処女作

探偵とホットケーキ

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最終話

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「お前、よくそれで自分だけは生き残ったよな」
 アルネブの前に座っていたカノープスが、呆れ笑った。ここでやっと、アルネブはハッとなる。先程、公園で大きな仕事をやってのけた後、すっかり回想に耽り、その帰りに、こうしてカノープスと酒を飲んでいる、という現実を忘れてしまっていたのだ。
 アルネブは温かいベイリーズミルクに舌つづみを打った後、静かに首を横に振った。
「無傷だった、というわけではないんですよ。何せ、燃える小毬さんを夢中でじっと見ていましたから」
 仕事着の一部である紺色の蝶ネクタイを外し、襟元を少し捲ると、爛れた皮膚が間接照明に照らし出された。
「すっかり大火傷を負ってしまいまして。日常生活には差し支えない程度ですが、間接の動きが悪くなって、プロのバレエダンサーの道は諦めざるを得なくなってしまいました」
「そんなに悲し気に笑うなよ。俺なんか見ろよ、踊ることすらできないぜ」
 カノープスは快活に笑ってズボンを捲る。すると、白い陶器でできた、星空の描かれた繊細そうな義足が顔を出すのだ。
 彼はアルネブと近しい、つまりは罪を犯すことを生業としており、今は自分で小さな集団を作ってやっているが、昔は大きな集団に雇われていた。そこでちょっとしたミスから逃れるために両足を、自ら斬ったのだというから、さすがのアルネブも、最初に聞いた時は驚いた。しかし、一応は励まそうとしてくれているようだ。
「別に私は落ち込んではいないんです。趣味で続けることは充分できますし、元々踊るより観ている方が好きでしたから」
 今困ることは、女性と良い感じになった場合にファンデーションで火傷を隠すのがちょっと面倒なくらいです、とジョークを交える。
「ただ、御近所の方々は私を気色悪いと思うようになったらしく」
「実際に気色悪いもんな」
 カノープスの呟きに笑顔を返す。怒るなよ、と、なんとも言えない顔をされた。
「母はますます私に失望したようで、私は母の夢を叶えてあげて、何とか評価を上げようとしたのです。だから、ある夜……」
 アルネブの脳裏にその時の光景が蘇る。ざわざわと鳥肌が立ち、唇が緩むのを抑えられない。
「私は彼女の背中に火を点けて、彼女を燃やし……彼女を素敵なバレリーナにしたのですよ」
「それがお前の現職に至るきっかけか?」
「うーん。そうでもないんですけれどね。私の職業は復讐代行。母を燃やしたのは、他ならぬ愛しい母のため。私は今でも母を越えるバレリーナはいないと思っているのですから」
「ははは、お為ごかし言うなよ。要するに人を燃やすと興奮するんだろ」
 そこでアルネブはポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「今日はバレエ教室の日なので失礼します」
「未だ通っていたのか」
「勿論。先ず自分がやってみなくては、人に指導できないでしょう?」
「だから、お前の職業は一体何なんだよ」
 知っている癖に茶化して笑ってくるカノープスに、アルネブは兎の耳の着いたシルクハットを取って胸に当て、
「生きている人間の中に美しいものなどいますか? そんな醜い人間もバレリーナとなれば皆、美しくなれる。私は全ての人間を美しいバレリーナに昇華させる芸術家ですよ」
と、答える。カノープスは唖然とした表情に変わった。
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