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ルノー・メリア。メリア男爵家の嫡男で、貴族学園を首席合格、その後卒業まで首席であり続けた秀才だ。
メリア家は地方貴族で領地持ち。豊かな土地を有しており、数代前は子爵位だったが、不作続きで税が払えず、爵位を落とした。
だがその翌年からは豊作に恵まれ、更には不作でも乗り切れるようにと、領地で取れる繊維から織物を作り始めると、これが広く国に普及し、子爵位であった頃以上の財を築いた。
国としては子爵位に戻して、納税額を引き上げたい様だが、特別目立った功績がある訳ではない、とこれをメリア家が辞退という名の拒否。
男爵位のまま富を築きながら、地方貴族として悠々自適に暮らしている───というのが、メリア家の現状のようだった。
(爵位が上がれば、柵も増えるからな)
騎士爵などの名誉貴族を除き、貴族の中で末席に位置する男爵位は、嫌がる者は嫌がるが、特に不満やこだわりがなければ、現状維持を望む者もいるだろう。
爵位が上がるだけ、面倒事も増えるし納税額も増える。わざわざ爵位を上げて、苦労をする必要もない。特に裕福な地方貴族ともなれば、そう考えるのが妥当だろう。
メリア家について、特に調べようと思わずとも得られた情報を思い浮かべながら、なるほど…と物思いに耽る。
財務部はいわば国の金庫番だ。それゆえ、王城内でそれなりに経験を積んだ者か、自分のように親の伝手で配属されるのが常だ。成人したばかりの新人が来ることはまず無い。
メリアの配属について、珍しいこともあるものだと思っていたが、学園を首席合格、首席で卒業した者であれば、そうおかしいことではない。
というより、恐らくは色々な所から声が掛かっていただろうに、引くて数多の中「なぜ財務部に?」と思わずにはいられなかった。
(フラメル様からお声を掛けて……いや、無いな)
あの方はそういったことは一切しない。どちらかと言えば「来たければ来ればいいよ~」と言うはずだ。とすると、わざわざ選んでここに来たということになる。
(社交目的なら、もっと華やかな部署の方が良いと思うんだが…)
領地持ちの地方貴族、それでいて裕福な家柄となれば、王城勤務の目的は出稼ぎではなく、顔繋ぎと交流の幅を広げる社交目的のはずだが…
(社交に勤しんでいる様子はないんだよな)
メリアの仕事ぶりを思い返しながら、僅かに首を傾げた。
メリアが配属されて早十日。少しずつ仕事を覚え始めた彼だが、とにもかくにも無駄がなく、それでいて欠けがない。それどころか、望む以上の結果が返ってくるのだ。
「メリアくん、さっきの計算書は出来がってるかな?」
「はい。合わせて必要な書類もご用意しておきました」
「メリア、悪いんだが、資料室から前年度分の決算報告書の写しを探してきてくれるか?」
「こちらになります。ついでに各部署ごとの支出に関する資料もお持ちしました」
「メリアくん、さっきの書類なんだけど、まとめて…」
「まとめておきました。お待ち下さい」
…と、こんな具合で、何かを頼む前にそれらが終わっているのだ。
それでいて周囲をよく見ているのか、困っている者がいればさりげなく声を掛け、サポートをしてくれる。だが決して出しゃばらず、それでいて痒い所に手が届く細やかな気配りに、皆が心底感心していた。
ともすれば優秀すぎる者は妬まれ、鼻につくと邪険にされる場合もあるが、幸いにして部署内は平穏で、ひたすらにメリアを褒めて可愛がった。そうさせるのも、彼の魅力だろう。
皆が口々に褒め、感謝の言葉を告げるたび、メリアは謙遜しつつも「ありがとうございます」とはにかんだ笑顔を返し、その場の空気を和ませた。
(…すっかり馴染んだな)
メリアが周囲の者達と和やかに談笑している様子を遠目に確認すると、手元の書類に目を落とした。
