4 / 6
4. 王様はご立腹です
しおりを挟む「婚約破棄だと!? お前は何を考えとるんだ!!」
王宮の謁見室で、父である国王に事後報告したところジュールはきついお叱りを受けていた。
跪いたジュールが玉座を見上げると、国王としての表情をした父と目が合った。
「しかし父上、あの魔法はたしかに便利でしょうけれど、クララがいなければ積荷を小さくすることも元に戻すこともできないなんて、実用性がないではありませんか」
「お前はクララの能力を一体なんだと思っとるんだ!!」
ジュールの言葉に、国王はますます声を荒げた。
「え? それは、荷物を小さくして楽に運べる便利な生活魔法だと……」
「誰がそんなことを!?」
「それはクララ本人からも聞いておりますし、マルゴや周りの者達も皆」
「愚か者め!! お前はあの娘の価値をちっともわかっておらんのだな! 一体何のためにお前と婚約させたとーー」
はぁ……と話の途中で大きくため息をついた国王は、片手で顔を覆うとそのまま項垂れてしまった。
「……父上?」
「もう良い。それでクララはどうした?」
「それが、ですね。すぐに学園を出たようで、今、屋敷に迎えをやっております」
「ふむ。伯爵邸へ戻ったのであればすぐに父親とともに顔を出すだろうが……」
「し、失礼いたします!!」
謁見の間に、ジュールの側近の一人が血相を変えて飛び込んできた。
「か、火急の用件につき、礼を欠いてしまいましたこと、どうかご容赦くださいっっ」
国王の御前である。今日学園を卒業したばかりの若い側近は、ガチガチに緊張していた。
「なんだ、申してみよ」
彼の主人はジュールだが、当然ながら国王はその上の存在だ。
側近はこれ以上ないくらい背筋を反らすと、半ばヤケになった気持ちで報告を始めた。
「ク、クララ嬢を追って王都のロバン伯爵家を訪ねましたが、その、クララ嬢は帰宅していないということであります!」
「は?」
ジュールが間抜けな声をもらす。
「ほう。ロバン伯爵はなんと?」
さすがに国王は落ち着いていて、側近にさらなる報告を促した。
「伯爵もクララ嬢の行方を心配なさり、領地へ戻ったのではないかと、ご自身も馬車で領地へと向かわれました」
「ふむ。そうか……」
国王が顎をさすりながらしばし考え込む。
そして徐に顔をあげると、息子であるジュールを見た。
「ジュールよ。今こそお前の誓約魔法を使う時だ」
この時点でまだ国王には余裕があった。
ジュールが独断で婚約破棄をしたと言っても、流石に束縛の誓約魔法まで解除したとは夢にも思っていないのだ。
側近が国王からさっと目を逸らす。
ジュールはというと、視線をあちこちに泳がせて、あの……その……と、しどろもどろになっている。
「どうしたジュールよ。何のためにつけた魔法だ。まさか使い方がわからんわけでもあるまい?」
束縛の魔法は古い魔法だ。
発動のための詠唱が少々めんどくさくはある。
しかし婚約した当初、美少女のクララを将来の伴侶とすることができた喜びで、ジュールが何度も何度も詠唱の練習をしていたことを国王自身よく覚えていた。
「父上……それが、ですね」
ゴク。
ジュールの唾を飲み込む音がやけに響いた。
ジュール自身、マズいと思ったのだ。
勝手に婚約破棄したまではまだよかった。しかしあの場の雰囲気に流されて誓約魔法を解いたものの、クララの姿が見えなくなった途端、ジュールはなんとも言えない不安な気持ちに襲われたのだった。
だからすぐに追いかけたというのに。
突然、ガバッと音を立てて赤絨毯の上にひれ伏したジュール。
そのまま額を床に擦り付ける勢いで、父である国王に頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません、父上!! 婚約破棄に合わせて、あの誓約魔法も解除してしまいました!!」
ジュールの声が謁見の間に響く。
そのまま、痛いほどの沈黙が場を包み、ジュールは恐ろしくてとても顔を上げられなかった。
