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第10話 選抜
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「四重奏選抜?」
弦楽クラブで集まったみんなは、一同に声をそろえて言った。
真崎先生はうなずく。
「ええ。今年の発表会から、幹元小の演奏する時間が増えたのよ。だから、一つは希望者全員参加の演奏を。そしてもう一つは選抜メンバーで四重奏をしようと思って」
幹元小の弦楽クラブが、地域の人たちから好評なのだとか。
四重奏は、バイオリンが二人、ビオラが一人、チェロが一人の合計四人で演奏をする合奏(アンサンブル)のことをいう。
今年の春から演奏できる時間が少し長くなったと先生は言っていた。
わたしは発表会に出たことがないからわからないけど、幹元小は希望者全員で二曲を演奏しているらしい。そして今回は、選抜の四重奏をふくめると幹本小では合計、三曲を演奏することになる。
「先生。その選抜ですが、どのようにして決めるのです?」
姫香ちゃんが、するどい視線を真崎先生に送る。
「そうね。立候補制にしようかしら。人数が多ければ、そのときはまた考えるわ」
真崎先生がそう言うと、予想通り、姫香ちゃんは真っ先に手を挙げた。
「その四重奏。バイオリンで、わたくしが立候補いたしますわ。異論のあるかたはいらっしゃいます?」
しん、と静まり返る音楽室。
「決定ね」
姫香ちゃんは立ち上がると、黒板に自分の名前を書いた。
姫香ちゃんはおそらく、弦楽クラブの中でもバイオリンに関しては一番演奏がうまいと言われている。
その姫香ちゃんが四重奏のメンバーの一人となれば、当然演奏のハードルも上がる。
「他に出たい子はいるかしら」
真崎先生は、部員のみんなを見渡した。
でも、みんなは手を挙げる気配はないみたい。
わたしは先生と目が合わないように、ずっと下を向いていた。
「あら、部長の佐藤なんとかさんはチェロで出ないのかしら?」
姫香ちゃんは菜々子を見下すように言う。
「はあ? 冗談じゃない! なんであんたと四重奏をしなきゃいけないわけ!?」
菜々子が大きく舌打ちをした。
「あと、佐藤なんとかじゃなくて菜々子なんだけど!? 『な』しか合ってないんだけど!? いい加減、人の名前くらい覚えなさいよ!」
(あー……まずい。また不穏な空気に……)
それを聞いた姫香ちゃんは、口元をにやつかせた。
「まあ、チェロは四重奏でも、しょせん主旋律はひかない。つまりバイオリンの演奏を際立たせるための低音パートですものねぇ。バイオリン四人でもいい気がしますが、先生――」
「ちょっと! 聞き捨てならないわね!」
姫香ちゃんの言葉をさえぎるように、菜々子が立ち上がって言った。
「チェロは確かにバイオリンに比べればマイナーな楽器だけど、低音があって四重奏が成り立つのよ!?」
姫香ちゃんが菜々子の怒りスイッチを入れてしまったらしい。
菜々子は黒板前に立っている姫香ちゃんに詰め寄った。
「部長があたしになったのが気にくわないのか知らないけど、その上から目線の口の利き方をどうにかしなさいよ!」
「ちょっ、菜々子!」
思わず、わたしは声を上げてしまった。
菜々子が姫香ちゃんの胸ぐらをつかみそうになったからだ。
わたしは、あわててもめている二人を仲裁しようと立ち上がった。
「だ、だめだよ、菜々子。暴力は、よくないって――」
姫香ちゃんと菜々子には、わたしの声は聞こえていないようだった。
菜々子が胸ぐらをつかみそうになった手を姫香ちゃんが取り、二人は黒板の前で押し相撲のような体勢になる。
「それで、あなたは四重奏に出るのかしら。演奏技術はわたくしに比べて劣るけど、わたしくのバイオリンを引き立たせるのには、いい人選だと思ったのだけれど」
「ふっっっざけんなッ! だれが、あんたの演奏の手助けなんてするもんか!」
あわわわわわ……。ど、どうしよう。
あの殺伐とした二人の仲裁に入れる勇気は……とてもじゃないけど、ない。
「あら、いいのかしら? あなたがここで引き下がれば、チェロがバイオリンよりも劣っていることを認めることになるのよ?」
「……ッ!」
決定打だ。
菜々子はギリ、と歯ぎしりをすると、学校中に聞こえるんじゃないかと思うくらいの大きな声で姫香ちゃんに言った。
「この……ッ! やってやるよ!」
売られたケンカは買う。自分から負けを言わない。
菜々子のそんな性格を姫香ちゃんは知っていて言ったのだろうけど、菜々子を四重奏の一員にしたい姫香ちゃんの方が一段と上手だったみたい。
こうして、四重奏のメンバーが四人なのに対して、その半分である二人は決まった。
決まったのだけど……。