副長の肩書きはあれど、勤続年数はまだ六年目と若く、自分は自分の仕事をこなす必要があった。
それでいて、副長というまとめ役でもある為、新人の教育はベテラン職員に任せるべき立場でもある。
両方の理由が重なり、初日に部署の中を案内して以降、メリアと関わることはほとんど無くなっていた。
(せっかく、少しだけ話せたんだけどな…)
初日のあの日、棟内を歩き回りながら、ほんの少しだけ彼自身のことを聞いた。
今は男爵家が所有している王都の別邸で生活していること、弟がいること、婚約者がいないこと…婚約者については、自分にも弟がいるという流れから、弟の子の話になり、弟の結婚した時期の話になり、メリアの年頃で婚約したという流れから「私はまだ婚約者がいないんです」という返事が返ってきたのだ。
これには少し驚いた。男爵家とはいえ、顔良し、頭良し、性格良し、財力良しで、いくらでも縁談の話はあるだろうと思ったからだ。
だからこそ「メリアくんなら、縁談の話も多いんじゃないか?」とつい零してしまい、なんとも言えない微笑みを返され、じわじわと自分の発言に後悔したのだ。
(私も、縁談の話だけは多かったからな…)
そしてそれが嫌で嫌で堪らなかった。
それもあって今もまだ独り身でいるというのに、彼の気持ちも知らぬまま、「メリアならモテるだろう」という安直な考えで発言してしまった。
自分と彼を重ねるつもりは無い。
もしかしたら、なにも気にしていないかもしれない。
それでも気になってしまって、それとなく謝罪をしようと思ったのだが、あの日以降、話をするキッカケも必要もなく、ズルズルと日が伸びるにつれ、関わること自体無くなってしまった。
(……まぁ、今更謝られても困るか)
むしろそんな話をしたことすら、忘れられているかもしれない。
そうなれば、今頃になって蒸し返す方が良くないだろう───ふと、何がそんなに嬉しかったのか、淡く微笑んでくれた記憶が色褪せていくような寂しさを覚えたが、小さく溜め息を零すと、反省を胸に、黙々と仕事に打ち込んだ。
メリア家は地方貴族で領地持ち。豊かな土地を有しており、数代前は子爵位だったが、不作続きで税が払えず、爵位を落とした。
だがその翌年からは豊作に恵まれ、更には不作でも乗り切れるようにと、領地で取れる繊維から織物を作り始めると、これが広く国に普及し、子爵位であった頃以上の財を築いた。
国としては子爵位に戻して、納税額を引き上げたい様だが、特別目立った功績がある訳ではない、とこれをメリア家が辞退という名の拒否。
男爵位のまま富を築きながら、地方貴族として悠々自適に暮らしている───というのが、メリア家の現状のようだった。
(爵位が上がれば、柵も増えるからな)
騎士爵などの名誉貴族を除き、貴族の中で末席に位置する男爵位は、嫌がる者は嫌がるが、特に不満やこだわりがなければ、現状維持を望む者もいるだろう。
爵位が上がるだけ、面倒事も増えるし納税額も増える。わざわざ爵位を上げて、苦労をする必要もない。特に裕福な地方貴族ともなれば、そう考えるのが妥当だろう。
メリア家について、特に調べようと思わずとも得られた情報を思い浮かべながら、なるほど…と物思いに耽る。
財務部はいわば国の金庫番だ。それゆえ、王城内でそれなりに経験を積んだ者か、自分のように親の伝手で配属されるのが常だ。成人したばかりの新人が来ることはまず無い。
メリアの配属について、珍しいこともあるものだと思っていたが、学園を首席合格、首席で卒業した者であれば、そうおかしいことではない。
というより、恐らくは色々な所から声が掛かっていただろうに、引くて数多の中「なぜ財務部に?」と思わずにはいられなかった。
(フラメル様からお声を掛けて……いや、無いな)
あの方はそういったことは一切しない。どちらかと言えば「来たければ来ればいいよ~」と言うはずだ。とすると、わざわざ選んでここに来たということになる。
