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「ルノー・メリアと申します。若輩者ではございますが、精一杯尽力して参ります。皆様ご指導のほど、何卒よろしくお願い致します」
昼休憩を挟み、皆が揃ったところで新人の紹介があった。
多くの者が居並ぶ中、堂々と、だが実に柔らかな表情でほわりと微笑む姿に、誰かが「ほぅ…」と感嘆の溜め息を零した。
(…可愛らしい子だな)
ルノー・メリア───彼に抱いた第一印象はそれだった。
見るからに柔らかそうなミルクティー色の髪の毛と、明るい月を思わせるような金色の瞳は、それだけで甘やかな印象を受けた。
ぱっちりと大きな瞳を縁取る睫毛は長く、柔和に微笑む唇は瑞々しく、整った顔立ちと色白の肌も相まって、まるで愛くるしい人形のようだった。
とはいえ骨格は男性のそれで、決して少女のような可憐さはないのだが、それでも真っ先に『可愛らしい』という感想を抱いた。
成人男性相手に失礼かもしれないが、チラリと周りを見渡せば、恐らく皆も似たような感想を抱いているのだろうことが手に取るように分かった。
「よろしくね、メリアくん」
「よろしくお願い致します、フラメル財務長」
傍らで和やかに挨拶を交わす二人を見つめていると、彼が体ごと向きを変え、こちらを向いた。
「よろしくお願い致します、アルマンディン様」
「…、…ああ、よろしく」
身長差がある分、自然とこちらは彼を見下ろし、彼は自分を見上げる形になるのだが、微笑む金色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、少しばかり狼狽えた。
(ちゃんと、目を見て話す子なんだな)
驚きのような感情に、心臓がトクトクと鳴っている間に、フラメルの朗らかな声が室内に響き渡った。
「メリアくんは今年学園を卒業したばかりの新人くんだ。初仕事で戸惑うこともあるだろう。皆には自分が成人したばかりの頃を思い出して、若い芽を伸ばす為の手助けをしてほしい。年の離れた弟や息子の成長を見守る気持ちで、色々教えてあげておくれ」
ニコニコといつもと変わらぬ様子でフラメルが語りかければ、皆口々に了承の返事を返し、メリアの挨拶は終わった。
「それじゃあ、午後の仕事を始めようか。ベルナールくん、後はお願いね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「いってきま~す」
軽やかな足取りで部屋を出て行くフラメルの背を見送ると、傍らに佇むメリアに向き直った。
「メリアくん、まずは一通り部署の中や棟内を案内して、それから仕事の説明をしたいと思うんだが、いいかな?」
「はい」
「うん、それじゃあ行こうか」
「……アルマンディン様が、ご案内して下さるのですか?」
キョトリとした表情の彼に目を細めつつ、コクリと頷いた。
「新人の初日の案内は、財務長がする決まりなんだ。今日はフラメル様がいらっしゃらないから、私が代役だけどね」
流石に日々の教育や指導は他の者に任せるしかないが、だからこそ初日の案内だけは、新人との交流を深めるための一環として、父の前の代から長の仕事として決まったのだそうだ。
各部署の長や副長が新人の案内をするなど、なかなかないことなのだろうな、とメリアの驚いた表情を見て察する。
「フラメル様のように、上手くはできないと思うんだが…分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ふんわりと微笑むメリアにホッと肩の力を抜くと、部屋の中から案内すべく、並んで歩き出した。
「こっちが資料室で、手前から奥に向かうほど年号が古い。持ち出す時はこちらに記帳して───」
それなりの広さがある部署を端から端まで周りつつ、所々で説明を挟んでいく。
メリアは真剣な表情で相槌を打ちながら、時たま質問を投げかけてくれた。黙って聞いてるだけということもできただろうに、あえて質問をしてくるのは、上司である私の顔を立ててくれているのだろうと思うと、居た堪れない気持ちになった。
(気を遣わせてしまっているな…)
筋肉質で上背のある体は190cm弱ある。隣を歩くメリアの頭が肩より少し上にあることを考えても、見下ろされた時の威圧感はそれなりにあるだろう。
