Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「ベルナール様、もしやお体の具合が悪いのでしょうか?」
「え?」

公爵邸の自室。夕食を終え、湯浴みの準備を頼んだ家令から返ってきた言葉に、心臓が跳ねた。

「いや、特に不調はないが…」
「左様でございますか? お顔が赤いようですが…」
「ああ、ワインを飲んだからかな。少し酔ってるだけだから、大丈夫だよ」
「ならば良いのですが…」

心配そうな表情の家令に、チクチクと良心が痛む。ワインなど一口も飲んでいない。勿論、体調不良でもない。
それとは異なる意味で紅潮した頬は、ルノーと別れた後からずっと燻り続けている熱が原因だった。

「お気をつけてご入浴なさって下さいませ」
「ああ、ありがとう」

「何かあれば、ベルを鳴らしてお呼び下さい」そう言って退室する家令を見送ると、詰めていた息を吐き出した。
気遣いと優しさが苦しい…申し訳なさに背を丸めながら、内心では一人で湯浴みすることに慣れていて良かった、と心底ホッとしていた。

(今は、なるべく体を刺激したくない…)

さっさと湯浴みを済ませ、早く寝てしまおう…もう一度深呼吸をすると、緩慢な動きで浴室へと向かった。



「それでは、明日の十一時にまたお迎えに上がります」
「うん…」

侯爵邸の前、先ほどまでの雄の顔が嘘のように爽やかな笑みを浮かべるルノーの言葉に、なんとか返事をする。
エスコートのため、わざわざ馬車から降りて右手を差し出す姿は紳士的で、一連の出来事が幻だったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

「明日まで、エッチなことは我慢しましょうね?」
「……うん」

いや、やはり幻ではなかった。
瞳を細めて笑う彼にコクリと頷けば、エスコートの為に重ねていた指先に、リップ音と共に口づけを受けた。

「ルッ…!?」

ここは馬車の中ではない。使用人達は勿論、他の誰かの目に触れるかもしれない状況での触れ合いにギョッとするも、それが嫌ではないのだから困る。
やんわりと握られたままの手を離すこともできず、熱くなる頬にそっと視線を下げれば、覗き込むようにこちらを見上げるルノーと視線が絡んだ。

「…勝手にエッチなことをしたら、お仕置きですよ?」

声を潜めて呟かれたその一言で、落ち着き始めていた熱は簡単にぶり返し、ふるりと身が震えた。
自分の体を、自分以外の誰かに支配される───言葉にし難いほどの羞恥は、ひどく心地良く体と心を拘束した。



「ふぅ……」

湯浴みを済ませ、夜着に着替えると、倒れるようにベッドに突っ伏した。
幸い、肉体の昂りは時間と共に緩やかに鎮み、今は落ち着いている。ただそれは表面上のものであって、体の奥ではじくりと疼くような熱が延々と燻り続けていた。
ウズウズするような、そわそわするような、快感とも呼べない何かが血液と共に全身を巡っている感覚に、小さく息を吐く。

(…早く寝てしまおう)

このまま起きているのはまずい。本能的に察すると、布団の中に潜り込んだ。



(……眠れない)

ベッドに横たわってから早二時間。一向に訪れない眠気に悶々としたまま寝返りを打った。
トクトクと脈打つ心臓の音が妙に大きく聞こえるのは、室内の静けさのせいか…落ち着かなさから上体を起こすと、ベッドの上に座り込んだ。

「はぁ…」

明日のことを考えれば考えるほど、目が冴えてしまう。それと同時に、馬車での出来事も思い出してしまい、触れてもいない胸の突起がその存在を主張し始め、落ち着かなさに拍車を掛けた。
見なくても、触れなくても分かる。服の下で僅かに芯を持ち始めたそれに、羞恥から背を丸めた。

(こんなこと、今までなかったのに…)

そもそもルノーに弄られるまで、そこで快感を得ることすら知らなかったのだ。
肉体の一部、それ以外でもそれ以下でもなかったはずなのに、たった二回の性的な刺激でどうしてここまで敏感になってしまったのか、不思議でしょうがなかった。

(ルゥくんが、触ったから…?)