(社交目的なら、もっと華やかな部署の方が良いと思うんだが…)
領地持ちの地方貴族、それでいて裕福な家柄となれば、王城勤務の目的は出稼ぎではなく、顔繋ぎと交流の幅を広げる社交目的のはずだが…
(社交に勤しんでいる様子はないんだよな)
メリアの仕事ぶりを思い返しながら、僅かに首を傾げた。
メリアが配属されて早十日。少しずつ仕事を覚え始めた彼だが、とにもかくにも無駄がなく、それでいて欠けがない。それどころか、望む以上の結果が返ってくるのだ。
「メリアくん、さっきの計算書は出来がってるかな?」
「はい。合わせて必要な書類もご用意しておきました」
「メリア、悪いんだが、資料室から前年度分の決算報告書の写しを探してきてくれるか?」
「こちらになります。ついでに各部署ごとの支出に関する資料もお持ちしました」
「メリアくん、さっきの書類なんだけど、まとめて…」
「まとめておきました。お待ち下さい」
…と、こんな具合で、何かを頼む前にそれらが終わっているのだ。
それでいて周囲をよく見ているのか、困っている者がいればさりげなく声を掛け、サポートをしてくれる。だが決して出しゃばらず、それでいて痒い所に手が届く細やかな気配りに、皆が心底感心していた。
ともすれば優秀すぎる者は妬まれ、鼻につくと邪険にされる場合もあるが、幸いにして部署内は平穏で、ひたすらにメリアを褒めて可愛がった。そうさせるのも、彼の魅力だろう。
皆が口々に褒め、感謝の言葉を告げるたび、メリアは謙遜しつつも「ありがとうございます」とはにかんだ笑顔を返し、その場の空気を和ませた。
(…すっかり馴染んだな)
メリアが周囲の者達と和やかに談笑している様子を遠目に確認すると、手元の書類に目を落とした。
副長の肩書きはあれど、勤続年数はまだ六年目と若く、自分は自分の仕事をこなす必要があった。
それでいて、副長というまとめ役でもある為、新人の教育はベテラン職員に任せるべき立場でもある。
両方の理由が重なり、初日に部署の中を案内して以降、メリアと関わることはほとんど無くなっていた。
(せっかく、少しだけ話せたんだけどな…)
初日のあの日、棟内を歩き回りながら、ほんの少しだけ彼自身のことを聞いた。
今は男爵家が所有している王都の別邸で生活していること、弟がいること、婚約者がいないこと…婚約者については、自分にも弟がいるという流れから、弟の子の話になり、弟の結婚した時期の話になり、メリアの年頃で婚約したという流れから「私はまだ婚約者がいないんです」という返事が返ってきたのだ。
これには少し驚いた。男爵家とはいえ、顔良し、頭良し、性格良し、財力良しで、いくらでも縁談の話はあるだろうと思ったからだ。
だからこそ「メリアくんなら、縁談の話も多いんじゃないか?」とつい零してしまい、なんとも言えない微笑みを返され、じわじわと自分の発言に後悔したのだ。
(私も、縁談の話だけは多かったからな…)
そしてそれが嫌で嫌で堪らなかった。
それもあって今もまだ独り身でいるというのに、彼の気持ちも知らぬまま、「メリアならモテるだろう」という安直な考えで発言してしまった。
自分と彼を重ねるつもりは無い。
もしかしたら、なにも気にしていないかもしれない。
それでも気になってしまって、それとなく謝罪をしようと思ったのだが、あの日以降、話をするキッカケも必要もなく、ズルズルと日が伸びるにつれ、関わること自体無くなってしまった。
(……まぁ、今更謝られても困るか)
むしろそんな話をしたことすら、忘れられているかもしれない。
そうなれば、今頃になって蒸し返す方が良くないだろう───ふと、何がそんなに嬉しかったのか、淡く微笑んでくれた記憶が色褪せていくような寂しさを覚えたが、小さく溜め息を零すと、反省を胸に、黙々と仕事に打ち込んだ。
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