々子に姫香ちゃん。それから――
「――陽、ありがとう。……わたし、陽に出会えてよかった!」
陽はおどろいたように顔を赤くすると、やさしくほほえんだ。
「……おれも――」
「おーい、そこ! サッカーはじめるぞ! チーム決めじゃんけんだ!」
遠くから、わたしたちを呼ぶ声が聞こえる。
「チサトねーちゃん、いこ!」
「わっ!?」
ヒカルくんは、ぐっとわたしのうでを引っぱると、一目散にユウキたちめがけて走り出した。
(本当、陽とヒカルくんはそっくりだね。……って、本人に言ったらおこられるか)
五月のまだ少しつめたい風がほおをかすめる。
でもそのつめたさは、陽とはじめて出会った三月下旬よりも暖かく、恐竜博がひかえている夏が待ち遠しいような気持ちになった。
Don't be afraid. Please just be yourself.
――おそれないで。あなたは、あなたのままでいいんだよ――
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