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女性の正体

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朝食を食べ終えて自室へ戻り、マリーはようやく一息つく。


食事中、クラストが目の前でニコニコと微笑みながらマリーが食べる様子をじっと見つめてくるので、料理に集中できず全く味がわからないまま、食べ終える頃にはどっと疲れてしまったのだ。


それにしても...


マリーは昨日のことを思い出しながら一人赤面する。私はどうしてあんなことを口走ってしまったのかしら。


クラスト様が少し女性と仲良く話していたくらいであんな風に泣きながら責めてしまうなんて、まるで...


そこでふと、自分のこの感情が嫉妬であることをようやく自覚する。


うそ、よ。
まさか...


「.....っ。嘘よっ...」


マリーは手で顔を覆い、よろよろと近くの椅子へともたれかかる。


いつのまに?いつから?


心臓がバクバク激しく動き、上手く息ができない。生まれて初めての感情に戸惑った。


昨夜のクラストの熱を思い出し、頭が沸騰しそうなほど熱くなる。


私、クラスト様のこと...


コンコンっ


この時、ドアをノックする音が聞こえた。火照る頬を抑えながら返事をすると、エスラが入ってきた。


「マリー様、旦那様がお呼びです」


クラスト様が?


てっきり、もう公務に向かわれているのだとばかり思っていたわ。


自覚した途端、クラストとちゃんと話せるかどうか不安になってしまった。けれど、さっきまで一緒にいたというのにもう会いたくて仕方ないのだ。


...こんな感情、知らないわ。


ふるふると顔を横に振り、心臓を落ち着かせながらマリーは部屋を出た。




「......だから」


「....ほんと」


リビングに近づくにつれて、クラスト様の声と共に女性の声も聞こえてくる。


誰かしら?


昨日のクラストと親しくしていた女性が頭に浮かび、ぎゅっと唇を噛んだ。


あの女性がいるはずがないわ。けれど結局、あの方がどんな関係の方かクラスト様は教えてくださらなかった。


エスラがドアをノックする。部屋の奥からクラストが入れと言うのが聞こえた。


「マリー!」


マリーが恐る恐る部屋へ入ると、待ち構えたかのようにクラストがマリーの前に立った。マリーはクラストの顔を見るなり、かぁっと顔が熱くなるのを感じる。


嬉しそうにマリーに微笑む彼の奥には、とても綺麗な女性が座っていた。なんと昨日の女性だった。


「あの、クラスト様...」


思わず動揺してしまうマリーの腰にそっと手を回し、クラストは「大丈夫だよ」と耳元で囁く。


「はぁー。ほんと、そんなにベタベタしてたらいつか鬱陶しがられるんじゃないの?」


「なんとでも言え。むしろ全然足りないくらいだ」


女性は呆れた様子でクラストを見たかと思うと、マリーへと視線を移す。


「それにしても、本当にあなたにはもったいないくらいに可愛らしい方ね」


にこっと天使のような微笑みを浮かべて見つめられ、マリーはその美しさに思わず見惚れてしまった。


こんなに美しい方だったなんて...


「あまり見つめないでもらえないか」


「あら、いいじゃない。減るもんじゃないんだし」


「減る。減るからやめろ」


「全く、お姉さんに向かってその口の聞き方はないんじゃないかしら?」


お姉、さん...?


マリーは驚いて目を見開いた。


クラスト様にお姉さんがいたなんて聞いていないわ。


「はじめまして。クラストの従姉妹のマーガレットです。あなた達の結婚式の時は私が熱を出してしまって出席できなかったから、会うのは初めてよね」


「...実の姉じゃないんだけど、一人っ子で僕の方が年下だからかお姉さんヅラしてくるんだ」


「何か言ったかしら?」


「はぁ。何も言ってないよ」


二人のやりとりを見ながら、マリーは一人混乱していた。


もしかして私、従姉妹に嫉妬していたの?


「この子はずーっと昔からあなたの事だけが好きみたいで、怖いくらいに執着していたようだから少し心配だったのよ。あなたの意思と関係なく無理やり結婚したんじゃないかって。でも、そうでもなかったみたいで安心したわ」


「そ、それは...」


にこっと微笑みながらマーガレットはマリーを見つめた。かぁっと顔を赤くさせながら、マリーはどうしていいか分からずクラストの方を見る。


クラストはすでに溶け出したような笑みをマリーへと向け、それを顔を顰めてマーガレットが見る。


「マリー...あなた、結婚生活を続けるか考えた方がいいんじゃないかしら?顔は私に似て確かに整っているけれど中身は相当ヤバいわよ?」


「マーガレット嬢、いい加減うるさいぞ」


二人のやりとりを見ながら、マリーはふっと肩の力が抜けてゆくのを感じた。
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