この相性が悪すぎる二人が同じグループにいることで、だれも立候補をしたがらないというのが本音なんじゃないかな……。
弦楽クラブで集まったみんなは、一同に声をそろえて言った。
真崎先生はうなずく。
「ええ。今年の発表会から、幹元小の演奏する時間が増えたのよ。だから、一つは希望者全員参加の演奏を。そしてもう一つは選抜メンバーで四重奏をしようと思って」
幹元小の弦楽クラブが、地域の人たちから好評なのだとか。
四重奏は、バイオリンが二人、ビオラが一人、チェロが一人の合計四人で演奏をする合奏(アンサンブル)のことをいう。
今年の春から演奏できる時間が少し長くなったと先生は言っていた。
わたしは発表会に出たことがないからわからないけど、幹元小は希望者全員で二曲を演奏しているらしい。そして今回は、選抜の四重奏をふくめると幹本小では合計、三曲を演奏することになる。
「先生。その選抜ですが、どのようにして決めるのです?」
姫香ちゃんが、するどい視線を真崎先生に送る。
「そうね。立候補制にしようかしら。人数が多ければ、そのときはまた考えるわ」
真崎先生がそう言うと、予想通り、姫香ちゃんは真っ先に手を挙げた。
「その四重奏。バイオリンで、わたくしが立候補いたしますわ。異論のあるかたはいらっしゃいます?」
しん、と静まり返る音楽室。
「決定ね」
姫香ちゃんは立ち上がると、黒板に自分の名前を書いた。
姫香ちゃんはおそらく、弦楽クラブの中でもバイオリンに関しては一番演奏がうまいと言われている。
その姫香ちゃんが四重奏のメンバーの一人となれば、当然演奏のハードルも上がる。
「他に出たい子はいるかしら」
真崎先生は、部員のみんなを見渡した。
でも、みんなは手を挙げる気配はないみたい。
わたしは先生と目が合わないように、ずっと下を向いていた。
「あら、部長の佐藤なんとかさんはチェロで出ないのかしら?」
姫香ちゃんは菜々子を見下すように言う。
「はあ? 冗談じゃない! なんであんたと四重奏をしなきゃいけないわけ!?」
菜々子が大きく舌打ちをした。
「あと、佐藤なんとかじゃなくて菜々子なんだけど!? 『な』しか合ってないんだけど!? いい加減、人の名前くらい覚えなさいよ!」
(あー……まずい。また不穏な空気に……)
それを聞いた姫香ちゃんは、口元をにやつかせた。
「まあ、チェロは四重奏でも、しょせん主旋律はひかない。つまりバイオリンの演奏を際立たせるための低音パートですものねぇ。バイオリン四人でもいい気がしますが、先生――」
「ちょっと! 聞き捨てならないわね!」
姫香ちゃんの言葉をさえぎるように、菜々子が立ち上がって言った。
「チェロは確かにバイオリンに比べればマイナーな楽器だけど、低音があって四重奏が成り立つのよ!?」
姫香ちゃんが菜々子の怒りスイッチを入れてしまったらしい。
菜々子は黒板前に立っている姫香ちゃんに詰め寄った。
「部長があたしになったのが気にくわないのか知らないけど、その上から目線の口の利き方をどうにかしなさいよ!」
「ちょっ、菜々子!」
思わず、わたしは声を上げてしまった。
菜々子が姫香ちゃんの胸ぐらをつかみそうになったからだ。
わたしは、あわててもめている二人を仲裁しようと立ち上がった。
「だ、だめだよ、菜々子。暴力は、よくないって――」
姫香ちゃんと菜々子には、わたしの声は聞こえていないようだった。
菜々子が胸ぐらをつかみそうになった手を姫香ちゃんが取り、二人は黒板の前で押し相撲のような体勢になる。
「それで、あなたは四重奏に出るのかしら。演奏技術はわたくしに比べて劣るけど、わたしくのバイオリンを引き立たせるのには、いい人選だと思ったのだけれど」
「ふっっっざけんなッ! だれが、あんたの演奏の手助けなんてするもんか!」
あわわわわわ……。ど、どうしよう。
あの殺伐とした二人の仲裁に入れる勇気は……とてもじゃないけど、ない。
「あら、いいのかしら? あなたがここで引き下がれば、チェロがバイオリンよりも劣っていることを認めることになるのよ?」
「……ッ!」
決定打だ。
菜々子はギリ、と歯ぎしりをすると、学校中に聞こえるんじゃないかと思うくらいの大きな声で姫香ちゃんに言った。
「この……ッ! やってやるよ!」
売られたケンカは買う。自分から負けを言わない。
菜々子のそんな性格を姫香ちゃんは知っていて言ったのだろうけど、菜々子を四重奏の一員にしたい姫香ちゃんの方が一段と上手だったみたい。
こうして、四重奏のメンバーが四人なのに対して、その半分である二人は決まった。
決まったのだけど……。
この相性が悪すぎる二人が同じグループにいることで、だれも立候補をしたがらないというのが本音なんじゃないかな……。
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