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9 不思議な女(byハルト)

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(ハルト視点)


 執務室にゲラルドが駆け込んできたのは昼前のことだった。
 今日は朝から魔力をコントロールする訓練をしていたはずだが、また暴走でもしたか?


「ハルト! 大変です!!」
「なんだ、ヒューがまた飛ばされたか?」


 ゲラルドの慌てようからよほど遠くか、あるいはまだ居所がつかめていないのかもしれないと予想する。


「それが、聖フロイライン国なんです!」
「なに、それなら……ああ、そういうことか」


 聖フロイライン国は我らが魔法大国リッツェンの東南に位置し、一応は国境も接している。国交がないわけではないが、なにぶんかの国は戒律が厳しく、聖乙女信仰が行き過ぎて正直付き合いにくい国なのだ。

 そして何が問題かというと…

「3、4時間はかかると思ってください」

 溜息とともに、ゲラルドがこぼした。
 そう、かの国の出入国には山のような書類が必要だった。



◆◇◆



 四時間近くかけて、やっとヒューのもとにたどり着いたというのに、ヒューは呑気に見知らぬ女の隣で眠っていた。
 目覚めてさらに驚いたことに、その女に対してはいつもの大人びた言葉づかいではなく、素で話しかけていた。
 おまけに長らく見せることのなかった無邪気な笑顔までも向けている。


 不思議な女だった。
 普段俺たちに寄ってくる煩い女どもとは違い、控えめで知的な印象だ。

 ただ、女であるにも関わらずトラウザーズをはき、薄手のシャツ一枚で外に出るというのは平民では普通のことなのだろうか?
 この国の若い女は布で頭部を隠す。この女も一応そのようにはしているが、どうみても纏う雰囲気が全然違った。


 俺は、いや俺もゲラルドも女は嫌いだ。
 若い女は特に信用できない。
 だからこの女に気を許すつもりもないが、彼女の纏う雰囲気がどうも警戒心を緩めるというか目を惹くものがあるのはたしかで……





「鑑定!」

 ゲラルドが、女が作ったというパンに鑑定魔法をかける。
 できることなら目の前のこのリリーという女をこそ鑑定したいところだが、ステータスの強制開示は神殿でも大神官クラスしか使えない限られた魔法だ。


 女の作ったパンは、俺たちが普段口にしているものとはずいぶん違って見た目にも色々と工夫が凝らされていた。ヒューが絶賛したくらいだから味もきっと良いのだろう。
 俺はそれを包む透明の膜自体も気になるのだが。


 結論から言うと、鑑定にかけてわかったことは何も無い。というのも、原材料や製作者など本来得られるはずの情報が全て見知らぬ文字で書かれていて読めなかったらしい。


 ちなみにゲラルドは魔術にも学問にも秀でており、学園時代は首席入学・首席卒業を成し遂げた天才でもある。
 特に言語に関しては史跡の古代文字も少数民族の書物でさえ読み解いてきた経歴を持つ。
 そのゲラルドをして見たこともない文字と言わしめるなら、この女のいうニホンという国の言語なのかもしれない。


 とにかくヒューも言っていたように、毒など入っていれば身につけた魔道具(俺もヒューも腕輪をしている)でわかる。
 ヒューのあの懐きようから魅了の類いも疑わしいが、あの女からそんな気配は感じられない。それに関しても魔道具は無反応だ。


 俺もゲラルドも昔から女のそういった誘惑や女を使った謀略には数えきれないほど遭い、不愉快な思いもしてきた。
 だからこそわかる。この女は確かに得体がしれなくはあるが、そういう悪しき気配は全く感じられない。


 ああ、どうやらゲラルドの研究欲に火がついてしまったようだな。
 ヤツは残りのパンを袋ごと預かって、収納魔法がかけられた上着のポケットにしまっていた。きっと帰るなり言語解析に当たるつもりなのだろう。



◆◇◆



 今、馬車に乗って空を掛けている。
 この女を我が屋敷へ滞在させることにしたのだ。

 どうやらこの女は自身が言うように聖フロイライン国の人間ではなさそうだ。ならばリッツェンへ連れ帰っても問題あるまい。




 それにしても目を惹く。
 髪も瞳も見たことのない漆黒でただでさえ目がいってしまうのに、先ほどからこの女は第一印象とはまるで別人のようにはしゃいでいる。


「ほら、ヒュー見て! 街がもうあんなに小さく見えるよ!」


 正直、俺もゲラルドも呆気にとられている。
 なんなんだ、まるで子供じゃないか。


 空飛ぶ馬車も見た事ないのか?
 いや、先ほど「ヒコーキじゃないんだから」とか言っていたな。女の国では馬車でなく「ヒコーキ」というものが空を飛ぶのだろうか……

 女はやっと我に返ったようだ。
 俺とゲラルドを見て急に恥ずかしくなったのだろう、謝罪とともに小さくなって俯いた。


 その様子が不思議な事にちっとも不愉快ではなく、その横で幸せそうに微笑むヒューと照れたように笑い返す女を見ていると不覚にも心が和むのを感じていた。

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