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旦那様の幼馴染

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それは突然のことでした。


没落寸前の伯爵令嬢と結婚するという噂は瞬く間に騎士団全員の元へと届きました。


公爵家の次期当主であり皇帝に仕える騎士団長でもあるアクリウス・ザーグ。


戦では負け知らず、彼の剣の腕前で右に出る者はいないと称される孤高の騎士。無口で冷淡な彼の周りには人がいない...と、言われていますがそれはただの噂です。


実際のところ、彼は騎士達からかなり慕われる存在でした。


彼の圧倒的な存在感に恐れおののき、厳しい訓練や厳しい言葉に打ちのめされることもありますが、それは最初だけ。


彼の指示は常に冷静で的確。そして誰よりも愛情深く優しい方でした。


熱心に訓練し、腕を磨こうとするものには惜しみなく時間を使って剣の技術を教え、無理をしようとするものがいれば少し休むようにと伝えます。いつも周りへの気遣いを忘れない人でした。


幼馴染のマリウスは、そんな彼の性格をよく知っています。だからこそ、最初は彼の結婚に大反対したのです。


「お前、今まで女っ気ないから心配していたのに、急に結婚なんて、しかも没落寸前の伯爵令嬢と結婚なんてどうかしたんじゃないのか!?」


側から見れば政略結婚です。いや、実際にそうでした。


ですが、伯爵令嬢にとっては良い条件しかありませんがアクリウスにとっては何の得にもならないのです。ただ利用されているのだと、マリウスは憤慨しました。


アクリウスの優しさにつけ入って、御令嬢が彼に寄り付かないのをいいことに結婚をチラつかせたに違いない。何という女なんだ、と。


ですが当の本人は全く違いました。


「違うんだ、私が願い出たんだ。領地の立て直しを支援する代わりに、その...娘と結婚させて欲しいと」


彼女の方が被害者だ、と少し寂しそうな笑みを浮かべながら、けれど嬉しそうに言うのです。彼女と結婚できる事は幸せなのだと。


聞けば、アクリウスは以前から妻となるソフィア・レーガンに好意を寄せていたそうです。


「他の令嬢は私が少しでも近寄ると怯えるように逃げるし、黙って座っている俺を気味が悪そうに避けることもある。でも彼女は違ったんだ。なにもかも」


「それは彼女達が外見でしか判断しない着飾ってばかりの中身のない御令嬢だからだよ」


マリウスは吐き捨てるように言います。彼が彼女達から受けたひどい仕打ちを考えると怒りが込み上げてきました。


マリウス自身はモテるのです、かなり。
麗しいその顔を一目見てしまえば、誰もが恋に落ちてしまう。そんな容姿端麗な彼ですが、幼少期から女性のそんな視線を浴び、幼馴染に対する態度を見てきた彼にとって、彼女達は敵意の対象でしかありませんでした。


だからこそ、没落寸前の伯爵令嬢なんてマリウスにとっては信用できない相手だったのです。


ですが、それは杞憂だったと結婚した後の幼馴染を見て思ったのです。



アクリウスが結婚してから数日後のことです。


「なぁ、マリウス」


「なんだ、もう結婚生活が嫌になったか」


「違う、そうじゃない。その...笑わないか?」


「笑わない。なんだ?」


急に顔を赤くするアクリウスを不審に思いながらも、マリウスは尋ねました。


「妻と、毎日出かける前にどこでもいいからキスをするという約束をしたんだ。一昨日は頬、昨日はおでこ、今日は反対の頬にした。明日は手にしようと思うのだが....」


「ち、ちょっと待て。何の話だ」


毎日出かける前にキスだと?
一体どこのバカップルだ。


マリウスはその言葉がまさか目の前にいる幼馴染が発した言葉だとは思えず呆然としました。


ですが当の本人は本気です。


「毎日キスすると約束したんだ。あまりにも、その...私が妻に手を出さないから妻が悲しんでしまって...」


「....アクリウス」


「明日以降どこにキスすれば良いか悩んでいるんだ。使用人達からは生温かい視線を送られるしもうどうしたらいいのか...」


「アクリウス」


「...なんだ、人が大事な話をしているときに」


「お前、結婚してよかったな」


「...今更それを言うのか」


呆れるような視線を向けてくるが、こっちの方が同じ視線を向けてやりたいとマリウスは思いました。


そして、その話を聞いて安心したのです。ソフィアは彼を利用するような令嬢ではない、彼から愛情を受けたいと願う女性なのだと分かったからです。



「今度お前の家に遊びに行こうかな」


「....断る」


「またまた、そんなこと言うなよ」


ニヤニヤとしながらアクリウスをからかいながらも、幸せそうな表情を見て嬉しくなるマリウスなのでした。
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