流石に財務部のメンバーはもう慣れたもので、怖がられることもないが、初対面となれば話は別だ。
マルクに「黙っていると怖い」と言われた顔も健在で、その気がなくとも相手を萎縮させてしまう。
メリアもさぞ居心地が悪いだろう、と説明はなるべく簡潔に済ませ、早く案内を終わらせようとしたのだが…
「アルマンディン様、あちらに置いてある書籍はなんでしょう?」
「こちらのお部屋はなんですか?」
「アルマンディン様、大変申し訳ございません。少しだけ歩くペースを落として頂いてもよろしいでしょうか?」
要所要所の説明だけに留めるつもりが、メリアからの質問は細かく、そのたびに足を止めた。
その分、気持ちが急いて、無意識の内に歩みが速くなれば、申し訳なさそうにメリアに指摘されハッとした。
「…すまない。言いにくいことを言わせてしまったな」
「いいえ、どうしても歩幅が合いませんから…失礼致しました」
「いや、言ってくれてありがとう」
まさか、歩幅の違いではないとは言えない。
観念してゆったりとした歩みに切り替えれば、メリアがホッと表情を和らげた後、僅かに眉を下げた。
「お忙しい中、時間を割いて下さり、ありがとうございます。…もし、お急ぎのようであれば、気にせず仰って下さいませ。分からないことがあれば、改めてどなたかに伺いますので…」
「いや、私のことは気にしなくていい。…君の案内役を務めるのが、今の私の仕事だ。何か気になることがあれば、なんでも聞いてくれ」
一瞬「案内役を他の者に代わってほしいのだろうか」という邪推が過ったが、まるで本当に惜しむようなメリアの表情に、気づけば思ったままを口にしていた。
「…ありがとうございます。嬉しいです、アルマンディン様」
嬉しいです───その言葉の意味がよく分からず、目を丸くするも、金色の瞳を輝かせて微笑むメリアは本当に嬉しそうで、その表情に少しばかりドキリとした。
(…本当に、可愛らしい子だ)
年上ばかりの部署で、きっと皆に可愛がられることだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、案内を再開すべく、二人並んでゆっくりと歩き出した。
昼休憩を挟み、皆が揃ったところで新人の紹介があった。
多くの者が居並ぶ中、堂々と、だが実に柔らかな表情でほわりと微笑む姿に、誰かが「ほぅ…」と感嘆の溜め息を零した。
(…可愛らしい子だな)
ルノー・メリア───彼に抱いた第一印象はそれだった。
見るからに柔らかそうなミルクティー色の髪の毛と、明るい月を思わせるような金色の瞳は、それだけで甘やかな印象を受けた。
ぱっちりと大きな瞳を縁取る睫毛は長く、柔和に微笑む唇は瑞々しく、整った顔立ちと色白の肌も相まって、まるで愛くるしい人形のようだった。
とはいえ骨格は男性のそれで、決して少女のような可憐さはないのだが、それでも真っ先に『可愛らしい』という感想を抱いた。
成人男性相手に失礼かもしれないが、チラリと周りを見渡せば、恐らく皆も似たような感想を抱いているのだろうことが手に取るように分かった。
「よろしくね、メリアくん」
「よろしくお願い致します、フラメル財務長」
傍らで和やかに挨拶を交わす二人を見つめていると、彼が体ごと向きを変え、こちらを向いた。
「よろしくお願い致します、アルマンディン様」
「…、…ああ、よろしく」
身長差がある分、自然とこちらは彼を見下ろし、彼は自分を見上げる形になるのだが、微笑む金色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、少しばかり狼狽えた。
(ちゃんと、目を見て話す子なんだな)
驚きのような感情に、心臓がトクトクと鳴っている間に、フラメルの朗らかな声が室内に響き渡った。
「メリアくんは今年学園を卒業したばかりの新人くんだ。初仕事で戸惑うこともあるだろう。皆には自分が成人したばかりの頃を思い出して、若い芽を伸ばす為の手助けをしてほしい。年の離れた弟や息子の成長を見守る気持ちで、色々教えてあげておくれ」
ニコニコといつもと変わらぬ様子でフラメルが語りかければ、皆口々に了承の返事を返し、メリアの挨拶は終わった。
「それじゃあ、午後の仕事を始めようか。ベルナールくん、後はお願いね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「いってきま~す」
軽やかな足取りで部屋を出て行くフラメルの背を見送ると、傍らに佇むメリアに向き直った。
「メリアくん、まずは一通り部署の中や棟内を案内して、それから仕事の説明をしたいと思うんだが、いいかな?」
「はい」
「うん、それじゃあ行こうか」
「……アルマンディン様が、ご案内して下さるのですか?」
キョトリとした表情の彼に目を細めつつ、コクリと頷いた。
「新人の初日の案内は、財務長がする決まりなんだ。今日はフラメル様がいらっしゃらないから、私が代役だけどね」
流石に日々の教育や指導は他の者に任せるしかないが、だからこそ初日の案内だけは、新人との交流を深めるための一環として、父の前の代から長の仕事として決まったのだそうだ。
各部署の長や副長が新人の案内をするなど、なかなかないことなのだろうな、とメリアの驚いた表情を見て察する。
「フラメル様のように、上手くはできないと思うんだが…分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
ふんわりと微笑むメリアにホッと肩の力を抜くと、部屋の中から案内すべく、並んで歩き出した。
「こっちが資料室で、手前から奥に向かうほど年号が古い。持ち出す時はこちらに記帳して───」
それなりの広さがある部署を端から端まで周りつつ、所々で説明を挟んでいく。
メリアは真剣な表情で相槌を打ちながら、時たま質問を投げかけてくれた。黙って聞いてるだけということもできただろうに、あえて質問をしてくるのは、上司である私の顔を立ててくれているのだろうと思うと、居た堪れない気持ちになった。
(気を遣わせてしまっているな…)
筋肉質で上背のある体は190cm弱ある。隣を歩くメリアの頭が肩より少し上にあることを考えても、見下ろされた時の威圧感はそれなりにあるだろう。
流石に財務部のメンバーはもう慣れたもので、怖がられることもないが、初対面となれば話は別だ。
マルクに「黙っていると怖い」と言われた顔も健在で、その気がなくとも相手を萎縮させてしまう。
メリアもさぞ居心地が悪いだろう、と説明はなるべく簡潔に済ませ、早く案内を終わらせようとしたのだが…
「アルマンディン様、あちらに置いてある書籍はなんでしょう?」
「こちらのお部屋はなんですか?」
「アルマンディン様、大変申し訳ございません。少しだけ歩くペースを落として頂いてもよろしいでしょうか?」
要所要所の説明だけに留めるつもりが、メリアからの質問は細かく、そのたびに足を止めた。
その分、気持ちが急いて、無意識の内に歩みが速くなれば、申し訳なさそうにメリアに指摘されハッとした。
「…すまない。言いにくいことを言わせてしまったな」
「いいえ、どうしても歩幅が合いませんから…失礼致しました」
「いや、言ってくれてありがとう」
まさか、歩幅の違いではないとは言えない。
観念してゆったりとした歩みに切り替えれば、メリアがホッと表情を和らげた後、僅かに眉を下げた。
「お忙しい中、時間を割いて下さり、ありがとうございます。…もし、お急ぎのようであれば、気にせず仰って下さいませ。分からないことがあれば、改めてどなたかに伺いますので…」
「いや、私のことは気にしなくていい。…君の案内役を務めるのが、今の私の仕事だ。何か気になることがあれば、なんでも聞いてくれ」
一瞬「案内役を他の者に代わってほしいのだろうか」という邪推が過ったが、まるで本当に惜しむようなメリアの表情に、気づけば思ったままを口にしていた。
「…ありがとうございます。嬉しいです、アルマンディン様」
嬉しいです───その言葉の意味がよく分からず、目を丸くするも、金色の瞳を輝かせて微笑むメリアは本当に嬉しそうで、その表情に少しばかりドキリとした。
(…本当に、可愛らしい子だ)
年上ばかりの部署で、きっと皆に可愛がられることだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、案内を再開すべく、二人並んでゆっくりと歩き出した。
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