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Side 1ーOne way loveー

今泉翠(いまいずみ・すい)

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私の名前は今泉翠。

三十路を目前にしている。
大学を卒業してから、住宅メーカーに就職し憧れのインテリアコーディネーターになった。
住宅の内装・外装・家具のインテリアについてお客様にご提案して出来上がっていく住宅に「彩」を与えていく。
平日はメーカーへ見積もりやサンプルの手配、週末の打ち合わせに向けて提案資料を作成するためとにかく激務だ。
気がつけば自分が今何歳なのかもわからなくなっている。例えばよくあるアンケートや病院の問診票などで年齢を記入する際にパッと年齢が出てこない。少し考えてからいつも記入してしまう。ついこの間は書き間違えたくらい。25を過ぎてから自分の誕生日には無頓着になっている。心はまだ24歳くらいなのに。
そんな呑気なことは言っていられなくなってきた。・・・私は今28歳だ。

この会社は、ほとんどの女性が結婚、出産を機に仕事を辞めていく。
お客様都合で、残業が当たり前のこの仕事は家庭との両立は難しい。
すなわち、年齢も高く仕事をしているということは「売れ残り」だということ。
入社当初は、「私もいつかは寿退社しよう」だなんて甘い考えでいたが、ずるずるだらだらと今に至る。
「仕事が一番」と言い聞かせながら必要以上に張り切ってしまう私は最近空回りしている。
次第に、私は後輩達に「お局」と扱いされて事あるごとに陰口を叩かれている。
「あれじゃ結婚は無理だよね」と。

今日も、絶好調に陰口を叩かれるぐらいに後輩にきつく当たってしまう。

こんな私だって、男と無縁というわけではない。
数日前から、連絡を取り合い食事に誘ってくれる人がいる。
現在、証券会社に勤めていて近々起業を考えている5つ年上の杉原さん。
身長が180㎝以上あって、彫りの深い目鼻立ちにきっちりと着こなしたブランド物のスーツと高級時計。
外車を乗り回し、高級な店に連れて行ってくれるハイスペックな男。
話も面白いし、性格も優しいし、彼女にしてくれる日をまだかまだかと待ちわびる日々。
大した恋愛経験がないからか「好きなのか好きじゃないか」の駆け引きの時間にドキドキしている。

そんな彼と今日は約束をしており、私は余計な仕事を増やさぬようにやるべきことを淡々とこなしていた。

(このままの調子でいけば今日は定時で上がれそう・・・)
そう言いながら、軽く伸びてストレッチをする。

いつも以上にテンションが上がっていた私をどん底に突き落としたのは入社2年目の西木だった。
ミスキャンパスなどにも選ばれているほど可愛らしい顔立ちをしていて男性社員やお客様からも人気は高いのだが、合わないお客様とはとことん合わず、クレームが多い。学生感覚が抜けきれていない子だった。

先程、電話を受けてから1時間以上経っている。
その間、彼女は常に「申し訳ありませんでした」と言い続けており手は震え、目には涙を浮かべている。
私と目が合い子犬のように目をウルウルさせながら「助けて」と訴える。
私は、一呼吸して彼女の元に近づくと受話器越しに「お前じゃ話にならない上のやつに代われ」と怒鳴る声が聞こえる。その大きな声に思わず耳を塞ぎたくなる。
一体何をしたらこんなにもお客様が怒るのだろうか。

そしてこれは今月何回目だろうか。
私は、電話を代わり対応を始めた。私はここの課の責任者でもある。
ここでもっと話がこじれればその上に話が行くことになる。
そうなる場合、上司にはとても嫌な顔をされるのでここでなんとかするのが私の仕事。

その間、何かをするわけではなく泣き始めた彼女の周りを囲むように20代前半組が集まり彼女をなだめる。
鼻をすする音や、周りが「大丈夫?」「怖かったね」となだめる声がお客様に聞こえそうになりというよりも聞こえてしまったかもしれない。
私は、人差し指を口元へ持っていき、「静かに」の後に手を払うようにして「向こうに行ってて」とジェスチャーした。

ようやく静かになり、冷静に話を聞くと100対0で西木に非があり、彼女の確認不足による発注ミスで全て会社持ち。後日、謝罪に自宅まで行くことになった。不信感を抱いたお客様は、「ここで家を建てるのは辞める。」とまで言いだしたため、1時間ほどの説得の末、最終的には声のトーンが明るくなり、終いには「担当をあなたにお願いしたい」と言われ終結した。
一方、1時間近く経ったとはずなのに、西木を含め同年代の子達はそのまま休憩室でお菓子を食べながら彼女達をなだめていた。一体いつまで泣けば気がすむのだろう。

「今泉さん、ありがとうございました。本当にクレマーで怖くて、色々決める時から細かくて・・・」

私は、思わず彼女の言い訳に『?』が浮かぶ、話をしたところ決してクレーマーではなかった。
確実にこちらのミスに迷惑がかかったことにより腹が立っていたのと、電話口での西木の態度が気に入らなかったようだ。

「あのさ、そもそも、てめーの発注ミスなんだよ。しっかり確認しろ。」と思わず地声でどなり立てようとしたが、西木を含め周りの子達が子犬のような目で私を見る。「これ以上彼女をいじめないで」と言わんばかりに。
最近、読んだ「アンガーマネジメント」の本の内容を思い出す。そう、一呼吸置いて笑顔を作る。

(私が電話路受けている間に泣いていた西木を慰める暇があったら、他の仕事やっとけよ!!)

