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11. フェリハの立場

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「え、バイオリンですか?」
「そう、どこにあるかしら?」

 学園に通い始めて最初の週末がやってきた。
 来月の星月夜まで三週間余り。この調子でいけば、意外とすんなり自分の身体に戻れる気がしてきた。
 となると、誰にも縛られることのないこのフェリハとしての生活がとても快適に感じてしまうもので……


 まぁとにかく、特にやることもないので久しぶりに楽器を演奏して暇を潰したいな、と。


「お嬢様が弾かれるのですか?」

 けれど、メイドのナズがかなり怪訝そうな顔をして聞いてくる。

(まさか皇太子の婚約者候補なのにバイオリンを習っていない、なんてことは……??)

「もしかして私、弾けないのかしら?」

 慎重に聞き返す、すると。

「いえ、まさか! 殿下に気に入って頂けるようにと、それはそれは毎日頑張って練習されておりましたから」
「そうよね」

(良かった。急に弾けるようになった、なんていうのは流石にダメよね)

 私はもともとピアノよりもバイオリンを弾く方が好きだ。だから、フェリハがバイオリンを弾けると聞いてホッと胸を撫で下ろした。

「でも、もう何年も弾いておられなくて……」
「何年も!?」

(どうしてかしら……)

「はい。ですから、弓の毛替えも必要かと」
「そう、わかったわ。じゃあ、すぐに手配して頂戴。それなら今日はピアノを弾くことにするわ」

「えっ!? お嬢様がピアノを弾かれるんですか??」

(ちょっと、さっきからどうしたの?)

「私、ピアノは弾けたわよね?」
「ええ、それはもちろんでございます。ただ……」
「ただ?」
「ある時を境に弾かれなくなってしまって……」
 
 フェリハにトラウマ的な何かがあったということだろうか。

「私、下手だった?」

 念の為、確認してみると。

「いっ、いいえ! お嬢様はバイオリンもピアノも一生懸命頑張っておられました。お上手でございました! ただ……」
「ただ?」

「…………」

 ナズが再び口ごもった。今度は答えに困っているようだ。

 私は少し考えてみて、すぐにひとつの答えに至った。

「もしかして、マリク?」
「ーーっ!」

 ナズはハッと息を飲んだ。その緑の瞳は、私を心配してかひどく揺れている。

 たしかに飛び級するくらいだ。きっとマリクは、勉強だけでなく何でも卒無くこなすタイプなのだろう。
 おまけに領地に引きこもっている二人の母親はその昔、ピアノの腕前で結構有名だったらしい。ということを、私は先日ナズから聞いたばかりだ。

 つまり、マリクの演奏レベルはかなり高いのではないか。

(おまけにあの性格だし……)

 もしかすると、十歳になって領地から王都へ戻ってきた弟のほうがフェリハよりうんと上手だった、なんてことがあったのかもしれない。

「私、この家でピアノを弾かせてもらえないのかしら?」
「いえ、決してそういうわけでは……」

 ナズが申し訳無さそうに続けた。

「ただ、その、専用といいますか……」
「専用?」
「はい。サロンのピアノは奥様のために用意されたものですし、音楽室の方は坊っちゃま専用でして……」

「じゃあ私、以前はどこで弾いてたの?」
「あ、それは音楽室の方だったんですが……」

(今は弾かせてもらえないと……)

 フェリハとして過ごしていると、だんだんこの侯爵家での彼女の立ち位置がわかってきた。
 身の回りのことは何でも手伝ってくれるナズだったが、まだ一度も彼女以外に私の世話をするメイドを見ていない。

 
(あまり引っ掻き回すつもりはないんだけどーー)

「ナズ、サロンの方へ行くわ」
「えっ!? お嬢様??」
「お母様専用って言ったって、どうせ帰って来やしないじゃない?」

 私の言葉に、それはそうですがとナズが眉尻を下げている。

「大丈夫よ。私は一応ここの娘なのでしょう? それに上手くすればーー」

(宰相閣下と会えるかも!?)

 今朝はまだ登城した様子もないので、きっと屋敷にいるはずだ。

「お嬢様?」
「さあ、ナズ。サロンまで案内してちょうだい!」

 不安げな顔をしたナズを宥めて、私は意気揚々と部屋を後にした。


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