安楽椅子から立ち上がれ

Marty

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第五章 ヒロインなんて要らない

ヒロインなんて要らない (4)

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 真はしばらく黙っていた。
 こちらとしても、相手の出方を窺い、喋らずにいた。
 窓を叩く雨が激しさを増して、外の風景がぼやけて見えない。お昼時である。中庭で昼食をとっている生徒の姿を見たことはあるが、さすがに今日はないだろう。遠くから昼休みの喧騒が聞こえてくる。違う世界の音のようである。
「傘が二本、ねえ」
 やっと出た台詞は自分に言い聞かせるようだった。
「要は《置き忘れた傘》というのは二本あるうちの一つ。校舎の傘立てにある傘だった、というのが君の結論なんだね」
「そうだ」
 真は前屈みになっていた身体をよいしょと起こし、体の後ろで両手を地に着けた。視線は天井を見詰めて感情のない声で言う。
「確かにその考えはなかったよ。推論としては面白い。だから僕も一歩踏み込ませてもらおうかと思う」
 頷いたのが見えたのだろう。続ける。
「《置き忘れた》の解釈に異論はないよ。君の言った通り、図書館の傘立てに誤って置いた場合、意図的に置いた場合、どちらも《置き忘れた》の言葉は選ばない。意図的に置いた場合は、端から室内に持ち込むつもりがないからね。つまり、図書館に持って来た時点で、《置き忘れた》は使えない。傘が二本あったとしたら、別々の場所に存在しなくてはいけない。そうだろう」
「ああ」
「ならば何でもいい。例えば靴ひもを結ぶため、もしくは一旦トイレに行くために、そういう意味で意図的に傘立てに一度置いた。そしてそのまま持ち込むのを忘れてしまった。これなら《置き忘れる》を使っても不自然じゃない。傘も一本で十分だ」
 確かにその通りなのである。順序が意地の悪いものなってしまったが、前提が誤っているのだ。
「小沢さんが図書館内に傘を持ち込むわけがないんだ。厳密に言えば、少なくともあの日だけは持ち込むことができない理由があった」
「理由?」
 目だけをこちらに向ける。
「ハンドタオルだ。ハンドタオルを忘れたから濡れた手を拭けない。図書館のトイレに手を拭くペーパーや、乾かす類の機械はなかったよな」
 訝しげに答える。
「たぶんね」
「彼女とカフェに行った話はしたな。その日もどうやらタオルを持ち合わせていなかったようだった。とても激しい雨の日で小沢さんの手は濡れてしまっていたんだ。その際、濡れた手で紙のメニュー表を触ることに強い抵抗を示していた」
 真は強い視線で先を促す。
「……ビニールに入れるには、傘を一本の棒にする必要がある。どうしたって手が濡れる。カフェのメニューに触れない人間が、借りている本を水滴で濡らすとは到底思えない」
 真は弾けるように笑った。
「いいねえ、山田島。調子が良さそうだ。その仮定をすべて受け入れたとしよう。けれど、たかだか彼女の置き傘が校舎にあったという話じゃないか。残念ながらオチとしては拍子抜けだね」
 そうだとも。これじゃ何のためにわざわざ昼休みに時間を取ったのか分かりゃしない。
 言葉には全て意味があるのだ。そして意味は繋がっていく。あらゆる言葉に引き寄せられるように最後はひとつになる。
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