Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「ごぼっ! ゲホッ…ゴッホ…!」
「……大丈夫ですか?」

質問と同時に激しく咽せ込んだオードリックに、一応声を掛ける。正直そのような反応をされると思っていなかったので、少しばかり面食らってしまった。

「おま"…っ、ん"んっ! お前なぁ…!」
「…そんなにおかしいことを言いましたか?」
「おかし…いや、いやいやお前……はぁ…、初めて聞かれたぞ、そんなこと」
「……おかしなことをお聞きして、申し訳ございません」
「別に謝ることじゃないが……まぁ、ベルの場合、経験が無いんじゃ知りようもないか」

「やれやれ」と言うように深く背凭れに寄り掛かるオードリックの言葉に、無言で肯定の意を伝えた。


オードリックも、以前はよく縁談の話を持ってきた。
跡継ぎにも関わらず、婚約者の話すら出ない自分を案じ、慮ってのことだったが、何度やめてくれと思ったか分からなかった。
最初の頃は父に任せていますので…という返事で逃げ切れたが、徐々にその言い訳も苦しくなり、更には父に直接話が行くようになってしまった。
まさか侯爵家の跡継ぎ問題は既に話がまとまっているとも言えず、父も困ったことだろう。なるべく弟と弟の子に迷惑が掛からないように、養子縁組を組むまでは、その件については周囲に黙っていようという話になっていたのだ。
その上で、ダイナミクス性に馴染めず、人を遠ざけ、誰かを愛することを恐れていた自分の秘密や胸の内を明かす訳にもいかず、当時は相当のストレスが溜まっていた。

それがいよいよ爆発したのは例のパレード直後のことだった。
山ほど舞い込む縁談と周囲の視線に、心身共に疲弊し、精神的に不安定になっていたところにオードリックから笑顔で「有名人だな、英雄様!」と言われ、理性がプツリと切れてしまったのだ。

『いい加減にしてくれっ!! なりたくてなったんじゃない!! 縁談も何もかも…っ、もううんざりだ…!!』

王太子相手に声を荒げるなど、不敬もいいところだが、この時の自分にはそんなことを気にする余裕など無かった。
茫然とするオードリックをその場に残し、帰路に着き、何もかもが嫌になって部屋に引き篭もった。
いっそ不敬罪で罰してくれれば、『英雄』の幻想も消え失せるだろうに…何が辛いのかも分からないのに涙が流れ、精神的に酷く参っていた。
だがそうしていた所にオードリックが訪れ、家の者達もいる前で深々と頭を下げた。

『お前の負担になってるとも知らず、今まですまなかった』

国王として、既に即位することが決まっている王太子が、臣下に対し軽々しく頭を下げるべきではない。父も弟も慌てふためき、自らも謝罪は不要だと伝えた上で、非礼を詫びた。
だがオードリックは自分の言を責めるでもなく、ただ真っ直ぐに謝罪を重ね、そうして溜まり溜まっていた鬱屈とした気持ちと、その根源である自身のSub性について、話を聞いてくれた。

ポツリ、ポツリと語る中、オードリックはただ黙って聞いてくれた。
Sub性に驚くこともなく、幼少期に母から受けた否定の言葉に怒るでもなく、誰かを愛することに対し怯えてしまう己を笑うでもなく、ただ静かに話を聞いてくれた。
そうして話し続け、真夜中も過ぎた頃、ようやく語り終えた頃には、圧迫されていたような胸は、随分と軽くなっていた。

『……そうか。分かった』

オードリックからの返事は簡潔なものだった。だが自分の気持ちを肯定し、否定されなかったことが嬉しくて、感謝の念と共に、ただひたすらに泣いた。
それからは、オードリックは家族やメルヴィル以外で、唯一自身のSub性や、侯爵家の内情を知っている者として、友人としてもより深い付き合いとなった。


