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17 最終防衛線(byハルト)

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午後、ちっとも減らない書類の山を地道に確認しているとゲラルドが入ってきた。

「お疲れ様です」

言いながら押してきたワゴンには、ティーセットが乗せてある。
お茶を用意してくれたようだから、俺も執務机から離れてソファへ腰掛けた。

「で、どうだった?」
「いやぁ、不思議な女性ですよ。悪意なんてカケラも感じませんし。探っているこちらが悪いような気さえしてきます」

ふむ・・・

「ハルトはどうです?今朝、やたらと彼女の瞳を覗き込んでいましたけど」
「ああ、ちょっと気になることがあってな」

「まだ魅了の線を疑ってるんですか?」
「まあな。魔道具は相変わらず反応しないが、どう考えてもおかしいだろう?出会ってたった数時間でヒューの心を開いたうえ、女嫌いの俺達にもさして嫌悪感を抱かせないのだから」

たしかに、と返しながらゲラルドは手際良くカップに紅茶を入れてくれた。

「実は今朝、彼女の瞳に何か紋様が見えた気がしてな。魔法陣かも知れない」

あの時、彼女の黒い瞳の奥には確かに金色の光が見えた。薄らと、だが。

「え、ほんとですか?気づきませんでした」
「それが彼女、あまり目を合わせたがらないだろう?合ってもすぐ逸らすし」

普通、というか俺に寄ってくる女達は必ずと言っていいほど俺の眼を不躾に見つめてくるんだよ。彼女もそうしてくれたら良かったのだが。

「見られたくないのでしょうか?」
「どうだかな。ただあの瞬間、何故か彼女目を逸らさなかったんだよ。せっかくのチャンスだったのに、ヒューに邪魔されたがな」
「あはは。だってあれ、ちょっとイイ雰囲気になってましたもん」

やめてくれ、そんなつもりは毛頭ない。
揶揄うように言ったゲラルドに、手首をぶんと振って不快だと意思表示をする。


「で、ハンナ達は何か言っていたか?」
「はい、とても礼儀正しいお嬢さんだと」
「他には?」
「あとは、艶のある黒髪が素晴らしいとか、スタイルが良いだとか、稀に見る美貌だとか・・・」


おいおい・・・
ハンナもウッシも、俺が小さい頃からこの屋敷に勤めている。いわば母親世代のメイド達だ。それなのになぜそんな賛辞しか出てこないんだ。

「もっとまともな情報はないのか?」
「あ、朝ハンナ達が部屋を訪ねた際、泣き腫らした目をしていたそうです」

ふむ・・・
それは、まぁ・・・気の毒だったな。
彼女の言うことが真実なら、いきなり知らない国に飛ばされた上、帰り方さえわからないということだ。
女なら、途方に暮れて涙も出るだろう。


「授業をしてみてどうだった?」
「あっ、そういえばこれ!」

徐に、ゲラルドは内ポケットから紙切れを取り出した。二つ折りになったそれを勿体ぶるように俺の目の前まで持ってきてはそっと広げる。

「なんだこれは?」

目の前には謎の記号が4つ。

「これ、ニホンゴです。ニホンゴで私の名前『ゲラルド』って書いてくれたんです」

おいおい、どうしたゲラルド⁈
お前までそんな嬉しそうな顔をして・・・

ゲラルドはその文字を繰り返し人差し指でなぞっている。

「あ!」
「どうした、何か思い出したか?」

口元に手を当てて「しまった!」と言わんばかりのゲラルドに、俺は期待して尋ねたのだが・・・

「ハルトの名前も頼めば良かったです」
「要らねぇよ!!」
 
なんだその残念そうな顔は・・・
まぁ、古代文字や異文化研究が趣味のゲラルドにとって、彼女の存在はあまりにも魅力的すぎたな。


ただなぁ、いかに悪意や邪念を感じないとはいえ、こうもあっさりと皆の警戒心を解くなんて・・・やっぱりなんか変だ。
もちろんヒューを保護してもらった恩は感じている。その礼として、屋敷へしばらく置いてやることも俺自身が認めたことだ。



よし、ここは最終防衛線の俺がしっかりしないとな。
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