雑念を振り払い、彼女たちには状況を細かく説明する。頭ごなしに怒るとパワハラだと言って辞められてしまう。たださえ人が足りないのに。
「今度からは気をつけてね。あとは私がやっておくから」と一言言って、私はその場を去った。

これが「ゆとり世代?」いや、私もゆとりなんですけど一括りにしないでと思いながら時計を見ると、とっくに定時の時間が過ぎていた。机の上には、また追加の仕事が増えている。

(残業確定・デートに遅刻確定・社畜万歳・独身万歳)

先程の、彼女達はというと定時になりとまるで何事もなかったように帰り支度を始める。
「今日の合コンさ医者来るらしいよ~~」
「さっきのクソジジイのことなんて忘れて飲むぞ~」
「息抜き大事」と休憩室からキャッキャと声が聞こえてくる。

私以外にもこの状況が「異常」ということを認識している人たちはいるはずなのに誰も何も言わない。
数年前までは、もっとみんなやる気で満ち溢れていてやりがいがあって、活気で溢れていた。
尊敬できる先輩や、厳しい先輩がいなくなったからなのだろうか、私が年をとったからなのだろうか。
いや、私がナメられているせい。

私は、杉原さんに渋々メッセージを送る。

【すみません。残業が長引きそうで予定の時間に間に合いません。】
数分で返信が来た。

【わかりました。また後日にしましょう。】

少し、待ってくれると期待したのにあっさり違う日にされてしまったことが悲しい。
杉原さんのことははっきり言ってまだ深く知らない。

「仕事で疲れきってまで俺に会う必要はないよ」と私に気を使ってそう言ってくれたのか。
それとも約束や時間を守らない女が嫌いなのか。
他にも女がいるから、私との予定がなくなったことで他の女との予定に急遽変更するようなクズ男なのだろうか。
今日、会えればこんなことを考えなくてもよかったわけで、会えたとしたならばこの関係を進めることができたのかもしれない。
もう何回あるかわからないチャンスを棒に振ったというか、そもそも誰のせいだよ。

私は、乱暴にスマホを机に置く。
その音に、残業している社員がピクッと反応する。
どうも、最近私への態度がよそよそしく居心地が悪い。理由はわかってる。

「これだから結婚できないんだよ」そんな言葉が聞こえてくる気がする。
被害妄想なのかもしれない。


「今日もカリカリしてるね~~~~」
そう言いながら、コーヒーを優しく机に置く。
コーヒーは砂糖抜きでミルク多目が好きな私の好みをわかっているのが同期の瀬戸口泰生(せとぐちたいせい)。
同期と言っても部署が違い一級建築士の資格をもち住宅のデザイナーのため同じ社内にいながらも違う部署のため用事があるときだけやってくる。
彼は、メガネをかけている。そのメガネは個性的な丸メガネをしていて彼のトレードマークのようになっていた。

お客様や、外部の方は名前を思い出せない時に「あのメガネの子」というほどで、面倒くさがりなのか忙しいのかでよく髪が伸びっぱなしになっている。今日も髪が目にかかっていて野暮ったい。仕事に追われると大抵髪がボサボサになる彼のことを私はいつも指摘する。
メガネの印象が強い彼は、普段はTシャツに動きやすそうな着古したジャケットに足首の見えるすらっとしたスキニーを合わせている。そんなオフィスカジュアルしか見たことがないし、プライベートではたまに飲みにいく程度であまり関わらない。
どんな生活を送っているとか、彼女がいるだとか、どんな学生だったかとかを一切知らない。
こんなに長く一緒に働いてきたが恋愛対象として上がったことが一度もなかった。

ただ、ビジネスパートナーとしては最高で仕事に関しての悩みをよく聞いてくれるし的確なアドバイスをくれる。
今日も少しだけ先程の出来事を話すことで気持ちがスッキリした。

「これ、この間まで担当してたお客様のアンケートなんだけど担当していていただいた今泉さんの対応が大変素晴らしく、カーテンと証明も大変満足でした。また友人が家を建てる際に、今泉さんにお願いしたいです。だって・・・よかったね。これまた表彰されるんじゃない。」

と優しい声でアンケートを読み上げた。

「嬉しいよね・・・こういうの何年この仕事していてもさ・・・」

私は仕事に取り掛かろうとすると
「最近、パソコン見てる時の今泉超怖い顔してる。誰も寄せ付けないオーラ。なんか老けてきてるし」

と優しさにホッとしたのもつかのま相変わらずの嫌味を言って去っていく。

「ひどい!!!」
私は、また大きくため息をついて仕事に取り掛かる。
このやり取りも入社してから変わらなかった。

私が、ここまで仕事をしてこれたのも彼のおかげがだったのかもしれない。



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