上 下
4 / 8
プロローグ

逢坂蘭4

しおりを挟む
 そして、「昴が好き・・・」無意識のうちに私は昴に言ってしまいました。
 昴はしばらく黙り混んで私を優しい眼差しで見つめました。その時の表情は今でも覚えています。可愛い顔をした幼なじみは、もう一人の大人の男性になっていたのですから、余計に彼のことを愛おしいと思いました。こんな眼差しを向けてくれるのならばもうこの瞬間に幼なじみを卒業して恋人にしてくれるのではないかという淡い期待に心臓がバクバクして気持ち悪くなりました。

 しかし、昴はこう言いました。「ごめん・・・蘭のことは妹としか見られない・・・」と。

 私の頬に触れた後に、頭をぽんと優しく撫でました。その手は大きくて温かい。
 つい数秒前までの私は、恋人になればこの手さえも自分が独り占めしても良くなるのだと嬉しくて口元が緩みましたが、何度も見てきたこの手が一気に『触れてはならないもの』『人のもの』になった気がしたのです。

 夕暮れ、また吹く風は冷たいけれど着実に春に近づいている3月の空の下。住宅街の路地裏で一番近くにいたはずの幼なじみが遠く感じてしまいました。

 「好きな人がいるの?」精一杯そんな質問をしてみるけれど私の頬に伝った涙が春の風に当たって冷たく感じました。昴は振り返ってはくれません。

 「そういうわけじゃ・・・」

 「そっか・・・うん・・・わかった・・・先に帰っていて・・・」と独り言のように呟いて、昴は私を振り返ることなく自宅へと向かって行きます。
 今思えば、この時に彼にもっと質問攻めをすればよかったのです。回答があまりにも曖昧だったのです。どうして、私のどこが彼女として相応しくないのか、私のどこを直せばいいのか・・・彼の前で思いっきり泣いてみればよかったのです。
 もし、それが「遠距離になってしまうから」「勉強に集中したいから」ということならば私はちゃんと待っていました。10年以上も片思いをしていた相手が四年間待てと言うならば私は、他の男に目移りすることはなかったのです。昴のことが世界で一番好きだったから。約束をしてくれれば守ったのです。でも、あのように突き放されてしまえば期待を持つことはできないのです。

 高校3年生は卒業まで、週に1日の登校になりましたが、私は昴と登校することを拒否しました。昴も気まずそうな空気を出すので無言のまま歩くくらいならば一人で登校した方がマシです。

 元々、口数の多い人ではないし、面白い話を一方的にしてくれる人ではありませんでした。それなのに、彼は私の通学時間に合わせて家を出て、後ろにつき、機嫌をとるかのように当たり障りのない話をしてくるのです。『恋人』しては見られないけれど、『幼なじみ』でいようという私の気持ちを一切無視した綺麗事を並べるのでしょうか・・・私は、黙って作り笑顔をすることしかできませんでした。

 私が告白をして振られてしまったことに関してはお互いの家族は知りません。私は今まで通りに昴のお母さんと買い物に行くし、3時のおやつの時間はおばあちゃんと、お茶を飲みながらお菓子を食べました。
そのような関係を続けるにあたっても昴は何も文句を言いませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...