彼に、好きな人に触られたから、こんなにもいやらしい体になってしまったのだろうか?
そう考えるだけで、顔が熱くなり…と、そこでふと別の考えが浮かんだ。

(…ルゥくんが触るから、気持ち良いんだろうか…?)

好奇心とすら呼べない素朴な疑問。チラリと胸元に視線を落とすと、服で隠れている両胸の突起の位置を確認する。
『エッチなこと』をしているつもりは欠片もなかった。ただの確認目的。その気持ちだけで、指先をそろりと胸に伸ばした。
意図的に自身の乳頭に触れる恥ずかしさを堪え、服の上からゆっくりと胸の突起に触れると、指の腹でふにりと潰した。

「……あれ?」

何も感じない。
小さな肉の粒の感触が指先から伝わるが、ただそれだけ。先ほどまで感じていた擽ったさまで消えてしまったことに、拍子抜けする。
やはりルノーが触るから気持ち良いのか…ホッとしたような、嬉しいような、不思議な高揚感にドキドキと胸が鳴る中、思い浮かべるのは愛しい人で、思考は徐々に彼の色に染まっていった。
明日はルノーの屋敷で、二人きりで過ごす。そこでどんなことをするのか…ふと意識がそちらに向いた瞬間、馬車の中での出来事が再び脳内で蘇り、体が火照った。

咥内を貪るような荒々しいキスと、胸の上を滑ったひやりとした手の平。
冷たい指先に反して、乳頭を舐め上げた舌は火傷してしまいそうなほど熱く、柔らかで───…

「っ…」

驚くほど鮮明に思い出した乳首を舐められる感覚に、そこに手を添えたままだった指の下で、粒が固くなったのが分かった。
ドキドキと鳴り始めた臓器の上、覚えたての欲をなぞるように、指先が勝手に動き、表面の突起をゆっくりと撫でた。

「ぁっ……」

刹那、固くなった肉にどこまでも淡い痺れが走り、小さく声が漏れ───瞬間的に湧いた罪の意識に大きく息を呑むと、慌てて胸から手を離した。

(今……なにをした…?)

胸に走ったのは紛れもない快感だった。確認目的だった行為が胸を慰める行為に変わってしまったことに、ドクドクと心臓が騒ぎ始める。

『勝手にエッチなことしたら、お仕置きですよ』

頭の中に響いたルノーの声から逃げるように、慌てて布団の中に潜り込むと、身を隠すように体を丸めた。

(どうしよう…!)

言い付けを破ってしまった───泣きたくなるほど恥ずかしいのに、いけないことをしてしまったのに、高鳴る胸は馬鹿正直に、未来の『お仕置き』を期待していた。




「おはようございます、ベルナール様」
「……おはよう、メリアくん」

翌朝、侯爵邸まで迎えに来たルノーの眩しいほどの笑顔を正面から浴びながら、しぱしぱと目を瞬いた。
結局、昨日はなかなか寝付けず、眠りに落ちたのは夜明け前のことだった。目覚めたのは約束の一時間前。慌てて飛び起きると、軽く湯浴みを済ませ、バタバタと身支度を整えてルノーを出迎えた。

「今日のお召し物も、とてもお似合いでいらっしゃいますよ」
「…ありがとう」

今日の服も、いや今日に限らず、あの日から身に着ける服はすべてルノーから贈られた物だが、彼は毎日服装を褒めてくれる。
嬉しそうに笑む彼につられ、自分も笑い返せば、エスコートの手を差し出された。

「参りましょう」
「うん」

前回と変わらず、背後には見送りの為に家令と侍女が控えていたが、今日はもう迷うことも、躊躇うこともなかった。

「行ってくる」
「いってらっしゃいませ、ベルナール様」

穏やかに見送られ、ルノーと共に馬車に乗り込む。やがて走り出した馬車の中、落ち着かなさから繋いだままの手をきゅっと握れば、ルノーが首を傾げるようにしてこちらを見つめた。

「ベル?」

二人きりになると即座に呼び名を変えるルノーにどこか感心しながら、膝の上に置いた手を握り締め、もごもごと口に開く。

「えっと、ルゥくん…」
「はい」
「そ、その……」

言い付けを破り、エッチなことをしてしまった…昨夜のことを伝えなければいけないのに、どう切り出せばいいのか分からず、まごついた。
視線が泳ぐ中、それだけで何か察したのか、頬を緩めたルノーが座っていた距離を詰め、ぴったりと体がくっつくように座り直した。
重ねていただけの手は指先は絡め取られ、互いの体がより密着する。

「あ…」
「お話は屋敷に着いてから聞きますね。…それまで、我慢ですよ」
「っ…!」

言わずともバレている。
あまりの恥ずかしさに、目の奥がじんわりと熱くなるも、今の自分には唇を結び、小さく頷くことしかできなかった。


メリア家の屋敷に着いてすぐ、彼に手を取られ、屋敷の中を進んだ。出迎えの使用人はおろか、屋敷内に人の気配がしないことを気にしつつ、手を引かれるまま彼の後について行けば、先日訪れたばかりのルノーの部屋に通された。
バタン!と勢いよく閉じられた扉に驚くも、彼の歩みは止まらず、そのままベッドの前まで連れていかれる。
その存在にドキリとしたのとほぼ同時に、ルノーが足を止めた。

「……ベル。以前言いましたよね。僕は、ただ本能の欲を満たす為だけに、貴方を求めたのではないと」
「…? うん」

突如告げられた言葉にキョトリとしつつ、次の言葉を待てば、こちらを振り返った彼と視線が絡んだ。

「何気ない会話も、共にとる食事も、手を繋ぎ、ただ隣にいるだけの時間も、全部狂おしいほどに愛しています。僕は貴方と過ごすどんな時間も、すべて大切にしたい。その気持ちはずっと変わりません」

射抜くように見つめられ、ルノーの瞳から目を逸らせない。
突然の告白に、体が熱くなるのを感じながら彼を見つめ返せば、金色の瞳が僅かに色を変えた。

「でも今は、他のことを考えられない。欲を抑えられそうにありません。……ごめんなさい」
「あ…」

言葉と共に腰を引き寄せられ、キツく抱き締められた。

(…ちゃんと知ってるのに…)

どんな時でも、ルノーに深く愛されていると知っている。
彼が肉欲を満たしたいが為だけに、この身を求めている訳ではないことも、既に骨身に染みている。
それは彼も分かってるはずなのに、それでも謝罪の言葉を口にしたのは、一欠片でもそんな風に思われたくないからだろう。
不安と興奮を綯い交ぜにしたルノーの顔は、どこかあどけなくて、いつもは大人びて見える彼が、堪らなく愛らしく見えた。

(ああ、本当に…)

なんて愛しいのだろう───自然と頬が綻ぶまま、白い頬を両手で包み、身を屈めると、少女のそれのように淡く色づいた唇にキスをした。
ただ触れるだけの口づけをして離れれば、目を真ん丸にしたルノーの顔が視界いっぱいに映った。

「……初めて…」
「ん?」
「初めて…ベルからキスをしてくれましたね」

そう言われ、ようやく自分もその事実に気づく。

「し、したいな、と思って…」
「嬉しいです。どうぞ、たくさんして下さい」

遅れてやってきた照れから視線を逸らせば、蕩けるような微笑みが返ってきて、胸がきゅうっと鳴いた。
Domとしての命令ではなく、恋しい人からの口づけを求めるルノーに請われるまま、もう一度ゆっくりとキスをする。
触れては離れ、離れては触れ、短いキスを何度も何度も繰り返した。
次第に触れ合う時間は長くなり、唇と唇の間に生まれる隙間を嫌がるように、ぴたりと重なったまま、離れなくなった。

