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8. 第一ラウンド
しおりを挟む(最悪? それはこっちのセリフだわ)
目の前にはジェム皇太子を真ん中に、左には「弟」のマリク、右にはディララが立っていた。
どうやら彼らは私を避けるためにこのショップへ来たようだ。
それなのに運悪く鉢合わせしてしまって、三人それぞれ微妙な顔をしている。
(じゃあ、私がランチルームへ向かえばいいのよね?)
私はくるりと踵を返して、この棟の最上階にあるというランチルームへと向かうことにした。それなのにーー
「ちょっ、姉上! なに無視してるんですか?」
などと言って、マリクが私を呼び止めた。
(……はぁ)
正直言って彼らの相手は面倒くさい。
それに私は一時的にフェリハに成り変わっているだけであって、下手にこの娘の立場を引っ掻き回したくない。だから極力関わりたくないのに。
「姉上、まだごっこ遊びを続けてるみたいですね。ディララ嬢から聞きましたよ。一体どこまで恥をかけば気が済むのですか?」
などと言いながら、こちらを睨みつけてくるマリク。
あの時は初対面の彼にいきなり責め立てられ目を逸らしてしまったが、今は違う。
(面倒くさいけど、最初が肝心よね)
ここでしっかり対応できれば、当面はあちらから絡んでこなくなるだろう。それならーー
「あの、ちょっと宜しくて?」
私はマリクに向かって声を掛けた。
「あなたと私は普段からこのように言葉を交わすほど仲の良い姉弟だったのかしら?」
「なっ、そんなわけないでしょう!?」
マリクは、勘弁してくれと付け足してあからさまに顔を顰めた。
「それではなぜ話しかけて来たのです?」
「それは、あれですよ。姉上がまた記憶喪失だとか言って殿下にご迷惑をお掛けしないかと心配で」
「心配?」
「ちがっ! 別に姉上の心配をしている訳じゃないんで!」
(なんでキレ気味なのよ)
「つまりあなたは、私が何かしでかすのではないかと心配で声を掛けて来たと?」
「まぁそういうことです」
(ふむ)
「それで私、今、そちらの尊き御方に何かしまして?」
「はい?」
私とマリクの姉弟問答に、いつの間にかちょっとした人だかりができてしまっている。
「私はむしろ、早々に御前を失礼するつもりでした。一体、その何が問題なのでしょう?」
周囲にいる生徒達から、たしかにという声も聞こえて、マリクは少し気まずそうな顔をした。
この弟は、問題ばかり起こす姉を人前で貶めるうち、そこに快感を抱くようになったのではないだろうか。
「だっ、だってほら、姉上は婚約者候補でありながら、殿下に挨拶もせず立ち去ろうとしたじゃないですか!!」
(挨拶、そうきたか……)
ちらりとジェム皇太子の様子を伺うと、あからさまにイヤそうな顔をした。
フェリハは本当にこのジェム皇太子のことが大好きだったみたいだけれど、諦めたほうがいいと思う。
(っていうか女子に、しかも怪我して起き上がれない人に氷魔法使ってくるような最低男なんて、こっちから願い下げだわ)
不敬ではあるけれど、私の内心に留まっている限り何を考えたって許されるはずだ。
(それに私はすでにミハイル殿下の妻だもの)
私が「殿下」とお呼びし、お慕いするのはミハイル殿下ただ一人。
人も増えてきて煩わしくなってきたので、早々に挨拶を済ませてランチルームへ向かうことにする。
私はスカートの端を摘み、右足を後ろへ引くと腰を落とした。
「トラレスの若き狼に月光の導きがあらんことを」
慣れた動きで挨拶を済ませると、それでは、と一言残して三人に背を向けた。
マリクも皇太子も、そしてディララも何も言ってこなかった。
周りに集まっていた生徒達は私の挨拶の後、妙に静まりかえっていた。
「あ」
しばらくして、私は気づいた。
(あれ、外交用の挨拶だったわ……)
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