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6.闇に葬り去るのです

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「それも捨てて。そう、あれもこれも、ぜーんぶよ」

 あれから一週間。アリシアの頬はとっくに白いすべすべ美肌に戻ったけれど、まだ登校する気にはなれなかった。

 アリシアの恋は終わったのだ。
 心の整理だけでなく、私物を整理する時間も必要だと、アリシアは部屋に溜め込んだ思い出の品々を処分している。


「ベス、これも捨ててちょうだい」
「はい、お嬢様」

「ああ、くずカゴがすぐにいっぱいになってしまうわ。もっと大きなカゴを用意してもらえる?」
「はい、任せてください!」

 専属メイドのベスは張り切って答えた。
 それもそのはず、ベスはアリシアが幼い頃からずっと彼女を見守ってきた姉のような存在なのだ。
 こんなにも愛くるしいお嬢様にあんなに慕われながら、その幸運の上に胡座をかいてぞんざいに扱い続けるマークを、ベスはどうしても認められなかった。
 とは言え、一介の使用人であるベスがどうこう言える立場ではなく、これまでずっと心の中で「このクソ野郎が‼︎」と毒づいてきたのだった。

 それが一週間前のあの事件で、ベスも予想だにしなかった展開となった。


 今まで、夢見る乙女の顔で「マーク様……」と溜息をついていたアリシアが、今、キャビネットに仕舞い込んでいた数々の宝物を自ら処分している。


「キャァ、気持ち悪い‼︎」
「ひっ、こちらに投げないでください」

 アリシアが投げたのは、髪の毛が詰まった瓶だった。


 幼い頃、遊びに来てくれたマークが部屋に残していった一筋の金髪。
 それをつまみあげたアリシアは何の気になしに手近な瓶へと入れた。それからは会う度に、あちらの屋敷を訪ねた際にもマークの髪の毛を見つけたら拾い集めるようになっていた。

(あの頃のマーク様はふわふわの金髪にペリドットのような黄緑の瞳の、まるで天使のように可愛らしいお顔をされていたのよね)

 アリシアのストレートな黒髪と違い、マークはクセのある柔らかな金髪で、アリシアはそれがとても羨ましかった。

 とは言えここ数年まともにマークと会うことがなく、記憶の片隅に忘れ去られていた一品だった。

「お嬢様、もちろん処分ですね?」
「あ、当たり前だわ! そんな恐ろしいもの、痕跡も残らないほどに葬り去ってちょうだい!」

「こちらのハンカチもですね?」
「ひぃっっ‼︎」

 次にベスが手にしたのは、別のキャビネットから出てきたハンカチだ。
 手触りの良い白いハンカチには『M♡A』の刺繍が入っている。もちろんアリシアが自ら入れた刺繍だ。しかもその中には特製のカゴに保管されたものもある。

「そっ、それは……」

 アリシアは悲壮感も露わに膝から崩れ落ちた。
 わざわざ宝石で飾られたカゴに入れてあるのは、学園に入る前、マークが最後にブルーベル家を訪ねてきた際使用したものだった。
 あの日は蒸し暑く、マークの額に浮かんだ汗をアリシアが甲斐甲斐しく拭いてやったのだ。その時マークは『やめてくれ』と迷惑そうではあったが、アリシアとしては愛しいマークの役に立ててとても満たされた思いだった。

 その記念のハンカチは、もちろん洗濯されることはなく『マーク様使用済みハンカチ』としてこの豪奢なカゴに飾られ大切に保管されていた。


「私……自分自身が気持ち悪くて当分立ち直れそうにないわ」


 恋の終わりより、我が身が痛いアリシアであった。
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