そんな彼なので、自分が恋愛未経験者であり、そもそもそういったものに対しての知識も免疫も全く無いことを知っている。
だからこそ思い切って聞いてみたのだが、半ば呆れられてしまったことに僅かに落ち込んだ。

「聞ける相手が、陛下しかいなかったので…」
「落ち込むなよ。悪かったって。恋……恋ねぇ…」

「う~ん」と悩み始めてしまったオードリックに、やはりおかしなことを聞いてしまったな…と、己の発言を反省しながら紅茶に口を付けた。

「…というか、わざわざそれを聞くってことは、なんだ? 誰かに告白でもされたか?」
「んぐふっ」

よもやの切り返しに、思わず咽せる。ゲホゲホと咳込みながらオードリックを見返せば、その口元がにんまりと笑っていた。

「なっ…、ゲホッ…」
「その反応は正解だな。珍しいな、縁談話ではなく告白とは……返事に困っているのか?」

全てを言わなくても全部お見通しの友人に、ぐぅ…と唸りつつ、観念してこっくりと頷いた。

「…その…まぁ、そうです。どのように…その、返事をすべきか、困っていまして…」
「はぁ……それで、相手の気持ちを知りたいと?」
「え…? いいえ、相手の気持ちは……その、好意的であることは、充分に理解しておりますので…」
「じゃあ、恋とはなんでしょう、ていうのはどういう意味だ?」
「…どういう…?」
「断るだけなら別に知る必要もないだろう?」
「……断る…?」

オードリックのその発言に、妙な引っ掛かりを覚える。それがそのまま顔に出ていたのか、今度はオードリックが首を傾げた。

「なんだ。断る前に、相手の気持ちを理解したいって話じゃないのか?」
「いえ、そういう、訳では……」
「……断るつもりなんだろう?」
「……えっと…」

改めて問われ、自分の中の矛盾に気づき、思考が固まった。

(あれ……? 私は、返事に困っていて……)

そう、メリアの告白に
だがオードリックに「断るつもりなんだろう」と問われた時、反射的に「そんなつもりは無い」と思った自分がいて、驚いたのだ。

(あ、あれ…? でも…だって…)

だがしかし、彼の告白を断らないということは、つまり受け入れるということで───それはそれで驚き、狼狽える自分がいるのだ。

(え……え? なんで…)

言葉に詰まり、固まったまま一点を見つめていると、オードリックが軽く溜め息を吐いた。

「…相手からの告白は嬉しかったか?」
「え……ぅ…嬉しかった…ですけど…」
「相手とどういう関係かは知らんが、お前が告白を断れば、今までと同じような仲ではいられないぞ」
「え……」
「それは嫌か?」
「……は、い」
「悲しいか?」
「……はい…」
「それは、その相手と離れたくないという思いがあるからじゃないのか?」
「───」

その言葉に、いつかメリアと気まずくなってしまった日のことを思い出し、息を呑んだ。

怒らせてしまったかもしれない。
嫌われてしまったかもしれない。
もし嫌われてしまったなら、彼から離れなければいけない───それを『悲しい』『寂しい』と憂い、落ち込んだ自分がいた。

あの時は、どうしてこんなに切なくなるのだろうと、不思議でならなかったが、もしあの気持ちが『恋しい』と想う感情から生まれているのだとしたら───…

「……ッ!」

瞬間、ドキリと跳ねた心臓は、そのまま落ち着くこともなく、ドクドクと大きく脈打ち続けた。
徐々に上がっていく体温に喉の奥が妙に渇き、視線が彷徨った。

(え……え…、い、いやでも…っ)

それでも自分の感情が信じられず、ふるりと頭を振るも、それに追い討ちをかけるように、オードリックの声が響いた。


「相手の好意を断るつもりがないということは、お前自身、相手を好いているということだ。…自覚がないのかもしれんが、ベルはもうその者に『恋』をしているんじゃないのか?」


「好きなんだろう?」そう言われ、ただただ返答に窮し、熱くなった顔を隠すために、俯くことしかできなかった。
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