「…………解除、とな」
ハァァァ、と盛大なため息と共に国王が言葉を発するまで、ジュールは息もできなかった。
「ジュールよ。お前はとんでもないことをしてくれた」
その言葉に、ジュールが顔を上げて父である国王を見ると、自身と同じエメラルドの瞳がひどく冷たい光を孕んで刺すようにこちらを見下ろしていた。
「申し訳ありません!!」
もう一度、床にぶつける勢いで頭を下げるジュールだったが、国王からは何の反応もない。
頭を下げたまま、微動だにせず許しを待つジュールだったが。
「西の塔に閉じ込めておけ」
「ち、父上!?」
衛兵たちが素早くジュールの左右を確保する。
西の塔は昔から皇族を幽閉するのに使われる古くていわくつきの場所だった。
末っ子で、少々甘やかされて育ったジュール。そんな彼も、10歳前後まではしつけの一環として西の塔へ連れて行かれたことがある。
そしてそれは、ジュールにとってちょっとしたトラウマになっていた。
「父上! 私が間違っておりました! 西の塔は勘弁してください。どうか、どうか考え直してください!」
衛兵に両脇を抱えられ、強制的に連行されながらも謝罪を繰り返すジュール。
しかし、国王が考えを改めることはなかった。
「影よ、任務だ」
ジュールが謁見室から引きずり出された後、国王はすぐに影を呼んだ。
「美女ではないにしろ、クララの容姿は目立つ。人攫いにでもあったか、あるいは……いずれにしても早々に保護して王宮に連れて参れ」
「はっ」
影は姿を見せぬまま、返事だけを残して気配を消した。
こうしてクララはルフェーブル王家に追われる身となった。
◇
「来るな、来るなってば……」
西の塔の最上階には、少しばかり古びてはいるが、清潔に設えられた一室がある。
ただ窓には鉄格子、出入り口には国王に命じられた二人の衛兵が立っていて、扉には目線の高さに小窓がついていた。
「ひぃっっ、来るな、来るなと言ってるだろう!!!!」
部屋に閉じ込められたジュールは、先程からこんな調子で声を上げているのだが、部屋の中に何がいるのか若い方の衛兵にはわからなかった。
彼が扉の小窓から中の様子を伺うと、床に座り込み後退りするジュールの姿が見えた。
「幽霊でも出るのかな?」
思わず漏れ出た疑問に、入口の反対側に立つ先輩兵が小さく答えた。
「蜘蛛だ」
「え? 蜘蛛?」
たかが蜘蛛程度であの怯えようはいかがなものか、と正直若い兵は思った。
けれど王族なら致し方なし、と彼が納得しかけたところで、またぼそりと先輩から追加情報が入る。
「デカいんだよ」
「え?」
「なぜか知らんがデカいんだ。西の塔に出る蜘蛛だけ」
「ここだけ、ですか?」
若い兵はもう一度小窓から部屋の中を覗き込んだ。
「あっちへ行け! くそっ!」
ジュールは自らの煌びやかな上着を脱いでぶんぶん振り回していた。
その先に目を凝らすと……
「ひっ」
思わず漏れた声に、若い兵は慌てて口元を押さえた。
「デカいだろ?」
「ですね」
手のひらサイズに見える蜘蛛が一匹、ジュールの方へと歩み寄って行くのが見える。
ーーカサカサカサカサ
「ヒッ!! だから来るなって!! うわっ、ちょっ!! やめっ、うわああああ!!」
国王から『助けるな』との命令を受けている二人は、ただジュールの叫び声を聞くことしかできなかった。
10
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
転生少女の異世界のんびり生活 ~飯屋の娘は、おいしいごはんを食べてほしい~
明里 和樹
ファンタジー
日本人として生きた記憶を持つ、とあるご飯屋さんの娘デリシャ。この中世ヨーロッパ風ファンタジーな異世界で、なんとかおいしいごはんを作ろうとがんばる、そんな彼女のほのぼのとした日常のお話。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる