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4. 王様はご立腹です

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「婚約破棄だと!? お前は何を考えとるんだ!!」


 王宮の謁見室で、父である国王に事後報告したところジュールはきついお叱りを受けていた。

 跪いたジュールが玉座を見上げると、国王としての表情かおをした父と目が合った。


「しかし父上、あの魔法はたしかに便利でしょうけれど、クララがいなければ積荷を小さくすることも元に戻すこともできないなんて、実用性がないではありませんか」
「お前はクララの能力を一体なんだと思っとるんだ!!」

 ジュールの言葉に、国王はますます声を荒げた。

「え? それは、荷物を小さくして楽に運べる便利な生活魔法だと……」
「誰がそんなことを!?」

「それはクララ本人からも聞いておりますし、マルゴや周りの者達も皆」
「愚か者め!! お前はあの娘の価値をちっともわかっておらんのだな! 一体何のためにお前と婚約させたとーー」


 はぁ……と話の途中で大きくため息をついた国王は、片手で顔を覆うとそのまま項垂れてしまった。


「……父上?」
「もう良い。それでクララはどうした?」

「それが、ですね。すぐに学園を出たようで、今、屋敷に迎えをやっております」
「ふむ。伯爵邸へ戻ったのであればすぐに父親とともに顔を出すだろうが……」



「し、失礼いたします!!」

 謁見の間に、ジュールの側近の一人が血相を変えて飛び込んできた。

「か、火急の用件につき、礼を欠いてしまいましたこと、どうかご容赦くださいっっ」

 国王の御前である。今日学園を卒業したばかりの若い側近は、ガチガチに緊張していた。

「なんだ、申してみよ」

 彼の主人はジュールだが、当然ながら国王はその上の存在だ。
 側近はこれ以上ないくらい背筋を反らすと、半ばヤケになった気持ちで報告を始めた。


「ク、クララ嬢を追って王都のロバン伯爵家を訪ねましたが、その、クララ嬢は帰宅していないということであります!」
「は?」

 ジュールが間抜けな声をもらす。

「ほう。ロバン伯爵はなんと?」

 さすがに国王は落ち着いていて、側近にさらなる報告を促した。


「伯爵もクララ嬢の行方を心配なさり、領地へ戻ったのではないかと、ご自身も馬車で領地へと向かわれました」
「ふむ。そうか……」


 国王が顎をさすりながらしばし考え込む。
 そして徐に顔をあげると、息子であるジュールを見た。

「ジュールよ。今こそお前の誓約魔法を使う時だ」

 この時点でまだ国王には余裕があった。
 ジュールが独断で婚約破棄をしたと言っても、流石に束縛の誓約魔法まで解除したとは夢にも思っていないのだ。


 側近が国王からさっと目を逸らす。
 ジュールはというと、視線をあちこちに泳がせて、あの……その……と、しどろもどろになっている。

「どうしたジュールよ。何のためにつけた魔法だ。まさか使い方がわからんわけでもあるまい?」
 
 
 束縛の魔法は古い魔法だ。
 発動のための詠唱が少々めんどくさくはある。
 しかし婚約した当初、美少女のクララを将来の伴侶とすることができた喜びで、ジュールが何度も何度も詠唱の練習をしていたことを国王自身よく覚えていた。


「父上……それが、ですね」

 ゴク。
 ジュールの唾を飲み込む音がやけに響いた。

 ジュール自身、マズいと思ったのだ。
 勝手に婚約破棄したまではまだよかった。しかしあの場の雰囲気に流されて誓約魔法を解いたものの、クララの姿が見えなくなった途端、ジュールはなんとも言えない不安な気持ちに襲われたのだった。

 だからすぐに追いかけたというのに。

 突然、ガバッと音を立てて赤絨毯の上にひれ伏したジュール。
 そのまま額を床に擦り付ける勢いで、父である国王に頭を下げた。

「もっ、申し訳ありません、父上!! 婚約破棄に合わせて、あの誓約魔法も解除してしまいました!!」


 ジュールの声が謁見の間に響く。
 そのまま、痛いほどの沈黙が場を包み、ジュールは恐ろしくてとても顔を上げられなかった。


「…………解除、とな」

 ハァァァ、と盛大なため息と共に国王が言葉を発するまで、ジュールは息もできなかった。


「ジュールよ。お前はとんでもないことをしてくれた」

 その言葉に、ジュールが顔を上げて父である国王を見ると、自身と同じエメラルドの瞳がひどく冷たい光を孕んで刺すようにこちらを見下ろしていた。


「申し訳ありません!!」


 もう一度、床にぶつける勢いで頭を下げるジュールだったが、国王からは何の反応もない。

 頭を下げたまま、微動だにせず許しを待つジュールだったが。


「西の塔に閉じ込めておけ」
「ち、父上!?」


 衛兵たちが素早くジュールの左右を確保する。
 西の塔は昔から皇族を幽閉するのに使われる古くていわくつきの場所だった。
 末っ子で、少々甘やかされて育ったジュール。そんな彼も、10歳前後まではしつけの一環として西の塔へ連れて行かれたことがある。   
 
 そしてそれは、ジュールにとってちょっとしたトラウマになっていた。


「父上! 私が間違っておりました! 西の塔は勘弁してください。どうか、どうか考え直してください!」

 衛兵に両脇を抱えられ、強制的に連行されながらも謝罪を繰り返すジュール。

 しかし、国王が考えを改めることはなかった。







「影よ、任務だ」

 ジュールが謁見室から引きずり出された後、国王はすぐに影を呼んだ。

「美女ではないにしろ、クララの容姿は目立つ。人攫いにでもあったか、あるいは……いずれにしても早々に保護して王宮に連れて参れ」
「はっ」


 影は姿を見せぬまま、返事だけを残して気配を消した。


 こうしてクララはルフェーブル王家に追われる身となった。
 








「来るな、来るなってば……」

 
 西の塔の最上階には、少しばかり古びてはいるが、清潔に設えられた一室がある。

 ただ窓には鉄格子、出入り口には国王に命じられた二人の衛兵が立っていて、扉には目線の高さに小窓がついていた。


「ひぃっっ、来るな、来るなと言ってるだろう!!!!」


 部屋に閉じ込められたジュールは、先程からこんな調子で声を上げているのだが、部屋の中に何がいるのか若い方の衛兵にはわからなかった。


 彼が扉の小窓から中の様子を伺うと、床に座り込み後退りするジュールの姿が見えた。


「幽霊でも出るのかな?」

 思わず漏れ出た疑問に、入口の反対側に立つ先輩兵が小さく答えた。

「蜘蛛だ」
「え? 蜘蛛?」

 たかが蜘蛛程度であの怯えようはいかがなものか、と正直若い兵は思った。
 けれど王族なら致し方なし、と彼が納得しかけたところで、またぼそりと先輩から追加情報が入る。

「デカいんだよ」
「え?」

「なぜか知らんがデカいんだ。西の塔に出る蜘蛛だけ」
「ここだけ、ですか?」


 若い兵はもう一度小窓から部屋の中を覗き込んだ。


「あっちへ行け! くそっ!」


 ジュールは自らの煌びやかな上着を脱いでぶんぶん振り回していた。
 その先に目を凝らすと……

「ひっ」

 思わず漏れた声に、若い兵は慌てて口元を押さえた。

「デカいだろ?」
「ですね」

 手のひらサイズに見える蜘蛛が一匹、ジュールの方へと歩み寄って行くのが見える。





ーーカサカサカサカサ


「ヒッ!! だから来るなって!! うわっ、ちょっ!! やめっ、うわああああ!!」



 国王から『助けるな』との命令を受けている二人は、ただジュールの叫び声を聞くことしかできなかった。





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