1 / 9
第1章
第1話
しおりを挟む
あと数時間で二〇二七年を迎える夜、「探偵社アネモネ」の事務所には、従業員が全員揃っていた。
と言っても、この事務所には従業員が元から三人しかいない。
ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。
いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、光岡陽希。
この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十八歳で、同じく家族もいないので、年越しは大概こうやって、三人で過ごしているのだ。
薄暗い事務所の中心にある鍋から、温かみのある湯気が立ち上っていく。その鍋は、多種多様な具材で溢れており、彩り豊かな野菜と肉が調和していた。緑色のネギは長く切られ、柔らかく煮えている。オレンジ色のニンジンは小さな花形に切り抜かれ、甘みを加えていた。赤いピーマンは鮮やかな色彩を添え、食感のアクセントとなっている。
早速、水樹は取り皿と取り箸を持って、食事を始めた。
鍋の中で、豚肉の薄切りは熱によってほどよく縮れ、旨味を存分に放っている。肉の周りには、しいたけとえのきが散りばめられ、スープの味を吸い上げて、しいたけは肉厚、噛むとジューシーな旨味が口の中に広がった。繊細で、スープとの相性が抜群のえのきも良い。
スープ自体は、醤油とみりんによる甘辛いベースが特徴的だ。そこに生姜のピリッとした刺激が加わっていた。一味唐辛子の微かな辛味が後を引くような味わいを生み出し、食欲をそそる。全体として、スープは深みがあり、冬の夜にぴったりの温かさと慰めを提供していた。
「今年も一年、よく働いたなぁ」
陽希が、肉を中心にどんどん取りながら呟いた。
「そうでしょうか。年間通じて依頼はほとんど来なかった印象ですが……」
「わー、水樹ちゃんってば、すーぐそう言うつまらないこと言うよね。年末の決まり文句みたいなものじゃん」
「そうやって、ありもしないことをでっちあげ、美化するのはどうかと思います。それより陽希、肉ばかり食べないでください」
水樹が何を言っても、陽希は、ぐいぐい肉を取り箸で取って食べてしまう。やがて二人で小競り合いになってしまった。理人は、その様子を交互に見て、口元を覆って肩を軽く揺らしていた。
それから三人とも仲良く喧嘩をしながら酒を飲んで、除夜の鐘を聞きながら、眠ってしまった。
***
皆してソファで寝ていると、昼になっていた。郵便受けに何かが投かんされた音で、目を覚ましたのは水樹だった。年賀状かもしれない、と、水樹は杖を手に取り、寒さに痛む足を引きずりながら、事務所のドアを開ける。冷たい風が吹き込んできて眉根を寄せた。体を全部出さないようにして、郵便受けに手を伸ばし、ぎりぎりで中の手紙たちをキャッチする。「探偵社アネモネ」は、もはや斜陽の場であり、年賀状の量もさほど多くはない。
それらを見ながらドアを閉じて、さっさと事務所でのんびりしようと思ったところ、フリーズ。そこに年賀状とは全く異なる一枚の封筒が混ざっていたからだ。
封筒を開ける間に、中に戻る。事務所は、陽希と理人の寝息だけが響き、午後の陽光が窓から差し込む静かな空間となっている。机の上には、解決した事件のファイル。壁には過去の成功を物語る賞状。その空間の中、水樹の目は、その一通の封筒に釘付けになった。
封筒は深い紺色で、表面には微かに光沢がある。それはまるで、夜空を思わせるような神秘的な色合いだった。探偵は慎重に封を切り、中から招待状を取り出す。紙は厚手で、触れるとほのかに柔らかい質感がある。
招待状には、緻密な筆跡で次のように書かれていた。
「貴方の推理力を賞賛し、ここに招待いたします。この招待状を持って、月明かりの下、私の館へとお越しください。貴方だけが解き明かせる謎が、そこにはあります。」
水樹は、その謎めいた文言をじっと眺めた。この招待が何を意味するのか、そして誰が送り主なのか。新たな謎が、すでに彼の探求心を刺激していた。
と言っても、この事務所には従業員が元から三人しかいない。
ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。
いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、光岡陽希。
この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十八歳で、同じく家族もいないので、年越しは大概こうやって、三人で過ごしているのだ。
薄暗い事務所の中心にある鍋から、温かみのある湯気が立ち上っていく。その鍋は、多種多様な具材で溢れており、彩り豊かな野菜と肉が調和していた。緑色のネギは長く切られ、柔らかく煮えている。オレンジ色のニンジンは小さな花形に切り抜かれ、甘みを加えていた。赤いピーマンは鮮やかな色彩を添え、食感のアクセントとなっている。
早速、水樹は取り皿と取り箸を持って、食事を始めた。
鍋の中で、豚肉の薄切りは熱によってほどよく縮れ、旨味を存分に放っている。肉の周りには、しいたけとえのきが散りばめられ、スープの味を吸い上げて、しいたけは肉厚、噛むとジューシーな旨味が口の中に広がった。繊細で、スープとの相性が抜群のえのきも良い。
スープ自体は、醤油とみりんによる甘辛いベースが特徴的だ。そこに生姜のピリッとした刺激が加わっていた。一味唐辛子の微かな辛味が後を引くような味わいを生み出し、食欲をそそる。全体として、スープは深みがあり、冬の夜にぴったりの温かさと慰めを提供していた。
「今年も一年、よく働いたなぁ」
陽希が、肉を中心にどんどん取りながら呟いた。
「そうでしょうか。年間通じて依頼はほとんど来なかった印象ですが……」
「わー、水樹ちゃんってば、すーぐそう言うつまらないこと言うよね。年末の決まり文句みたいなものじゃん」
「そうやって、ありもしないことをでっちあげ、美化するのはどうかと思います。それより陽希、肉ばかり食べないでください」
水樹が何を言っても、陽希は、ぐいぐい肉を取り箸で取って食べてしまう。やがて二人で小競り合いになってしまった。理人は、その様子を交互に見て、口元を覆って肩を軽く揺らしていた。
それから三人とも仲良く喧嘩をしながら酒を飲んで、除夜の鐘を聞きながら、眠ってしまった。
***
皆してソファで寝ていると、昼になっていた。郵便受けに何かが投かんされた音で、目を覚ましたのは水樹だった。年賀状かもしれない、と、水樹は杖を手に取り、寒さに痛む足を引きずりながら、事務所のドアを開ける。冷たい風が吹き込んできて眉根を寄せた。体を全部出さないようにして、郵便受けに手を伸ばし、ぎりぎりで中の手紙たちをキャッチする。「探偵社アネモネ」は、もはや斜陽の場であり、年賀状の量もさほど多くはない。
それらを見ながらドアを閉じて、さっさと事務所でのんびりしようと思ったところ、フリーズ。そこに年賀状とは全く異なる一枚の封筒が混ざっていたからだ。
封筒を開ける間に、中に戻る。事務所は、陽希と理人の寝息だけが響き、午後の陽光が窓から差し込む静かな空間となっている。机の上には、解決した事件のファイル。壁には過去の成功を物語る賞状。その空間の中、水樹の目は、その一通の封筒に釘付けになった。
封筒は深い紺色で、表面には微かに光沢がある。それはまるで、夜空を思わせるような神秘的な色合いだった。探偵は慎重に封を切り、中から招待状を取り出す。紙は厚手で、触れるとほのかに柔らかい質感がある。
招待状には、緻密な筆跡で次のように書かれていた。
「貴方の推理力を賞賛し、ここに招待いたします。この招待状を持って、月明かりの下、私の館へとお越しください。貴方だけが解き明かせる謎が、そこにはあります。」
水樹は、その謎めいた文言をじっと眺めた。この招待が何を意味するのか、そして誰が送り主なのか。新たな謎が、すでに彼の探求心を刺激していた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
眼異探偵
知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が
眼に備わっている特殊な能力を使って
親友を救うために難事件を
解決していく物語。
だが、1番の難事件である助手の謎を
解決しようとするが、助手の運命は...
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
「鏡像のイデア」 難解な推理小説
葉羽
ミステリー
豪邸に一人暮らしする天才高校生、神藤葉羽(しんどう はね)。幼馴染の望月彩由美との平穏な日常は、一枚の奇妙な鏡によって破られる。鏡に映る自分は、確かに自分自身なのに、どこか異質な存在感を放っていた。やがて葉羽は、鏡像と現実が融合する禁断の現象、「鏡像融合」に巻き込まれていく。時を同じくして街では異形の存在が目撃され、空間に歪みが生じ始める。鏡像、異次元、そして幼馴染の少女。複雑に絡み合う謎を解き明かそうとする葉羽の前に、想像を絶する恐怖が待ち受けていた。
幻影のアリア
葉羽
ミステリー
天才高校生探偵の神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、とある古時計のある屋敷を訪れる。その屋敷では、不可解な事件が頻発しており、葉羽は事件の真相を解き明かすべく、推理を開始する。しかし、屋敷には奇妙な力が渦巻いており、葉羽は次第に現実と幻想の境目が曖昧になっていく。果たして、葉羽は事件の謎を解き明かし、屋敷から無事に脱出できるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる