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一線を超えたアイドルとファン

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しかし、拓也は突然よそよそしくなる。

「どうしよう・・・俺、かのんちゃんと・・・え・・・考えるだけでやばくない?」

容姿端麗、営業成績トップの頭のキレる無口でクールな市ヶ谷係長は、ただのアイドルオタクということが発覚した。

「一つだけ確認しておきたいんですけど・・・アイドルオタクはこれからも続けますか?」

「続けないよ・・・俺の一番の推しのかのんちゃんが辞めてから俺は足を洗いました。」

「よかった。付き合っているのに、他のアイドルにハマったらやだなと思って・・・」

「え・・・何それ!超可愛い~だけど。かのんちゃんのヤキモチとかたまんないんだけど・・・」

拓也は早口で言った。

「もう・・・私はかのんっていうの辞めて下さい。」

「うん。努力する」

私の腕を引っ張って腕の中に抱き寄せる。
一度キスをして微笑み合う。

ビルや、マンションが立ち並ぶこの場所でスーツ姿の髪がボサボサの野暮ったい女と、ランニングウェアのイケメンお兄さんがイチャイチャしているところを犬の散歩の奥様方が見てみぬふりをする。

「今日は、門限あるの?」

「この土日はライブがなくて地方組がみんな帰省してるので門限は日曜日の夜までありません。」

「じゃあ、今日も一緒にいたい・・・離れたくない・・・」

そうやって耳元で囁けば、体中が熱くなる。

「一回、寮に帰らせて下さい。シャワー浴びたいし・・・」

「分かった。迎えに行ったりしたらまずいよね・・・じゃあ、部屋で待ってる・・・ついたら教えて」

そう言って一度私たちは離れた。

つい先ほどまで一緒にいたはずなのに、もうその温もりが恋しくなってしまう。

拓也の部屋から、4畳の部屋に帰るとあまりの狭さと、寮の日の当たらない湿っぽい空気が不快に思えてくる。

タンスの中から一番新しい下着を取り出して、シャワーを浴びに向かう。

寮には誰もおらず、静寂に包まれていた。

かのん仕様のヘアメイクを施して、好きな男に会いに行く。

ファンへの裏切りだと思いながらも、この胸の高鳴りを止めることは出来ない。





もう一度、拓也のマンションまで向かい緊張しながらも彼の部屋の前で待つ。

再会した私たちは、この1時間ほど離れただけなのに、まるで遠距離恋愛で久しぶりに再会をした恋人同士のようにお互いを確かめ合うようなキスをする。

(会いたかった・・・寂しかった・・・)

こんな調子ではこの先が思いやられてしまう。
離れるのが怖い。

再び体を重ねて、気絶するように眠って目覚めてまた愛し合う。

お腹が空けば、宅配の料理を注文して二人で食べる。

二人で過ごす1日はあっという間だった。


「こんな休日、何年ぶりだろう・・・」
拓也がぼっそっと呟いた。

「同じくです」

「12歳からずっとだもんね。」

「よく知ってますね。」

「ファンなめんなよ」

「私よりも私のことを知ってる気がして怖い・・・」

「うん。プロフィールも全部頭に入ってるし、今日で体の隅々まで知り尽くしたよ・・・」

「怖い」
そう言って、また私に覆いかぶさる。

「ああ早く門限なくなってくれないかな・・・」

とため息をついた拓也の言葉で、私は現実に引き戻されて枕に顔を伏せる。

「部屋探し忘れてた・・・今月末で寮追い出されちゃうんだった・・・」

「部屋探し?そんなことしなくてもいいじゃん・・・」

「え?」

「ここに住めば?・・・部屋も空いてるし、ベッドも広いし・・・」
そう言ってニヤリと笑う。


「無理です。家賃払えません。」

「払わせるわけないじゃん。というより家賃はないし、光熱費も一人増えたところで変わらないし・・・」

「そんな・・・ただでさえ私にあんなに大金使ってもらってるのに・・・」

私を腕の中に抱き寄せて首筋にキスをする。
肌と肌が触れ合うと温かい。

「一緒にいてくれるだけでいい。俺は生涯、奏に課金するって決めてるから」

「課金って・・・それなら、今までの恩返しさせて下さい。料理に洗濯、掃除なんでもします。」

「なんでも・・・ね・・・」

そう言って、私の体に触れていく。

体の隅々まで拓也が侵食していて、もう拓也なしでは生きられない私になっていく。

誰よりも早く社会の荒波にのまれ、大人の汚さを知ってきて、嫌なことや苦しいことも笑顔で我慢して父も兄弟も失って、働き疲れる母の姿だけを見てきた。

「お金」だけに貪欲に・・・

もやしだけで暮らした辛い日々が報われたと願いたい。

(少しぐらい・・・幸せになってもいいよね・・・)


この時の私はまだ、彼の異常なまでの溺愛を知らなかった。


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