佐藤さんの四重奏

makoto

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第3話 再会

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 転校生が来る。
 五年生に進級した日。始業式は、その話題で持ちきりだった。
 わたしのクラスではなくて、となりの二組に来るらしい。
 その日は朝からクラスがさわがしく、女子たちは「かっこいい男子がいいな」と声をそろえて言っている。
「千里ちゃん、どうしたの? 具合悪いの?」
 前の席に座るユリカちゃんがふり向いて、わたしの顔をじっと見た。
「ううん。そんなことないよ」
 ユリカちゃんは察しがいいなぁ。わたしが顔に出やすいだけか。
「ねえ、それより千里ちゃんはどんな男の子がタイプなの?」
「へ?」
 想定外の質問に、思わず変な声が出てしまった。
「え、えっと……そうだなぁ……。ユリカちゃんは?」
「ん? わたしはもちろん、イケメンで、それから……足が速い人!」
「あー、いいよね。わたしも同じだよ」
「ふふ。千里ちゃん、わかってるぅ~」
 ユリカちゃんは笑いながら、ひじでわたしのかたをツン、とつついた。
 わたしも、それにつられて笑う。
(……ああ。またウソをついちゃった)
 わたしは心の声をおし殺して笑いつづけた。
 『同意』と『共感』。
 わたしが身につけた、学校生活を生き抜くすべだ。
 わたしが好きなものは、女の子から共感されにくい。
 「男の子みたい」と否定されて、仲間外れにされてしまった過去があるから、自分の意見を言うのがこわいのだ。
 そこで、わたしは思いついた。
 まず、人の意見を先に聞く。
 そして、その意見に対して「そうだよね~。わたしもそれ好きだよ!」と言えば、相手は同じものが好きな『仲間』として認めてくれる。
 ここで本音の「恋愛とか興味ないし、わからない」と言っていれば、ユリカちゃんにとって、わたしは敵となるだろう。
「えー。恋愛に興味ないとか、女の子らしくないねー」
 なんて言葉が返ってきたかもしれない。
 目の前で笑いながら話しかけてくれるユリカちゃんを見て、わたしはほっとした。
(はあ、よかった。今回も成功した……)
 つまり――人の意見に合わせることで、仲間外れにされることはないのだ。
「転校生がイケメンだったらいいのになぁ」
「あはは、そうだね」
 イケメンかどうかよりも、内心はちがう意味で心ぞうがバクバクだった。
 ――まさか、彼じゃないよな。
 いやいや、転校生がそもそも男子と決まったわけじゃないし。
 心の中でそんなことを自問自答をして、気をまぎらわせていた。
 学校でのわたしは、だれが見ても『ふつうの女の子』。
 お姉ちゃんからおさがりでもらった花のししゅうが入った水色のトップス。
 紺色のジーンズに、白色のくつした。
 短かいかみの毛は、前がみを水玉のピンでとめている。
 これが、わたしの精いっぱいの女の子。
 わたしが好きな服を着ると「男の子みたい」って、またいじめられてしまう。
 それがこわくて、わたしは学校では女の子を演じている。
 女の子なのに女の子を演じてるって、なんだか変な話だけどね。
 となりのクラスに転校生が来たのか、わたしのクラスの1組のみんなは一斉に立ち上がって、バタバタと二組に移動した。
 教室は、わたし以外だれもいなくなってしまった。
 わたしもろう下に出ると、二組の前にはあっという間に人だかりができていた。
 女子の中でも身長は高いほうだから、背のびをしなくても見えてしまった。
(…………!)
 黒板の前に立っている、見覚えのある彼が。
 ざわざわ。ひそひそ。
 みんなが声を小さくして、なにかを言い合っている理由がわかった。
 それが、良くないことというのも察した。
「見ろよ。あいつ、男なのにランドセルが赤だぜ」
 小さく言ったつもりなのだろうか。
 だれかの声が、わたしの耳につきささって心ぞうがズキリといたくなった。
 彼のランドセルは、わたしと同じ赤色だったのだ。
「佐藤陽です」
 教室にひびく声。――やっぱり、ヨウだ。
 わたしと同じ苗字だったんだ。
(どうしよう……。大変なことになっちゃった)
 『センリ』として接していた陽が『チサト』のいる学校へ来てしまったのだ。
 ふと、陽がわたしの方を向いたような気がした。
「……っ!」
 わたしは、とっさに身体をかくすようにかがめた。
 まずい、バレた!? いや、でも――。
 今は休日に男の子としてすごしている『センリ』とはちがう。
 ちゃんと女の子のかっこうもしているし、きっと彼もわからない……はずだ。
「あのー、どうして男なのにランドセルが赤なんですかぁ?」
 二組の男子が、クスクスと笑いながら陽に質問した。
 その笑い声は伝染して、他のクラスメイトもいっしょに笑っている。
(まずい……)
 「女の子のくせに」とさんざん悪口を言われたわたしにはわかる。
 悪口が、どれほど人を傷つけるか。
 自分のことじゃないのに、思わず耳をふさぎたくなった。
 でも、彼は顔色一つ変えなかった。そして一言。
「赤が好きだからです」
 そう言った瞬間、周りをとりまいていたザワザワ音が、ピタリと止んだ。
『え? 男だって楽器やるだろ』
 わたしが口をすべらせた、あの日と同じ表情だった。
 そういえば、あの日も彼は赤いパーカーを着ていたっけ。
「……」
 わたしは、その様子をぼう立ちになって見ていた。 
 しばらくの間、時間が止まったように、だれも動かなかった。
 彼は何事もなかったかのように、先生に案内された席へと着くと、赤いランドセルをつくえの横にかけた。
「千里ちゃん、どうしたの!? なんで泣いてるの?」
「……え?」
 クラスメイトに声をかけられるまで、わたしは自分が泣いていることにすら気づかなかった。
 ただ静かに、ほおを一筋のなみだが流れていった。
 どうして泣いているのか、わからないまま――。
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