「ふ……ん…っ」

濃厚なものに変わった口づけはまだ慣れなくて、すぐに息苦しくなる。それでも懸命に彼の舌に自身の舌を絡めれば、褒めるように腰に回った手に臀部を撫でられた。

「んぅっ!? …ふはっ!」

突然のことに驚きから口を離せば、舌先からたらりと唾液が垂れ、慌てて口元を拭った。

「ご、ごめん…!」
「ふふ、驚かせてしまいましたね」

唇をしっとりと湿らせたまま笑うルノーにドキリとしながら、もう一度両手で彼の頬を包むと、まっすぐその目を見つめた。

「…ちゃんと、分かってるから、抑えなくていいよ」
「…ベル?」
「いけないこと、しちゃったから…、いっぱい、お仕置きしていいよ?」

ドキドキしながら彼を求めれば、ルノーが驚いたように目を見開き、緩やかに表情を変えていった。

「ベル、まだ僕から、『お話しして』と言っていないですよ?」
「あ」

そういえば、「我慢ですよ」と言われていた。
うっかり言ってしまったことに声を漏らせば、ルノーが苦笑しながら抱き寄せていた腕を解いた。

「ベルは素直で良い子ですね。でも、どんないけないことをしてしまったのか、きちんと教えて下さいね」

言葉と共に、ルノーが傍らのベッドに腰掛けた。
瞬間、次にどんな言葉が発せられるのか瞬時に悟った体が、ピクリと揺れた。


「───Kneelおすわり


「ッ…!」

その一言は強烈なほどに甘く、腰から力が入らなくなった体は、カクンと落ちるようにその場に座り込んだ。

「ベル、大丈夫ですか?」
「う、うん…」

人生で二度目の『Kneel』に、ぞわぞわと肌が粟立つ。
ルノーの両足の間、トクトクと鳴る心臓を押さえたままへたり込んでいると、頬に手を添えられ、優しい力で顔を上向きにされた。

「上手におすわりできました。良い子ですね」
「ん…」

褒められた。ただそれだけで、ゾクゾクとした悦びが背筋を走るも、今は喜んでばかりもいられない。

「ベル、いけないことをしてしまったんですか?」
「……うん」
「どんなことをしてしまったんです?」
「その……エッチな、ことを…」
「おちんちん弄っちゃったんですか?」
「ち、ちが…!」
「じゃあ、どんなエッチなことしちゃったんですか?」
「そ、その……」
「うん」
「……ち、乳首…触っちゃ…」
「…乳首でオナニーしちゃったんですか?」
「オ…!? そ、そうじゃなくて…!」

あけすけな言い方に顔を熱くしたまま、ふるふると首を横に振れば、クスリと笑う声が鼓膜を揺らした。

「でも、乳首弄っちゃったんですよね?」
「……うん」
「ダメって言ったのに、エッチなことしちゃったんですね?」
「……ん」
「ベルは悪い子ですね」
「ご、ごめんなさい…っ」
「いいえ、許しません」
「ッ…」

キッパリと言われ、思わず怯むも、ルノーの表情は柔らかなままで、そこに怒気は含まれていなかった。

「ベル、悪いことをしたら、なんて言うんでしたっけ? 昨日、教えてあげましたよね」

ルノーの指先が、唇の表面を擽るように撫でた。

「上手に言えますよね?」

愛らしい顔で、優しい声で、柔らかな微笑みで、重く深く『言え』と命令され、腹の底でじゅわりと何かが滲むような快感が広がった。

「ル、くん…」
「はい」
「私、に…、言い付けを守れなかった、悪い子に…お仕置きして下さい…!」

吸い込まれそうな瞳を見つめながら声を振り絞れば、満月のようなそれがゆらりと揺らめいた。


good boy良い子。それじゃあ、、悪い子にお仕置きをしてあげましょうね」


どこまでも嬉しそうに微笑む彼は、花のように可憐で、狼のように美しかった。
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